第16話 修練
「――『ホーリー・ランス』」
使い慣れた魔法を発動させると、私の両手には光属性の魔力で構成された槍が収まる。
(……契約者様。来るわよ)
「……パトリシア。頑張って!」
「うん!」
『前借りの悪魔』とクロエ。それぞれの声援を背に、私は光属性の魔力で編まれた槍を持ち、少し離れた位置にいる狼型の使い魔と相対していた。
――この風景は最近では見慣れたもので、決して何者かに襲撃を受けているのではない。この狼型の使い魔を召喚したのは、シオンである。
彼女の家で私とクロエがお世話になることが決まってから、こうやって彼女に戦い方を教わるようになった。
世界観が世界観である為、力はどのくらいあっても不都合はないからだ。
シオン自身は戦いが好きではないようだが、魔女として悠久の時を生きた彼女の経験に基づいた戦術論は非常に勉強になる。
それだけではなく、魔法免許に関する知識も豊富であり、私の感覚任せの魔法行使を見た瞬間に、怒りながら正しい指導をしてくれた。
お陰で、肉体にかかる負荷はある程度解消された。
私の戦闘スタイルは『前借り』の権能を使ってからの高火力による短期決戦がメインとなる為、少しでも長く権能の発動時間に耐えられるように、基礎的な持久力を伸ばす実践形式の訓練を行っている。
その一環が、このシオンが呼び出した使い魔を撃破するというものだ。野生の狼とは比較にならない程の俊敏性を誇り、下手な人間よりも賢い知恵を持つこの使い魔は私が戦ってきた相手の中ではとても厄介であった。
狼型の使い魔のレベルは三十程。『前借り』の権能を使っていない私と同程度の強さだ。
現在の私は権能の使用は最低限にして、この狼型の使い魔を倒そうとしている。同種の使い魔とは何回も戦闘を行っているが、シオンが使役する使い魔の中では一番格が低いらしい。
嘘だろと言いたくなるが、それが事実であることは私が記憶している原作知識が保証していた。
目の前に対峙していた狼型の使い魔が唸り声を上げながら、こちらを油断なく見据えてくる。そこには確かな知性を感じられた。
一方の私も警戒の視線を緩めることなく、しっかりと槍を構える。
緊迫した空気が流れ、観戦者であるクロエと『前借りの悪魔』のどちらからか、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきた。
――少し話はずれるが、シオンの元で過ごすことが決まってすぐに、クロエには『前借りの悪魔』の存在を知らせた。
クロエを傍で守っていくことを本人の前で公言した手前、できるだけ隠し事は控えたかったからだ。流石に私が転生者であることと、原作知識があることは言っていないが。
姿を見せるか否かは、才能の有無や契約者であるかどうかに関わらず、『前借りの悪魔』の意思で選べるらしい。このことは、私も知らなかった。
『前借りの悪魔』の存在を知らせた当初は驚きはしたものの、受け入れてくれたクロエ。むしろ「もっと早く教えてくれても良かったのに……」と愚痴を言われてしまった。
二人の仲は良好と言えば良好である――はずだ。『前借りの悪魔』からクロエに対する態度は前から一貫して、契約者である私の友人としての扱いである。
契約内容にある『
それに対するクロエの方も、『前借りの悪魔』のことは友人の知り合いという認識に落ち着いている――と思う。何故自信がないかと言うと、クロエが時々厳しい視線を『前借りの悪魔』に向けているような気がするからだ。
クロエに直接尋ねてみてもはぐらかされるし、二人で楽しそうに会話している場面を見たことあるから、仲が悪いことはないはずだが――。
『前借りの悪魔』やシオンに聞いてみても、「さあ……」という何とも言えない返事しかなく、二人の仲が良いならば問題ないということで自己解決するしかなかった。
――逸れていた思考を、目の前の敵に戻す。睨み合って動かない状況に痺れを切らしたのか、狼型の使い魔は地面を蹴り上げて接近を試みようとしてくる。
私の主武装は槍である為、相手の方から近づいてくるのは正直助かる。飛びかかり噛みつき攻撃を繰り出そうとする狼型の使い魔の口に目掛けて、私は思いっきり槍を突き出す。
「Gaaaa……!」
「うっ……!」
ガチン、と牙と槍がぶつかり合う音が響く。槍を持つ両手に痺れるような衝撃が走る。力の押し合いでは不利になる為、右足で狼型の使い魔の腹を蹴り上げて距離を取る。
今の服装は運動しやすいものに着替えているので、スカートが捲くれるような心配をせずに、訓練に集中できる。
「Gaaaa……!」
狼型の使い魔は低い唸り声を上げていて、私は槍を構え直す。先ほどの焼き直しのような光景だ。
これ以上時間をかけると、シオンにお叱りの言葉を受けてしまう。それは不味いと思い、槍を力を込めた状態で勢いよく投擲した。
■
それから決着がつくのに、数分もかからなかった。槍が腹部を貫通している狼型の使い魔は、その肉体は魔力に還元されている。
私の方は額から流れる汗を手の甲で拭っていると、クロエが獣の皮で作られた水筒を差し出してくれた。
「お疲れ様、パトリシア。これ、どうぞ。喉乾いたでしょ?」
「ありがとう、クロエ。助かるよ」
「……別にこのぐらい問題ないわよ」
私が礼を告げると、クロエは顔を背ける。少し頬が赤くなっているが、熱でもあるのか尋ねると「何にもないよ!」と少し怒り気味というか焦った感じの上擦った声で、返事をしてきた。
そんな彼女の様子に脳内で「?」を浮かべている私を見ていた『前借りの悪魔』は、何とも言えない微妙な表情になっていた。
――この状態は、シオンが昼食の用意を手伝うように言ってくるまで続いた。
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