第37話 ■■の魔女/暴走①
――時間は少し巻き戻る。
(勢いに任せたのはいいものの……体の自由が一切効かないや。あはは……)
――脳髄に一度も見たことない/何度も見てきた光景を繰り返しぶち込まれるような激痛が絶えず襲ってきていた。どこか夢を見ているような感覚のままに、私は森の中を駆けながら、こうなってしまった経緯を思い返していた。
クロエが傷つけられていた場面を見てしまったせいで、怒りに身を任せて『前借り』の権能を全力で行使したのだが、それが間違いであった。
現状無意識の内に肉体が設けていた制限をぶち破り、限界以上の出力を発揮し――■■の魔女に堕ちた未来の私の情報に汚染されるような形で暴走する事態になってしまった。
切っかけは私がクロエに危害を加えようとした鎧姿の集団――原作知識通りであれば、アルカナ王国の精鋭達が集った騎士団員達だろう――に怒りを抱いたことであったが、現在私の体を動かしているのは、私自身の意思ではない。
■■の魔女としての未来の私が持つ憎悪であった。必死に肉体の制御権を取り戻そうと、内側からあの手この手で私の意識を浮上させようとしても、絡みつく泥のような何かが私の意識を沈めようとしてきている。
『――許さない、許さない』
今も未来の私は誰に対するかも分からない呪詛を延々と呟いている。共有された記憶はどの場面も摩耗していて、何があったのか探ることすらできず、この状況を打開する為の策も思い浮かばない。
暴走した私の体は手始めに、一本の剣をどこからか取り出した。武器に関しては『ホーリー・ランス』の槍しか扱ったことがなく、剣は木剣ですら握ったことはない。
それにも関わらず、突然両手に収まるように現れた剣を慣れたように素振りを二、三回試す。そしてその凶刃の餌食になったのは、私の眼前にいたアルカナ王国の騎士団員達であった。
魔女が放つ特有の瘴気に似た魔力と同色の剣が無造作に振るわれた。瞬く間に計五回の黒色の軌跡が発生する。ごろりと騎士団員達の首が転がり落ち、司令塔を失った彼らの肉体は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
(……っ!)
剣が首を切り落とす感触が伝わってきて、内心僅かに顔を顰める。それに反して、今の私の表情筋はピクリとも動かないが。
もちろん魔物であれば何度も倒してきたが、人間の命を奪うのは初めてであった。その人間達がクロエを傷つけた憎らしい相手であったとしても、結構動揺をしてしまうらしい。
と言っても、現状の私にできることは少ない。『私』が行おうとしている惨劇を無意味に眺めることしかできないのだ。
五人分の死体を作った『私』は、次の行動に移る。
『私』の魔力による影響範囲が森全体に広がっていき、その中にいる存在を手に取るように把握が可能になる。
森の中央辺りにある住居から少し移動した場所にいるシオンに、そこに接近しようとしている鎧姿の人物が数人。
森の外にまで知覚が広げられると、入口付近には更に大勢の騎士団員達がいた。
人数の規模からして、二部隊くらいがいるのだろうか。もしも私の予想が正しければ、シオンの正体――『破壊』の魔女であることがバレて討伐の為に騎士団が派遣されたのだろう。
(……私のせいだ)
自由が利かない心の奥底にて、後悔の念を抱く。あの日私がシオンに余計な心配をかけてしまったからだ。
原作知識があれば、戦争で娘を失った過去を持つシオンが、一ヶ月も一緒に過ごした私やクロエのことを自分の娘に重ねてしまう可能性は十分に思い至ることができたはずなのに。
そのせいでクロエやシオンを危険に晒す事態に陥ってしまっている。
「――『ドミネート』」
そんな私の気持ちも知らずに、『私』は一つの魔法を発動した。
――魔法『ドミネート』。ゲーム時代では戦闘中に敵キャラクターの操作権を奪う効果の魔法であった。人間相手に使用すれば、『啓示/神託』以上の洗脳効果が期待できるだろう。所詮『啓示/神託』はバフ目的の魔法に過ぎず、人間以外――碌な自我もなく言語を解さない魔物等には効きは望めない。
本来の『パトリシア』は使用することができないはずの魔法を、『私』は難なく発動したのだ。
そしてその対象は『私』がいる場所に向かって来ている無数の狼型の使い魔――当然術者はシオンである――の支配権を遠隔で奪う。
他人の使い魔の支配権を強制的に剥奪という荒業を、離れた場所から行えたからくりは先ほどの『私』が森全体の様子を探る為に、魔力を薄くかつ広範囲に散布したことにある。
一瞬で支配権をシオンより奪った使い魔の半数に、『私』は命令を下した。
「――クロエの傍にいて、彼女のことを守っていて」
憎悪に塗れた「許さない」という言葉以外で初めての『私』の発言は、私から見ても背筋が寒くなる程の感情を排した声色で紡がれた。
■
その後一分もかからずに『私』の傍に、支配権を奪った元シオンの使い魔の半数が集結した。その数は軽く数えてみても、百体以上はいる。
(これだけの数が森の中にいたのに、全然気づかなかった……。もしかして今までも私達のことをこうやって守っていてくれていたの?)
広大な森全域をカバーできる程の大量な使い魔。シオンの魔法使いとしての力量の高さに改めて驚くと同時に、彼女に実の子供同然に想われていた事実に胸が痛くなる。
そんな私の思いも知らずに――意図して無視しているのか、『私』は目の前にいる使い魔達に命令を下す。
「――さっき言ったと思うけど、貴方達はクロエを守りなさい。絶対に誰にも指一本も触れさせないように」
『私』の指示に使い魔達は見た目相応な、獣の如き返事で従う意思表示を行った。
「これで一旦クロエのことは大丈夫かな? ……しかし自分自身とはいえ、流石に幻滅したよ。聞こえているんでしょう? 『私』?」
――それまでの私を無視するような態度を一変させて、『私』が心底失望した表情を顔に浮かべて、内側にいる私に問いかけてきた。
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