第38話 ■■の魔女/暴走②
「――我ながら失望したよ。『私』」
――『前借り』の権能の暴走により今現在の私の肉体の主導権を奪ってきた人物が、傍から見れば独り言のように、精神の奥底に沈みかけている私に声をかけてきた。
「――『前借りの悪魔』との契約、『破壊』の魔女の庇護下に置かれる。私にはできなかったクロエの役に立つような人材との人脈づくりに成功しているから、期待していたのに。結局クロエのことを傷つけて。期待外れもいい所」
『私』は私を心底馬鹿にするように言葉を続けた。まるでお前には資格がない、クロエを守ることなんてできない。そう決めつけんばかりに。
(……やっぱり未来の『私』なの?)
念の為に、今私の体を動かしている何者かの正体を尋ねる。私が心の中で呟いたことは『私』にも伝わっているようで、相変わらずの嘲りの表情をより深くする。
「――まあ、概ね正解。詳しいことは教えて上げないけど」
(……そう。元から素直に答えてくれると思ってないから問題ないけど……『前借りの悪魔』はどこ? さっきから姿が見えないのはどういう訳?)
「よっぽどあの悪魔にぞっこんなのね。クロエがいながら、一応同じ私として恥ずかしい。……冗談は置いといて、私が表に出てきた時にうるさかったから供給する魔力量を減らしておいたの。魔力が足りなくて満足に姿を現すことができないみたい。あの悪魔のお陰で、私がこうして表に出てこれたから、感謝しているけど」
悪びれた様子もなく、適当な態度で話す『私』。そんな『私』に苛立ちを覚えるが、『前借りの悪魔』の無事は確認できた。それだけでも良しとしよう。
「……それにしてもどんな下手な選択をすれば、こんな時期にアルカナ王国の騎士団とやり合うことになるのかな? 本当に我ながら情けない。『私』の不始末をしないといけないのは不本意だけど、私のクロエに手を出したんだ。精々後悔させてやる」
それまでの軽薄そうな態度を一変させて、『私』はこの場にいない残りの使い魔に命令を下す。
「――ここにいない子達は森の中に潜んでいる騎士団員達を殺しなさい。首元に牙を突き立てて、確実に息の根を止めなさい」
そこで一旦言葉を区切った『私』は、首を少しだけ動かして狼型の使い魔達に守られるクロエに視線を向けた。その視線からは、今までの他者を見下した感情は一切なく、ただただ優しさに満ちたものであった。
――以上が回想であった。
使い魔達に命令を下した後、私は相変わらず精神の奥底に押し込まれたままの状態であり、一方の『私』は肉体の主導権を握っていた。
あの場を後して、『私』が向かっている先は森の外――正確には森の入り口付近である。『前借り』の権能を使い七十レベル相当のステータスを引き出した私以上に、見事な身体能力を発揮して『私』は瞬き程の時間で目的地に到達した。
草木をかき分けた先で『私』と私が見たものは、やはりお揃いの鎧姿の集団――騎士団員達であった。その中で一番近くにいた人物に斬りかかった。
「――!?」
「――ベオウルフさん!?」
普段の私以上の身体能力により放たれた『私』の一撃は、その人物の首を刎ねることなく金属音を盛大に周囲に響かせながら受け止められた。
「へえ……」
誰にも聞こえない程の小声で『私』は感心した。当然ながら先ほどの一撃は殺す気で放たれたものだ。しかしその餌食になるであろう人物は、しっかりと『私』の攻撃を受け止めていた。
初めて意識をして『私』は、その人物を視界に収める。屈強な男性の騎士団員――いや強さから隊長格であると推察した。
(……このまま戦闘に入っても時間切れになりそうかな。今私が意識を表に出せているのもイレギュラーだし、適当に『憤怒』の方に譲ろう。うん、そうしよう)
私の中に『私』の思考の一部が流れ込んできた。その直後に『私』の様子が一変する。
「――許さない、許さない」
肉体の主導権がまた別の誰かに切り替わるかのように、正気を失ったように、同じ言葉を吐き出し始める『私』。あまりの変わりぶりに私が違和感を抱いていると、絶賛『私』と鍔迫り合いを行っている騎士団員が問いを投げてくるが、当の『私』は先ほどまでと違いその問いに答える様子を見せない。
(もしかして、今私の体を操っているのって、さっきまでと本当に別人なの……!? 『憤怒』の方に変わるって言ってたような……全く意味が分かんないけど! 未来の『私』に何があったの!?)
増々未来の『私』がどういう過程を経て、多重人格者もどきになるのか。頭を抱えたくなるが、肝心の肉体は未だに動かない。
(でもさっきの『私』はもうすぐ時間切れになりそうって言ってたよね……? 後少し時間が経てば、体を自由に動かせるようになるはず……!)
それでこの状況が改善されるかは不明であるが、今はそのことについて考えることは止める私であった。
■
(……よく見てみると、あの二人の騎士団員見覚えがあるような?)
とりあえず肉体の主導権が戻るまでは、外の様子をうかがい見ることしかできない。そう思って手前の人物を観察してみると、ゲーム時代にお世話になったキャラクターであるベオウルフとアリシアであった。
彼らは曲者揃いの騎士団の隊長の中でも、比較的的に性格がまともな部類に入る。彼らの関係性はただの同僚というものに収まらない――ただし、男女の仲という訳ではない。
ベオウルフとアリシアが義理の父娘なのだ。孤児であったアリシアをベオウルフが、不器用ながらも愛情を注いで育ててきた――世が世であれば、彼らが主役の物語があったのかもしれない。
そんなことを考えていると、ベオウルフとアリシアは今生の別れのようなやり取りをした後、アリシアはその他の騎士団員達を連れて撤退していった。
彼女達が撤退していく様子を横目で見届けたベオウルフは、覚悟を決めた瞳で『憤怒』と呼ばれた『私』を睨めつけた。
「――精々足止めに付き合ってもらうぞ。名前の知らない魔女さんよ」
「――許さない、許さない」
ベオウルフの覚悟や決意も、『憤怒』の『私』には届かない。そもそも聞こえてすらないのだろう。
相変わらず誰に対してか不明な怒りの言葉を吐き続ける『憤怒』の『私』はベオウルフに向かって、剣を大きく振り上げた。
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