第34話
「――パトリシアちゃん! クロエちゃんの護衛につけていた使い魔が何者かに倒されたわ!?」
シオンのその言葉に私は激しく動揺してしまう。
シオンの使い魔を倒されたということは、その襲撃者の次の矛先はクロエに向かうだろう。
その結論に至った私は『ホーリー・ランス』による槍を構えたまま、駆け出した。
「待って、パトリシ――」
シオンの静止の言葉は聞いている暇はない。
考えるよりも先に『前借り』の権能を行使する。体中に魔力が漲り、身体能力が上昇する。
「――『前借りの悪魔』。クロエの場所を教えてくれる? 大体の位置で良いから」
強化された脚力で森の中を全力疾走――する前に、私はクロエの居場所を知らないことに気づいた。初歩的なミスである。
そこで『前借りの悪魔』にクロエの居場所について尋ねた。以前彼女はグラスタウンにて、離れた位置にいたシオンの場所を大雑把ながらも探ることができていた。
その探知能力を頼ろうと思い、『前借りの悪魔』に声をかけた。
(ちょっと……いきなり言われても困るわよ! 契約者様! えーと……あっちの方向よ!)
「ありがとう!」
短く返答をした。
契約の影響もあり、主従関係にある私から離れることのできない『前借りの悪魔』は、景色が歪む程の速度で森を走る私に引っ張られている。
ちらりと横目にて見てみれば、顔を若干青くしている。酔いそうになっているのだろうか。
片手で私が進んでいる方向とは、少しズレた向きを指す『前借りの悪魔』。もう片方の手で、口を押さえるような仕草をしていた。
その様子に申し訳なさを覚えてしまう。
――いや、そんなことに思考を回している場合ではない。シオンがあれ程慌てていたのだ。一刻も早くクロエの安否を確認しなければならない。
――万が一にもクロエの身に何かがあってしまえば、私は、■■は正気を保てる保証はない。
もう何度も私は、■は見てきたのだ。彼女が道半ばで無惨に死ぬ様を。醜い魔物に凌辱されて狂い死ぬ末路を。魔女としての冤罪をかけられ、火炙りになった時を。聖女と持て囃されても、魔王を倒した後で簡単に手のひらをひっくり返され、人間に絶望し二代目魔王となった彼女を。
繰り返し、繰り返し。何度も見て――突きつけられた。どうしても彼女を救えないという現実を。
多少どころではないイレギュラーな事態が起きているが、今回が最後の機会なのだ。絶対に今度こそ、
――黒く、淀んだ、光属性の魔力とはほど遠いものが溢れようとしていた。さながらそれは、グラスタウンにてシオンが暴走しかけた時に放出していた、魔女特有の闇属性の魔力に酷似していた。
(――約者様! 契約者様!)
「――!?」
『前借りの悪魔』が私を呼ぶ声が聞こえてくると同時に、脳内に響いていた呪詛のような何か、私ではない『誰か』の記憶の再生が止まった。
その瞬間激しい頭痛が走り、足を止めてしまう。
(契約者様! 大丈夫なの!? いきなり様子がおかしくなるし、それにさっきの魔力は……いえ、それよりも今はクロエちゃんの安否の確認が最優先ね。足を止めさせて悪かったわ)
「……ありがとう。多分あのままだと、正気でいられたか分からなかった」
(お礼は後でいくらでも受け取るから。急ぎましょう)
(うん)
――本当に助かった。『前借りの悪魔』の呼びかけがなければ、あのまま『何か』に呑まれてしまっていただろう。
今の状態が、たとえギリギリのバランスで成り立っているものであったとしても。
短めのやり取りを終わらせた後、私達は先ほどのスピードを維持したまま、『前借りの悪魔』が指し示した方向へ駆けていく。
『前借りの悪魔』と契約する以前であれば、気になっていたであろう木の枝や、足元を絡め取るように生えた無数の草は、私の歩みを止めるには不足であった。
そして開けた先で私が見た光景は――。
「――なっ!? 何者だ!?」
――銀色の鎧に身を包んだ五人の人間がいて、その内の一人が驚きの声を上げていた。彼らが装備している鎧には見覚えがあった。
しかしその答えに思い至る前に、先ほど『前借りの悪魔』の呼びかけにより何とか繋ぎ止めていた理性が吹き飛んでしまった。
――何故なら彼らの足元には、気を失い地面に横たわった状態のクロエがいたからだ。彼女の体に外傷があるとか、ないとか。そんなことはどうでもいい。
(――ちょっと!? 契約者様!? 何をやっているの!?)
――うるさい。耳障りな言葉に耳を貸す必要はない。
――私の大切な人が。今度こそ守ると誓った人が。危害を加えられたのだ。
――それを成した人間達には、それ相応の罰を与えなければならない。
「――『前借り』の権能」
既に発動していた『前借り』の権能の出力を、限界まで――いや、後先考えず無茶な出力を発揮させる。
寸前の所で抑え込んでいた枷は簡単に振り切れて、私の肉体の情報は一時的に未来の可能性の一つに上書きされていく。
――原作におけるBADENDの一つ。その中には『前借りの悪魔』が持つ権能を乱用したことにより、悪堕ちした未来の自分の情報に現在の自分自身が乗っ取られてしまう、というものがあった。
けれど私は過信していた。それは原作のクロエが辿る可能性の一つに過ぎず、『パトリシア』というキャラクターに転生した私には関係ない。
無意識の内に、そう信じ込んでいた。
――だけど、未来の私はどこかで選択を致命的に間違ってしまったらしい。
そんな後悔を抱きつつも、『私』はクロエを傷つけた奴らを一分一秒でも早くこの世から消す為に行動を開始しようした。
――第三十四話 ■■の魔女。ここに再誕。
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