第33話 強襲
髪飾りを交換し合ってから、更に数日が経過した。その間も特に何かが起きた訳ではない。あの貴族が刺客を放った様子なく、私達は静かに過ごしている。
今日も今日とて。私は庭の方で『前借り』の権能を使わない戦闘訓練を、シオンが召喚した使い魔を相手に行っている。
使い魔の外見は巨大な鷲であり、その強さは以前まで相手をしていた狼型の使い魔よりも上である。レベルに換算すると四十前後。
狼型の使い魔が三十レベルで、下級の魔物や少し前までの権能を未使用の私に勝てるぐらいの強さだと考えれば、現在私が戦闘を行っている鷲型の使い魔がかなり強いことが伝わるだろうか。
そして今の私のレベルは素で三十五レベル。最近では全然レベル上がらず、ゲーム脳的に考えて経験値が足りないと思い、より戦闘訓練にのめり込んだがそれでもレベルが上がることはなかった。
このことを『前借りの悪魔』やシオンに相談してみると、次のような答えが返ってきた。
――まだ成長途中である為、肉体に支障がでない程度に無意識でレベルが上がらないように制限している可能性が一番高い。
二人にそう言われた。
つまり三十五レベルが今の私が到達できる限界値のようだ。もちろんこの制限は成長とともに解決するようなので、あまり心配はしていない。
それに奥の手である『前借り』の権能を使用すれば、七十レベルのステータスにまで強化できる。
上級の魔物とも複数対一も不可能でもない。五体満足で勝利を収められるかは、その時の状況次第だが。
「――『ホーリー・ランス』」
使い慣れた呪文を唱えると、私の両手に収まる規格の光属性の魔力で構成された槍が出現した。その槍を構えて、鷲型の使い魔へと突撃した。
――限界レベルに到達してしまった私にできる修行方法は、以前からシオンに指導されている通りの二つ。
『前借り』の権能の持続時間を少しまで長くする為に、基礎的な体力をより増やすこと。もう一つは、武具――主に『ホーリー・ランス』で作成される光属性の槍の扱い方を向上させることだ。
ゲームでの『パトリシア』は所謂後方支援型のキャラクターであった。『ホーリー・ランス』以外に私が愛用している――と言っても使用したのは過去三度であるが――魔法『啓示/神託』はバフ効果を有している。
断じて、洗脳目的に使う魔法ではない。
しかしサポート系の魔法だけでは、私の大切な人達に降りかかる脅威を打ち倒すことはできない。
それで私は『パトリシア』がゲームでの唯一使える『ホーリー・ランス』を使い熟すことを目的としたのだ。
それを決めた私の考えは間違っておらず、今までのレベル上げから村で魔物の群れに襲撃を乗り越えることができたのは、この魔法のお陰でもある。
「Gu!」
「――っ!?」
そんなことを頭の片隅で思考しつつも、ある程度の戦闘は可能になっていた。
私が槍で鷲型の使い魔の翼を貫こうとする度に、使い魔が行使する魔法『エアカッター』による風の刃によって阻まれていた。
相手の魔法の射程範囲から離脱する為に、距離を取る。
戦況は頓着している。レベル的には鷲型の使い魔の方が僅かに上であるが、それほど大きな差は感じられない。
一気に距離を詰めて、決着をつける。そう結論づけて、槍を構え直そうとした瞬間。
シオンの切羽詰まった声が私に届いた。
「――パトリシアちゃん! クロエちゃんの護衛につけていた使い魔が何者かに倒されたわ!?」
■
「ふう……このぐらいで足りるかな?」
時間は少し遡る。
パトリシアがシオンの召喚した鷲型の使い魔を相手に、戦闘訓練を行っていた時。クロエは森の中に入り、食材になりそうな物を探していた。
食べれるか食べれないかの判断は、シオンから渡された手記に書かれたメモと見比べながら判断をしていた。
住居からの距離はさほど離れていないが、心配性のシオンはクロエに護衛をつけていた。狼型の使い魔だ。シオンが使役する中で、最低格の強さであっても周辺にいる野生動物程度であれば相手にならない。
そもそもシオンの魔力量の多さを野生の勘で理解しているのか、この付近には野生動物だけではなく魔物すら碌に近づかないのだが。
持ってきていた籠がいっぱいになり、そろそろ来た道を引き返そうとクロエが思い始めた頃。狼型の使い魔が突然唸り声を上げて、警戒の視線を六時の方向に向ける。
「え? どうしたの?」
クロエはこれまで何度もシオンの使い魔を伴い、森の中に入っているが、使い魔がこのような反応をするのは初めてであった。
不安よりも疑問が湧き、クロエは使い魔に尋ねる。一見意味のない行動に見えるが、シオンの使い魔は知能は高く彼女の言っていることを正確に理解していた。
これがいつもであれば、クロエの言葉に応じた返事を鳴き声という形で返してくれるのだが、その余裕すらないと言わんばかりに剣呑な雰囲気を纏う使い魔。
「Guuuu……!」
その異様な様子にクロエが不安を抱く前に、襲撃者は姿を現した。
「Ga――」
狼型の使い魔が銀色の鎧を着た襲撃者によって、断末魔を上げることなくいとも容易く倒されてしまう。
「――え?」
クロエがその状況の変化を理解する前に、彼女の意識は襲撃者によって刈り取られてしまった。
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