第28話 罪の告白
「――ねえ、改めて謝らせて頂戴。本来であったら、貴女達の保護者を買って出た私がしっかりとしないといけないのに。パトリシアちゃんやクロエちゃんに、余計な心労をかけてしまって」
私が寝込んでいた間に用意してくれていた夕食を、私達は三人で食べた。普段であれば、シオンが振ってくれた話題に対して、私は無難にクロエは楽しそうに返事をして、食卓を盛り上げていた。
もちろん、その会話の中には『前借りの悪魔』は参加していた。ハブるような真似はできるはずもない。
しかし今日の夕食は打って変わり、私も含めて全員が無言で食事は進んだ。まるで昼間にあった出来事をなかったように、各々が意図して振る舞っていた。
木製の食器が触れ合う音だけが、三人プラス一体の間で響く。
そして一番早く食事を終えたシオンが口にしたのが、先の言葉であった。いきなり告げられた謝罪の言葉に、私達は一瞬ではあったが動きが止まってしまう。
謝るだけであれば、既に昼間のあの場で済ませている。蒸し返す必要はない。むしろ私達の方こそ、彼女があそこまで取り乱すような事態を事前に防止できなかったことを謝るべきだろう。
私がそれを言う為に口を開きかける前に、シオンは更に言葉を続ける。
「――貴女達に隠していたことがあるの。それを話させてほしいわ」
「……隠していたこと?」
クロエが聞き返す。シオンはそれに「ええ」と肯定の意を示した。彼女の様子は、普段の優しげな雰囲気とも、今日の昼間に見た魔女としての一面とも違った。
近いもので言えば、シオンと初めて会った時に質問された際、彼女が纏っていた長い時を歩んだ賢者としての目をしていた。
いつもとは違い、シオンは重い口を開く。
「――昼間の時。私から異様な魔力を感じたでしょう?」
「は、はい」
「はい……」
これから彼女が話すであろうことを察している私は当然ながら、最近魔法を覚え始めたクロエもその異質な魔力を感じ取っており、返事をした。
『前借りの悪魔』は何も言わず、私達のやり取りを空中で眺めている。
「……普段の座学で教えているけれど、魔力の性質は人それぞれ。同じものは全くないの。だけど魔力を見れば、その持ち主の種族くらいは判別できる。私のように、黒色の魔力は――」
(――魔物や魔女。『魔』に属する者達が行使する魔力の色なのよ)
『前借りの悪魔』はシオンの言葉を引き継ぐように、喋る。
(――そして魔物の中には人の姿を真似るものは少ない。その上にどれだけ人間に容姿が近くとも、どこかしらは人間にはない特徴がある。例えば、角や牙とかね。それらを考慮すれば、シオン……貴女の正体は魔女でしょう? 貴女は出会った当初は、ただの魔法使いって自己紹介してたけれど、闇属性の魔力もなしに人間が何百年と長生きできる訳ないじゃない。悪魔である我に嘘をつくのなら、もう少しマシな嘘をつきなさい)
「……はい。悪魔さんの言う通りよ。今まで隠してごめんなさい。――私は魔女よ。それもとびきり最悪と言われる『破壊』の魔女。貴女達もおとぎ話か何かで聞いたことあるでしょう?」
観念したように、自らの罪を告白するように、シオンは今までひた隠しにしていた秘密を語り出した。
「――私は貴女達が生まれるよりも、昔に魔女になったのよ。愛しの娘を奪った戦争を起こした国が憎くてね。そこからはよく記憶がないのだけれど、運良く正気を取り戻すまで私はいくつもの国を滅ぼすことになったの。それが『破壊』の魔女の由来よ。どう? 軽蔑したかしら? こんな重大なことを黙っていたことを」
大方予想していた通り、シオンは自分の正体が『破壊』の魔女であることを告げてきた。原作知識で事前にシオンの正体を知っていた私や、先の発言の通りある程度正体について当たりをつけていた『前借りの悪魔』は特段驚くことはない。
しかしそんな反則じみた事前知識のないクロエは、とても驚いた顔をしていた。
この世界では魔物に次いで恐れられている存在である、魔女。その恐ろしさは昔から口伝という形で伝わっており、私やクロエも今よりも幼い頃に母親から寝る前のお話として聞かされていた。
そのこともあり、魔女の恐怖を知っているクロエは、シオンに対して怯えの視線を向ける――ことはなかった。
クロエはシオンに優しい表情を向ける。
「『破壊』の魔女については、両親に聞いたことがある以上のことは知りません。それも多くはありません。ですが今のシオンのことは、多少は良く知っているつもりです」
そこで一旦言葉を区切りをつけるクロエ。一呼吸を置いた後、そして話を続ける。
「シオンさん。貴女は私やパトリシアをあの村で助けてくれただけではなく、身寄りのなくなった私達を今もこうして面倒を見てくれています。それに昼間の時に、取り乱しそうになったのも、私達のことを心の底から心配してくれての行動でしょう?」
「私もそう思っています。ですから、シオンさんが謝るようなことはありません!」
クロエの言葉に同意を示す。
私達の話を聞いて、その端正な顔から涙を流しながらシオンは「ありがとう」と小声で呟いた。
――その時見せた彼女の表情は、長年の間苦しめられていた罪から僅かでも救われた風に感じられた。
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