第36話 足止め



 ―― 『破壊』の魔女、討伐作戦。その第一段階である少女二人の救出。それを実行する為の小数精鋭の部隊を送り込んだ後、残りの面々は森の外で待機をしていた。



「……やはり時間がかかりますね」

「それは仕方ないだろ。相手はあの『破壊』の魔女だぞ? 最後に確認されてから何百年もの間――それこそついこの前まで全く尻尾を掴ませなかったんだ。いくら慎重に事を運んでも足りないぐらいだろうよ。その程度のことは意識しておけよ、アリシア」



 多くの者達が沈黙を保っている中で、小声ながら会話をしている人物が二人。第三部隊の隊長――ベオウルフと第四部隊の隊長――アリシアだ。

 アリシアは未だに動かない状況にやきもきしていた。そんな彼女に落ち着くように説くベオウルフ。



 実際ベオウルフの言う通りであった。彼らが挑まんとしているのは、大昔にいくつもの国を滅ぼした『破壊』の魔女である。

 王国が擁する騎士団の最強格である隊長が二人も参加しているとはいえ、どれだけ被害が出るかは想像がつかない。

 またその討伐だけではなく、『破壊』の魔女に囚われの身になっている少女が二人もいるという情報もある。

 その情報はグラス男爵家の子息から齎されたものだ。



「――しかし何かきな臭いんだよな。今回の件は」

「……それはどういう意味ですか? ベオウルフさん」

「アリシア。お前もこの話を持ってきた貴族――グラス男爵家の奴らの顔を見ただろう? あれは確実に腹の中で余計なことを企てている類のやつだ。どれだけ民の為に、国の為にと言った所で信憑性がまるで感じられない」



 ベオウルフはグラス男爵家の当主との会話の内容を思い出しながら、アリシアに語る。

 女癖の悪い典型的な貴族の例であるグラス男爵家の面々だ。一部の街の住民からは、グラス男爵家の子息と二人の少女がちょっとした騒動を起こしていたらしい。



 それを聞いた時に、ベオウルフはこう思った。もしかして今回の魔女騒動は、グラス男爵家の子息が起こした男女間の問題を、その親が貴族としての権力を用いて揉み消そうとしているのではないかと。



 それだけではない。ベオウルフは今回の討伐作戦に違和感を抱いていた。



「――今回の討伐対象である『破壊』の魔女の出現が本当のことだとして、何故今まで大人しく過ごしていた魔女がわざわざ表に出てきたんだ? グラス男爵家の当主の言い分では、現在帝国との国境近くにある村々を襲っている魔物を扇動しているのが、『破壊』の魔女だと言っていたが……それこそ時期が今更だ。行動を起こすなら、とっくの昔に起こしてるだろうよ」

「……それはそうですね」



 ベオウルフの言葉にアリシアは同意を示す。しかしこうもなってくると、肝心の『破壊』の魔女がいるのかすら、怪しくなってくるがそれは問題ない。



 グラスタウンの街中で『破壊』の魔女は多くの人間に目撃されていて、騎士団が到着するよりも前に送り込まれた冒険者達が誰一人も帰って来なかったという事実もある。

 間違いなく『破壊』の魔女も、彼女の傍に二人の少女もいるのだろう。その関係性までは正確なものは判明していない。

 だが生憎とベオウルフはグラス男爵家から聞いている情報全てを鵜呑みにしていなくて、その裏にある真意について考えを巡らしていた。



「――しかしいくら女癖が悪い脳なし貴族と言っても、たかだか二人の少女の為だけにこんな大袈裟なことをするのか? それとも絶対に二人の少女を確保しないといけない理由が――!?」

