第35話 誤算



 アルカナ王国の騎士団第三部隊、第四部隊には国家の存亡を左右する一つの命令が下された。その内容とは、グラスタウンに目撃された魔女の討伐であり、その魔女に囚われている二人の少女を救出するとというものであった。



 不謹慎ながらも第三部隊と第四部隊の騎士達の士気は、あまり高いものではなかった。ここ一ヶ月の彼らが就いていた任務といえば、国境付近の村々を襲う『何か』から守ることだった。可能であれば、その『何か』の正体を探り、討伐することであったのだが、成果が実ることはなく、被害は延々と拡大していた。



 そんなどうにもならない現実の中、舞い込んできたのが、グラスタウンに現れたという魔女の討伐命令だった。

 もしかしたらその魔女が一連の事件の首謀者であるかもしれない。そうなれば、一気に事件を解決まで持っていくことができる。

 暗雲の中に差し込んだ一筋の光に等しいそれに、低下気味であった騎士団員の士気はこれ以上なく上昇した。



 グラス男爵家より討伐命令を直接聞いた部隊長から、騎士団員達に命令内容の詳細や魔女に関する危険性を改めて説かれた。

 今回の命令内容の詳細はともかく、魔女の危険性については騎士団員のみならず、この世界で生きている人間には常識である。

 今回の任務の指揮を取る部隊長の片割れ――第三部隊を率いるベオウルフ隊長は、今一度団員達の気を引き締めるのには良い機会という思惑もあった。



 魔女という存在はどこからともなく現れ、その度に魔物を率いて人類に壊滅的な被害を齎す。アルカナ王国の公的な記録によれば、比較的な軽微な被害でも一人の魔女によって中規模の街が滅ぼされている。

 名前も残っていないような小さな村も含めれば、魔女による被害は相当数に及ぶだろう。



 このことから魔女がどれだけ危険で有害な存在であることが分かる。



 そして今回の討伐対象である魔女は、外見的特徴から何百年以上前に周辺国を更地に灰燼に帰した『破壊』の魔女の可能性が高いらしい。

 碌な記録が残っていないものの、その殲滅範囲や凶暴性は察せられる。



 その為直接的な交戦は可能な限り避けて、囚われている少女達を救出。その後ベオウルフ隊長とアリシア隊長という二大戦力を『破壊』の魔女相手にぶつける。

 それが作戦内容であった。



「――お前達! 今回の作戦にはこの国の命運だけではなく、罪のない少女達の命が関わっている! 心して臨め! 俺から言いたいことは以上だ!」



 作戦開始前に、集まった騎士団員達の前でベオウルフ隊長は大声で呼びかけた。それにより、全体の士気が増々向上した。



 まず第一段階を達成する為に、隠密行動を前提とした小数精鋭が両部隊から選別された騎士団員で構成される。

 ベオウルフ隊長の話によると、この作戦の前に冒険者による事前調査が行なわれていたようだ。

 その発案者は、グラス男爵家の当主である。曰く、息子が街で見初めた少女達が魔女に囚われているという事実に心を痛めて、居ても立ってもいられず腕利きの冒険者達を雇い送り込んだようだが――。



 ――結果は全滅。送り込まれた十数人に及ぶ冒険者の集団は一人の生存者も残さず命を落とした。恐らくは『破壊』の魔女の手によるものだろう。



 その結果を受け止めて、グラス男爵家の当主は自力での解決を断念して、騎士団へ魔女討伐の依頼を申し出てきたという流れだったらしい。



 ベオウルフ隊長やアリシア隊長も、多人数であった冒険者達が全滅したという事実から、小数精鋭という選択を落ち着いた。



 そして作戦は開始されて、『破壊』の魔女が根城としている森へと五人の騎士団員が突入した。

 彼らは第三、第四部隊双方の部隊から選抜されたメンバーである。鎧を装備しつつも、軽量化の魔法が施されていて、多少激しい動きをしたとしても鎧が擦れて出す音がかなり抑えられる。

