第29話 懸念
「大丈夫ですか?」
「……ありがとうね。落ち着いたわ」
あの後軽く泣き始めてしまったシオンを、私とクロエの二人がかりで背中を擦っていた。それが効果があったのか、シオンは幾分落ち着きを取り戻したようだ。
若干充血した目を擦りながら、シオンは私達に席に戻るように促した。それに従い座ってしばらく数分経ってから、私はシオンに昼間の出来事についての相談を持ちかけた。
もちろんシオンが再び暴走してしまわないように、言葉を選ぶのに最大限の注意を払うのを忘れない。
「――それでクロエに絡んできた貴族の子息は、私の魔法で正気を奪った上で帰ってもらいました」
「……なるほどね。クロエちゃんが話してくれた内容と同じね。教えてくれてありがとう。思い出すのも、気持ちよくはなかったでしょう?」
「……私は別に構わないですけど、クロエから聞いてたんですか?」
「ええ。パトリシアちゃんが眠っている間に、一応話は聞いておいたのよ。パトリシアちゃんも怖かったと思うけど、よく頑張ったわね」
「……褒められるようなことじゃないですよ。それに上手くいったのも、私には力が――シオンさんの指導があったからです」
私はそう断言しておく。いくら私がクロエを守りたいと思った所で、原作知識や『前借りの悪魔』との契約、前述したシオンによる修練がなければ、私は無力な小娘に過ぎない。
そもそも、魔物による襲撃にあったあの晩にシオンが助けに来てくれなければ、私とクロエは揃って死んでいただろう。
だから、彼女にはいくら感謝しても足りない程だ。
私の想いが伝わったシオンの頬に、再度涙が伝った。
「……何度も見苦しいものを見せて、ごめんなさい」
「私達は気にしてないです。ね、クロエ?」
「はい!」
「……本当にありがとうね」
シオンの感謝を告げる言葉に、私達の絆がより深まった気がした。
■
「――それで話は少し変わりますが、後処理の方は大丈夫ですか?」
シオンの雰囲気が普段の調子に戻った頃を見計らって、私は話題を切り替える。その内容は先ほどの続きに近いもので、私が魔法『啓示/神託』を使ってあの街を治める貴族の子息に喧嘩を売るような真似をしてしまった。
魔法の効果により、私の指示を聞かせてその場は何とか収めることはできたが、既にその効果は解けているはずだ。
自分よりも圧倒的に立場の弱い私達のような少女を、無理矢理連れて行こうとする性格の持ち主である。必ず報復なり、何らかの接触を再度図ってくるはずだ。
しかも場所が悪かった。周りには他の客や店員の目があり、しっかりと一部始終を見られている。
問題はそれだけではない。街のど真ん中の往来で、暴走しかけたシオンの様子を多くの人間に目撃されたこともある。
ほんの少しであったとはいえ、シオンは魔女としての証――闇属性の魔力を周囲に放出してしまった。その異質さは魔法初心者のクロエに理解できる程だ。
ただの一般人とはいえ、あの時垂れ流していた魔力が『魔』に属するものであったことは、本能的に察していただろう。
これは科学が発展していない代わりに、日々の生活には魔法がある程度浸透している故の弊害である。
更にあの目撃者の中に、魔法の扱いに長けた者達――魔法使いが紛れ込んでいようものなら、シオンの正体が魔女とバレるのは時間の問題だろう。
当然シオンと私達が一緒にいる場面もしっかりと見られている。その情報を得たあの貴族の子息が私兵を動員して拘束しにくるかもしれない。
もしかしたら相手が魔女ということもあり、衛兵や冒険者、果ては騎士団が動員されることも考慮しなければならない。というよりも、それが現状一番高い可能性だ。
魔女の恐ろしさは魔物に準ずる程に、人々の意識に根付いている。実際に魔物と共謀した魔女によって滅ぼされた村の数は少なくない。
魔物と関係がなくとも、周囲に壊滅的な被害を齎した魔女もいる。それはこの世界で両親から聞いた話や、ゲームをプレイした時にイベントとして経験したこともあり、十全に理解していた。
「……逃げた方が良いのかな?」
私の口からそんな不安が溢れる。それに対してシオンは「問題ない」と言ってくれる。
「心配する必要はないわよ、パトリシアちゃん。グラスタウンから、この場所は結構離れている上に、森の奥にあるのよ。たかだか一貴族がこの場所を探り当てられることは絶対にないわ。それにもしも、その貴族が雇った冒険者が来たら、私がやっつけてあげるわ。だから、貴女達は安心してね」
シオンはそう言っているが、冒険者や騎士団の存在を考慮すると楽観的なことは言ってられない。特に騎士団は、揃いも揃ってチート能力を保有していて、メンバーによっては『破壊』の魔女状態のシオンでも敗北は免れない程だ。
脳裏に過るのは、冷たい骸を晒す両親の姿に、村を飲み込む炎や魔物達の醜悪な顔。そしてクロエに誓った約束。
(――もう大切な人達を、家族を失いたくない。もしも最悪の未来が訪れるなら……私は――)
私の心中での誓いの言葉は誰にも届くことなく、けれど意識の奥底に確かに刻み込まれた。
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