第27話 忍び寄る毒
「ああ……忌々しい……! あいつ等、どういう手を使ったのだ……!」
時はパトリシアがクロエとシオンと一緒に食卓を囲もうとしていた頃。グラスタウンの中央に構えられた、周囲の建物に比べてしっかりとした造りの屋敷。
その内部に設けられた一室にて、肥満体型の少年が一人苛ついた表情で愚痴を溢していた。
その少年の名前は、メタ・グラス。グラス男爵家の一人息子である。
彼の両親はこの街――グラスタウンを統治する義務を、他の貴族と同様に国王から預かっているのだが、彼らはその責任を満足に果たしているとは言えなかった。
息子共々、両親の評判は悪く、貴族として果たさなければならない仕事も、ほぼ全て部下に投げている有様だ。
その癖に、権力を用いて好き勝手している。
そして、そんな愚鈍な両親の元で真っ当とは言い難い環境で過ごし、教育を受けてきた子供がまともな価値観を育むことができるはずもない。
蛙の子は蛙。トンビが鷹を生むということはなく、メタは両親の悪い部分を生き映しと言える程のレベルで受け継いだ彼は、常日頃から従える従者や街の人間に無理を強いていた。
昼間の一件も起こるべく起きた出来事だろう。メタがパトリシアとクロエを力ずくで、自身の屋敷に連れて行こうとしていた。それが彼女達の本意ではないことが明らかであったのだが、周囲の人間は誰も助けようとしなかった。
全員が諦めているのだ。従者からの陳言は聞き入れてもらえず、それどころか逆にメタの顰蹙を買い、発言をした従者の行方は分からなくなってしまう。
誰もが余計な火の粉を浴びたいとは思っていないのだ。その諦観が増々メタの傲慢さに増長を促す行為だと理解していても。
メタとそう年が変わらなそうな――もっともメタが醜く未だに十歳の少年とは思えないが――二人の少女。彼女達が街で仲良く歩いている姿を、馬車の中から見かけたメタは跡をつけた。彼女達がメタの欲望の裂口になる。
それはメタ本人だけではなく、その日彼を護衛していた者達も自明の理だと思っていた。だから護衛の男達は少女達に、「無駄な抵抗はしないように」と呼びかけたのだ。
それが偽善にも満たない、自己満足の行為であったとしても。
しかしその日は違った。金髪の少女――パトリシアが何かしら魔法を発動した後、彼らは仲良く揃ってしばらくの間意識を失っていた。
そしてメタ達が意識を取り戻した後、彼らは屋敷にいた。当初訳の分からない状態であった彼らは、少女の片割れにまんまと嵌められたことを理解した。
怒りを覚えたメタは自室にて、同行していた護衛の男性達に対して叱責を飛ばしていた。
「貴様らはどうしてこうも無能なんだ……! ただの平民の女を連れてくることすらできないのだ……!」
理不尽な叱責に対して、二人の男性は無言を貫いた。どうせ何を言った所で、無駄にしかならないからだ。
部下達をいくら怒鳴った所で、状況は良くならない。それでも多少は効果があったのだろう。
少しは冷静さを取り戻したメタは、先の少女達について思考を巡らせる。
この際、少女達がどういう手段で自分の手から逃れたかはどうでもいい。
気に入らないことはただ一つ。自分が目を付けた少女達が、思い通りならなかったことだ。
(……平民の分際で、この僕に逆らうとは……! 思い出すだけで、腹が立ってきた……!)
冷静と言っても、平常から自分勝手な思考が基本であるメタはすぐに怒りを再熱し始めた。そんな主君の神経を逆撫でしないように、どう立ち回るべきか。
護衛の男性二人は、それを考えていた。
ギリギリのバランスで成り立っているメタ達の様子を窓から見つめる不審な影が一つ。それは蝿型の魔物であった。
「……ドリア様ニ言ワレタ。人間ヲ上手ク使エッテ」
その蝿型の魔物は少し前に、上司にあたる魔人の少女――ドリアにとある命令を受けていた。それは二人の少女を見つけて、その居場所を報告または生け捕りである。
体格が普通の蝿と何ら変わりないその魔物は、その少ない知性を振り絞り、人間が多くいる街を探せば良いという結論を出した。
数日間に渡る捜索の結果――あるいはただ運が良かったのか――昼間に街中で、対象である二人の少女の姿を捉えることに成功した。
遠くにいるドリアに報告をした蝿型の魔物は、急いでこの街に戻ってきた。蝿型の魔物は、報告した際の出来事を思い返す。
『――あら? あんたみたいな下級の魔物が一番早く情報を持ってくるなんて。まあ、良いわ。追加の命令よ。人間共を使って、金髪と黒髪の子供を私の元に連れて来なさい。私は訳あって動けないの。上手くいけば、人間の戦力を僅かでも削ぎながら、目的が達成できる。我ながら良い考えだわ』
甲高い少女の声を再生し終えた蝿型の魔物は、都合の良さそうな人間に目星をつけて、計画に利用しようとしていた。
「俺ノ毒ヲ使エバ、弱イ人間ヲ支配デキル。ドリア様ヲ命令ヲ達成デキル」
力を持たない人間にはただの蝿にしか見えない魔物は、その牙をいかにも愚かそうな少年に向けた。
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