 ちなみに他の騎士団員達と二人の隊長は、森の入り口付近に待機していた。



 草木に姿を隠しつつ、彼らは歩みを進めていく。辺りに視線をやれば、小数ながら狼に似た魔物――いや、使い魔が徘徊していた。



 どの個体も魔物のように本能を剥き出しにした瞳ではなく、理性的な目の色をしている。それだけで森に放たれているのが、魔物ではなく高位の術者に作られた使い魔だと分かる。



 魔法に関する知識が一般人程度しかない騎士団員達であっても、直接戦闘になれば倒すことは難しくはなさそうだが、使い魔の消滅はその術者に伝わってしまう。

 それを防止する為に、騎士団員達は迅速にかつ隠密行動を徹底して進み続けた。



「おい……誰かいるようだぞ」



 五人の内の一人が前方を指し示す。残りの団員達もその先に一人の少女の姿を見た。その傍には狼型の使い魔が一匹控えていて、辺りに警戒の視線を送っている。



「彼女が件の魔女……『破壊』の魔女だろうか?」

「いや……隊長達から聞いた特徴とは全然違う。恐らくは救助対象の少女の一人だろう。幸先が良いな。速やかに、あの使い魔を排除。その後少女を気絶させろ。余計に騒がられると、『破壊』の魔女に感づかれる可能性があるからな」

「了解」



 それからの行動は迅速であった。最初に二人団員が茂みより飛び出す。その内の一人が狼型の使い魔を一刀両断。使い魔は碌な抵抗もできずに消滅した。

 そして状況の変化についていけていない黒髪の少女の背後に回ると、首筋に軽い手刀を入れて気絶させた。



 気絶させた団員が少女の華奢な体が倒れ込もうとしたのを優しく受け止めた後、ゆっくりと地面に横にさせる。

 後ろで待機していた三人も出てきて、周囲に警戒の視線を送る。使い魔を倒してから、一切気の抜けない時間が一分程経過した。



「……特に何も起きないな」

「……いや、警戒は怠るな。それにもっとよく耳をすませ。遠くにいる使い魔達の足音が微かにだが近づいてきている。そう時間をおかずに囲まれるだろう。その少女を連れて早めに移動するぞ」

「……もう一人の保護対象はどうするのですか?」



 早速移動する準備に入ろうとした所、一人の団員が仲間に質問をする。少しでも早く移動したい他の者達は焦燥感を感じながらも、それを表に出さず返答をした。



「……『破壊』の魔女の討伐は絶対ではあるが、保護対象の安全確保が最優先だ。既に魔女にこちらの存在が気取られたとなれば、この少女を取り戻そうと全力で我々を排除しようとくるはずだ。魔女の意識は大半我々に割かれるだろう。その分もう一人の少女に対する注意は疎かになる。我々は魔女の注意を引きつつ、森の外で待機している隊長達の元へ行く。もう一人の保護対象の元には、別働隊が向かっている。これで十分か?」

「……はい、問題ありません」



 その会話を最後にこの場を離脱しようとした彼らは、何者かの気配が急に現れたのを察知した。



「――なっ!? 何者だ!?」



 一人の団員が慌てたように視線をその場所に向けながら、同時に誰何した。

 全員の目線が突然の乱入者に向けられる。



 ――そこにいたのは、金髪の少女であった。歳の頃は先ほど気絶させた黒髪の少女と同じくらいであり、この場にいた騎士団員達は察した。

 この少女が隊長達が言っていた、もう一人の保護対象であると。



 タイミングが出来すぎていると思いはしたが、保護対象が二人も揃ったのだ。金髪の少女も連れて行こうと行動を起こそうとした彼らは、すぐに異変を感じ取った。



 金髪の少女の様子がどこかおかしい。突然現れたと思ったら、騎士団員達の姿を見ても無反応だ。その視線は地面に横たわる少女に釘付けになっている。



「……」



 ブツブツ何か呟いていたが、次の瞬間には少女の体からは黒く、淀んだ魔力が溢れ出した。



 そしてその正体を理解する前に、騎士団員達の主観ではいきなり天地がひっくり返り、地面に叩きつけられた。最期に彼らの視界に映ったのは、いつの間にか右手に持っていた剣によって首から上を失った自分達の体であった。

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