第30話 騎士団第三部隊



「クソっ……この村も手遅れか」

「どうしますか、隊長」

「一応生存者がいないかを探せ。魔物に対する警戒は怠るなよ。群れから逸れた個体がまだいる可能性はあるからな」

「はっ! 了解しました!」



 気持ちの良い返事をして、馬に乗り駆けていく部下達を見送る隊長と呼ばれた男性。

 彼の名前はベオウルフ。パトリシア達が住むアルカナ王国に仕える騎士団――その第三部隊のトップを任せられている人物である。



 アルカナ王国の騎士団は、第一部隊から第十部隊までで構成されていて、その何れもが王国の歴戦の強者達だ。特に各部隊を率いる人物は、一騎当千と言っても過言ではない実力を有している。

 アルカナ王国においては護国の英雄や少年達の憧れの的として持て囃されているが、周辺国家――主に冷静状態に近い隣国のロッキー帝国には疎ましく思われている。

 それも仕方がないだろう。過去王国の歴史を紐解けば、帝国の侵攻は尽く騎士団が原因となり食い止められたり、逆に領土を侵されたりと帝国にとっては苦いものしか残っていないからだ。



 話は少し逸れてしまったが、ベオウルフも騎士団の内の一つを預かる程の力量を持っていた。



 そんなベオウルフが率いる第三部隊に現在与えられている任務は、国境付近にある村々の巡回である。

 この任務は最優先事項として国王自ら命令を下して、王都の守護に第一、第二部隊を除いた全ての部隊が動員されている。



 事の始まりは約一ヶ月程前にまで遡る。

 王国国内の領土にある村が、魔物の襲撃を受けて滅んでしまう。そのような事態が相次いで起きたのだ。それ自体は珍しいことではない。

 主要な都市から離れた村が人知れずに、魔物や魔女、野盗によって荒らされ滅びることはよくある。



 それが辺境の農村になると、話は更にややこしくなる。何せ目立った特産物もなく、そこまで活気づいていない村を好き好んで訪れるような者は少ない。

 そんな村が滅びた事実を都市部の者達が知るのには、その村に立ち寄る予定であった冒険者や商人、はたまた生き残りからの情報しかない。

 その為多少の時間差があるのは当然なことなのだが、今回の事態はいつものとは違っていた。



 通常であれば、報告を受けた段階で騎士団が村を襲った存在を討伐する為に派遣される。余計な被害の拡大を防止を目的として。



 しかし、いざ現場に向かった騎士団が目撃したものとは――。



 ――変わり果てた建物及び、かつて人間であったはずの肉塊であった。



 騎士団になってから、このように凄惨な光景を見たことのない者はいない。であるのだが、程度が違った。規模が違った。



 僅かに原型を留めていた遺体も苦悶の表情を浮かべていて、彼らの死ぬ間際が安らかでなかったことは一目瞭然であった。



 吐き気を堪えながら、疫病の発生を防ぐ意味合いもあり犠牲者の遺体を一箇所に集めて荼毘にふす。

 それからその村を襲ったはずの魔物の姿を探したのだが、そんなものは影も形もない。



 けれど全ては始まりに過ぎなかった。あのように魔物の襲撃を受けた村は一つではなく、しかもご丁寧に騎士団の警戒しているエリアを避けるように、被害は拡大していった。



 そして事態を重く見た国王は騎士団の第三から第十部隊に命令を下して、村々の警護に加えて、一連の騒動の原因の特定で動いている。



 以上がここ一ヶ月アルカナ王国を騒がせている事態の概要である。今日も今日とて、ベオウルフが率いる第三部隊も巡回に来ていたのだが――。



 それが実を結ぶことなく、ベオウルフ達の目に叩きつけられた現実はこの一ヶ月で嫌という程見た光景――つまりは生者の姿など全くない村の残骸――であった。



 ベオウルフはできるだけ平静を装い、部下達だけではなく、自分の目でも生存者を探す為に馬から降りる。馬を近くの木に繋いだ後、散策を始めた。



 肉が腐った臭いに顔を顰めながら、歩みを進めるベオウルフ。しばらく歩き回った彼の目に映ったのは、多くの魔物の死体であった。



「な、何だ……これは一体……!」



 ベオウルフの目が驚愕に見開かれる。辺りに散らばる魔物の死体は彼らが弄んだ被害者達同様に、元の形が分からないものが少なくなかった。損壊が激しく、まるで八つ当たりかのようであった。

 そうではない魔物の死体も、槍か何かで心臓や頭部を貫かれていたりと最小限の破壊のみで済まされているものもある。

 この惨劇を作り出した人物からは冷静さを持った大人の部分と、感情に身を任せた子供のような幼さの矛盾した側面の両方がベオウルフには感じられた。



 冷静に思考を回そうとするベオウルフだが、明らかにこの村は今まで見てきた他の村とは違っていて、同じように狼狽した様子の部下の一人が話しかけてくるまで、立ちすくんでいた。



「何が起きたんだ……この村で……!」





「――ベオウルフ隊長!」

「――! どうした!?」



 騎士団の部隊の一つを預かる立場にあり、それなりの修羅場を潜っているという自負もあるベオウルフであっても、暫しばかり呆然とならざるを得ない光景を目の前にしていた時。

 部下の一人が大慌ての様子で、馬に乗ったままベオウルフの方に駆けて来た。



 その声に我を取り戻したベオウルフは、先ほどまでの醜態を悟られないようにすぐさま要件を話すように促した。



「――それでは申し上げます! グラスタウンにて、魔女が出現した模様です! 緊急事態につき、第三部隊と第四部隊はその魔女の討伐に向かうようにと、指示が出されました!」

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