第32話 討伐依頼



 グラスタウンにて、魔女と思わしき人物が出現した。

 そんな連絡を緊急で伝えられたベオウルフ率いる騎士団第三部隊は、早急にグラスタウンに招集を受けた。



 当初ベオウルフ達がいたのは、グラスタウンから遠くに位置する村の跡地であった。国王の命令である辺境の村々の調査の為である。

 緊急招集を受ける直前にいた村は、それまで見てきた村と違い、村人達の亡骸だけではなく魔物の死体が散乱していた。



 魔物の死体の損傷具合から、とても武具を扱ったことのない村人達だけでこれだけの数の魔物を倒したとは考えられない。

 それに加えて、魔物の死体がある場所には不自然な程に人間の遺体が一つもないのだ。



 このことから導き出した仮説は、この村を襲撃した魔物の群れを壊滅させた『何か』は、健在で五体満足の状態で立ち去ったというものだ。



 ベオウルフとて、騎士団の内の一部隊を預かる身である。確認できる魔物程度――ゴブリンやオーク等の下級と中級レベルの魔物――であれば、百体以上に囲まれてしまっても十分に殲滅できると自負している。



 しかし並みの力量の持ち主であれば、数の暴力によって圧殺されてしまうだろう。更にこれだけの力量を持つ者にしては、魔物の倒し方が少々稚拙とベオウルフには感じられた。

 感情のままに武具を振るったように推測できたが、担い手の技術的観点から見ても発展途上のようにも見受けられた。



 武器は恐らく槍かそれに近い物が使われたのは推測できたが、それを成した人物の足取りは不明である。

 その者に対する調査をしようとした矢先に、グラスタウンに現れた魔女らしき人物。



(この村の出来事……いや、ここ一ヶ月で王国内部の村々が襲われているのと、グラスタウンに現れたという魔女。何か関係があるのか?)



 ベオウルフは馬を駆りながら、思考を回す。

 けれどいくら考えた所で、タイミング的に両者の間には何らかの関連性がありそうではあるが、距離が相当ある。

 別々の問題として対処するべきだろう、というのがベオウルフが出した結論であった。



 そんなことを考えて、馬を走らせること数日。馬を休ませる意味もあり、途中の村で泊まることを挟みながら、ベオウルフ達はグラスタウンに到着した。



 門番に用件を伝え、すぐに街の中へ通される。その際に街を治める貴族の屋敷に行くように伝えられた。



「……確かこの街はグラス男爵家の管轄だったな」

「はい、そうでございます!」

「あまり良い噂を聞かないよな……」



 ベオウルフは傍にいた部下に、確認の為の質問をした。記憶の片隅にある知識を引っ張ってくるが、そのどれもが碌なものはない。

 綺麗な女性であれば、年齢や結婚の有無を問わず本人の同意を得ずに、自身の屋敷に連れ込む事態が多々ある程の女癖の悪いことで有名だ。



 それが問題になる前に、貴族としての権力で握り潰しているせいで、表向きにはそのような事件は起きていないことにされている。

 その為被害者は基本的に泣き寝入りするしかなく、多くの人間の頭を悩ます頭痛の種であった。

 ベオウルフは部下の騎士団員からも、グラス男爵家の不評は偶にだが聞いている。



 そんな悪評高き貴族が、今回の魔女の目撃情報を騎士団に通報してきたのだ。ベオウルフ達の第三部隊と第四部隊で、まず最初にグラス男爵家の者から説明を受けて後。その真偽を確認する為の調査に赴く予定である。



 街道を進み、グラス男爵家の屋敷の前に到着したベオウルフ。事前に部下達は周辺の宿屋に待機させている。隊長であるベオウルフ単独で訪問をし、屋敷の門兵に取り次いでもらって待っている間。

 ベオウルフの名を呼ぶ声が背後から聞こえてきた。



「――ベオウルフさん! お久しぶりです!」

「――おお、アリシアか。元気にしていたか?」

「はい! 私は問題ないです! ベオウルフさんの方は?」

「俺の方も変わりないよ」



 ベオウルフに声をかけてきたのは、彼と同じ鎧姿の金髪の少女であった。彼女の名前はアリシア。

 年齢は十五歳と若いが、ベオウルフと同じ騎士団の一角を担う程の剣才を持つ人間――つまりは騎士団第四部隊の隊長を務めている。



 そして人格的に何かしら問題がある人物が多いと言われている、十人いる隊長の中で唯一の癒しとされていたりしているアリシア。

 尚ベオウルフは自分のことをまともだと信じ込んでいる。実際それは間違っていない。ある一面に目を瞑った場合だが。



 ベオウルフと気安く話しているアリシアの様子を第三者が見れば、彼らの仲が単なる仕事仲間の枠で収まる関係ではないことが伺える。

 それもそのはず。アリシアは元は孤児であり、ある出来事をきっかけにベオウルフの養子となっている。

 義理の親子という訳だ。



 騎士団の部隊の一つを預かる義父の背中に憧れて、アリシアが剣術の教えを請うのはごく自然なことだろう。

 その後ベオウルフの指導はもちろん、アリシア自身の才能や努力もあり、驚くべき早さで頭角を現していった。

 そして遂には最年少での部隊長の就任まで至ったのだ。



 そういう背景もあり、ベオウルフとアリシアの間には壁のようなものは一切なく、本当に血の繋がった家族のようだ。



 互いに長期任務の為に久しぶりの会話を楽しんでいると、取り次ぎが終わったようで屋敷の中に迎え入られた。



 案内された客間と思わしき部屋で、ベオウルフとアリシアは三人の人物と相対していた。

 彼らは屋敷の主であるグラス男爵家の面々であった。その内の一人である腹が非常に肥えた男性――当主のボリック・グラスが口を開く。



「――おお、よく来てくれたか。我が王国に仕える騎士団達よ。既にある程度聞いていると思うが、お前達に頼みたいことがある。――この街から離れた場所にある森に住まう魔女の討伐。そして、その魔女に囚われている少女達の救助だ」

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