第17話 家庭的な一場面

「……パトリシア。そこの野菜を取ってもらってもいい?」

「えーと……。はい、シオンさん」

「ありがとうね。もう少し煮込むから、火の番を頼めるかしら?」

「分かりました」



 日課の修練――シオンが召喚した狼型の使い魔との戦闘が終了したタイミングで、シオンから昼食の準備を手伝うように言われた。



 シオンからの申し出や私達の希望により、彼女の家でお世話になることが決まってから、その礼の代わりに家事を手伝ったりしている。

 働かざる者食うべからず、というのはこの世界でも同じのようだ。



 シオンに呼び出された私達は手についた泥を近くの川で汲んだ水で洗い流し、私は訓練用の服から普段使いしている服に着替える。

 派手さはないながらも、大人っぽさが感じられる装飾の服だ。シオンが子供の頃に着ていたものらしい。

 道理で綺麗ではあるが、どこか年季が入っている風に見えたのも間違いではなかったようだ。



 シオンの指示に従い、丁寧に切り分けられた野菜を彼女に差し出す。それを受け取った彼女は、グツグツと沸騰した湯の中に投入する。

 煮込み過ぎたり、火の事故が起こらないように見張るのを、シオンは私に頼んだ。



 別の用事をしていたクロエに、シオンは声をかけた。



「クロエ。そこに置いてある食器をテーブルの方に運んでほしいけど、いい?」

「はい」



 クロエはそれまで取りかかっていた作業の手を止めると、食器が仕舞ってある棚の方に迷わずに行った。ここでの生活も既に二週間程経過していて、どこに何があるかは彼女はほぼ完璧に記憶していた。



 色とりどりの野菜が煮込まれている鍋をかき混ぜながら、食卓の準備を進めるクロエとシオンに時折視線を向ける。

 こういう家庭的な風景を見ていると、どうしても魔物によって命を奪われた両親のことを思い出してしまう。感傷的になりそうになるのを、鍋をかき混ぜることだけに集中することで誤魔化す。



 ちなみに『前借りの悪魔』は家事には参加していない。正確に言えば、『参加できない』となる。姿を見せる相手を自由に選べる悪魔であるが、その肉体は実体を伴ったものではない。

 つまり他の物体に触れることが叶わないのだ。

 その為『前借りの悪魔』は邪魔にならないように、私の周辺を浮遊していた。



(……やっぱり美味しそうね。食事ができないのって、何か損している気分だわ。シオンにでも受肉する方法でも聞いてみようかしら)

「聞くだけ聞いてみたら? もし知ってたら、シオンさんなら快く教えてくれると思うし」



 『前借りの悪魔』が鍋の中を覗き込みながら、私に話しかけてきた。鍋からは美味しそうな匂いが漂っており、修練で空いていた食欲が刺激される。



 確かに毎食毎食ご馳走が、目の前にあるのにありつけないのは、ある意味耐え難い拷問に等しいのだろう。

 それに『前借りの悪魔』が受肉できれば、一緒に食卓を囲むことができる。それが可能になれば、きっと今の生活はより楽しくなるに違いない。



 そんな未来を脳内で思い描いていると、シオンが「そろそろ出来上がったでしょうし、食事にしましょう!」と声をかけてきた。



「はーい!」

「はい」



 私とクロエは異口同音の返事をして、シオンの魔法によって作り出された火を消した。





「いただきます」



 今日の昼食は、野菜たっぷりのスープとシオンが出先でもらった柔らかいパンだ。スープに浸して食べるパンは、中々病みつきになる食感である。



 疲労が溜まっていた体を美味しい食事で癒やしていると、シオンがある提案をしてきた。



「――二人とも、今度街に薬を売りに一緒に行かない?」

「えーと……街にですか?」

「ええ」



 少しの間を置いて聞き返す私。シオンはそれに迷いなく答える。



 前にそれとなくシオンに聞いた話や、ゲームをプレイしていた時の記憶を思い出してみる。シオンの住居はクロエ達が住む村と同じ国――アルカナ王国に属するとはいえ、位置関係ではほぼ真逆に存在する。

 片や国の東方面でロッキー帝国との国境付近で、片や西方面で人の手がほとんど入っていない森の奥。



 また聞くところによると、同時期に私達以外の村も魔物達から襲撃を受けていたようだ。そして被害は現在も徐々にではあるが、拡大しているらしい。

 事態を重くみた国王は騎士団を各地に派遣して、魔物の討伐に力を入れている、という話だ。



 ゲームにはなかった展開に頭を悩ませながらも、あのチート能力を持った団員が複数いる騎士団が動くのであれば、異常発生した――または何者かに率いられた――魔物達の討伐にはそう時間はなからないだろう。



 そして私達の元村からの距離を考慮すれば、今回の騒動にはあれ以上巻き込まれる心配はないという訳だ。



 ――それはともかく。シオンからの提案は魅力的であった。この二週間は彼女の家周辺が主な活動範囲であった為、久しぶりに街に行くというのは気分転換にもってこいだ。



 クロエも街を訪れた機会はほぼない。新鮮な反応をする彼女との買い物風景を想像して、頬が若干緩んでしまう。



 ――私とクロエ、それぞれの返事は。



「もちろん、行きたいです!」

「私もです」



 ――当然肯定であった。

 しかし出かけ先で、あのようなトラブルに遭遇するとはこの時の私達は想像すらできなかった。

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