「――ベオウルフさん!? この魔力って!?」



 ベオウルフが自分の予想をブツブツと唱えていると、彼とその隣にいたアリシア、そして他の騎士団員達。そういった順番で異変を感じ取っていった。



 ――荒々しくも、鳥肌が立つような薄気味悪さという矛盾した性質を併せ持つ魔力。

 アルカナ王国の平和を守る為に戦う騎士団であるベオウルフ達には馴染み深い――という程でもなかったが、何回も味わされ対峙してきた魔力であった。



 そしてそんな魔力の持ち主は――。



「――クソっ!? 感づかれたか!? よく聞け! お前達!? 第一作戦は失敗した! 第二作戦に移行し――」



 ――いつの間にかベオウルフの眼前にいた。



「――!?」

「――ベオウルフさん!?」



 ベオウルフが異変をすぐさまに察知した段階で、予め用意していた作戦の予備プランを実行するように指示を出そうとした瞬間に、『ソレ』は現れた。

 両手で一振りの剣を構えた金髪の少女が、ベオウルフの首を切り落とそうと迫っていた。襲撃者の存在を認識したベオウルフは腰にかけていた剣を引き抜き、金髪の少女が持つ剣と打ち合う形になる。



 剣と剣がぶつかり合う、金属音が辺り一帯に響く。

 その音が切っかけになり、その他の面々が正気を取り戻す。



「……ベオウルフさん! 大丈夫ですか!?」

「これが大丈夫に見えるかよ!? ……おい! お前が『破壊』の魔女か!?」



 先ほどまで近くにいたアリシアが養父であるベオウルフに向かって、安否を問う声かけを行った。

 それに対してベオウルフは余裕ない状態であったが、何とかアリシアに返事をした。その勢いのままに彼は謎の少女に疑問をぶつけた。



「――許さない、許さない」

「ちっ……! 答える気はないよな……!」



 ベオウルフの問いに少女は答える様子を見せない。対象の分からない憎悪を周囲に撒き散らしいた。

 目も焦点が合っておらず、目の前にいるベオウルフの姿はその濁った瞳に映っていなかった。

 その華奢な細腕にどれだけの力があるのか。歴戦の強者であるベオウルフと少女は、剣を押し合っている。

 単純な力でも互角――いや徐々にだが、ベオウルフの方が押されていた。



(この少女の容姿……あの貴族の子息や街の人間達から聞いた情報によると、『破壊』の魔女に囚われの身っていう話のはずなんだが……どういう冗談だ? この威圧感に垂れ流しになっている魔力……どこから見ても魔女そのものじゃないか……。報告に上がっていたのは、この少女のことか? いや……情報を信じるのであれば、最低でも魔女はもう一人いる……!)



 ベオウルフは戦慄した。敵の規模が当初予定していたものよりも大きく、このまま挑めば彼を含めて討伐部隊は全滅してしまうと直感的に理解してしまった。

 久方ぶりに感じる命の危機に、ベオウルフの顔が歪み頬を汗が伝う。



 アリシアにとって絶対的な力の象徴でもあったベオウルフのその様子に、アリシアも動揺を露わにする。



「ベオウルフさん……すぐに加勢に入り――」

「――来るな! 今は退いて体勢を立て直せ! 魔女は少なくとも二人以上はいる!」

「で、でも……ベオウルフさんが――」

「――俺のことは気にするな! 今はその情報を他の皆に、国王に伝えることを優先しろ!」



 腹に力を込めてめいいっぱいに叫ぶベオウルフ。悩む様子を見せたアリシアであったが歯を食いしばり、彼に負けない程の返事をした。



「――了解しました! 騎士団第四部隊長アリシアの名に賭けて、その命令を遂行します!」



 先ほどまでの迷いを見せないアリシアは、未だに呆けていた部下達に激を飛ばすと迅速に撤退準備へと入っていった。



 その様子を横目に見届けたベオウルフは、小声でアリシアに向けての言葉を呟く。



「後は頼んだぞ……アリシア」



 決心をしたベオウルフはあらん限りの力を剣に込めて、少女を無理矢理弾き飛ばして距離を取る。

 そして剣の切っ先を少女――いや小さな魔女へと向ける。



「――精々足止めに付き合ってもらうぞ。名前の知らない魔女さんよ」

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