第14話 私の幼馴染

「――私の名前はパトリシア。貴女のことは私が幸せにしてみせるから。安心してね!」



 私――クロエには一人の友人がいる。名前はパトリシア。私の黒髪とは正反対な綺麗な金髪を持つ彼女の第一印象は変人だろうか。

 先の発言のような自己紹介をされて、私は反射的に引いてしまった。



 最初の出会いこそ微妙なものではあったが、パトリシアは私にとって良き友人であった。小さな村であった為、彼女の家族が越して来るまでは私が一番の年長であり、時々村全ての子供達の面倒を見たりもしていた。

 パトリシアが来てからは二人でそれをするようになり、多少なりともゆったりとした時間ができた。



 その時間で両親の手伝いをしたいと言ってみたら、「せっかくできた同い年の友達なんだ。偶にはパトリシアちゃんと二人きりで遊んできなさい」と両親は言ってくれる。

 私は若干の罪悪感を覚えながらも、パトリシアと過ごす時間を楽しく感じられた。



 時々私を見る視線が変に感じられたのは気のせいだろう。



 彼女との日々は特に代わり映えもなく、しかし今思えば大切な日々だったのだろう。両親がいて、友人と他愛もない話に花を咲かせて、その様子を微笑ましい笑顔で見守っていた村の人達。 



 一つ、一つが欠けてはいけないものだったのだ。

 パトリシア以外の全てを失った今、私は強くそう思う。



 けれど思い返してみると、その友人に対する感情に変化が起きたのは、いつだっただろうか。

 彼女が夜中の間に行方をくらました事件。村の男の人達が探しに行くのに無理を言って同行をして、たどり着いた遺跡の奥で横たわるパトリシアの姿を見た時は気が気でなかった。

 嫌な想像が私の脳裏を駆け巡り、私は無意識の内に駆け出していた。結果的に言えば、彼女は無事であり大きな問題はなかった。



 その時の私は安堵のあまり泣いてしまったが、彼女の無事がただ嬉しかった。

 でもその日を境に彼女がふらりとどこかに行ってしまいそうな妄想に取り憑かれるようになってしまう。



 パトリシアに不自然に思われない程度に、徐々に一緒に過ごす時間が増やしていった。そうしていると、彼女に関して様々な発見があった。

 普段は手間のかかる妹のような彼女は、私が野犬に襲われそうになった時は前に立って追い払ってくれるというと格好いい一面があった。

 母の助けを借りて初めて作った不格好なクッキーを嫌な顔一つせずに「美味しい」と食べてくれる優しい一面があった。



 気がつけばパトリシアに、友人以上の感情を持つようになっていった。両親はもちろんのこと、パトリシア本人にも含めて誰にも相談はできなかった。

 今の関係が壊れてしまい、私の方を見てくれないような気がして。

 それでもこの日常が続くなら、私が彼女に抱き始めた歪な感情も、ただの友愛として生涯を通して誤魔化すこともできたはずだ。彼女にも、自分自身にも。



 だけど、そうはいかなかった。あの日私達の村は魔物に襲われてしまった。



 火が燃え盛る自宅の前で、私は気を失っていた。誰かの気配がして意識を取り戻した私の目の前には、パトリシアが心配そうな顔をしていた。



 胸騒ぎを覚えた私は、それを払拭したいが為に彼女に尋ねた。私の両親はどうなったのかを。

 それに対して彼女からは満足な返答がない。しかしそれだけで状況は理解できた。



 私の両親は助からなかったということを。



「ね、ねえ嘘だよね……。嘘だって言ってよ! パトリシア!」



 私の慟哭が虚しく響く。むしろ冷静に考えれば、周囲にいる魔物を引きつけるだけの悪手に過ぎない。けれども、当時の私にはその考えには至らず、パトリシアの胸に縋るしかなかった。



 パトリシアが私を優しく抱きしめてくれる。不安でいっぱいだった私に、こう言ってくれた。



「――ごめんなさい。許してとは言わないから。恨んでくれても構わない。でも絶対にこれだけは信じて。私――パトリシアは命に代えても、クロエのことは守る」

「どうしてパトリシアが謝るのよ……別に私は――」



 何故彼女が謝るのか。それが当時の、そして今の私にも分からなかった。

 しかし守ってくれる。その言葉を聞けて、少しだけ安心することができた。



 でも、でも。パトリシアはすぐにその言葉を撤回しようとした。



 偶々村を訪れていたシオンさんに助けられた後。そこで再び意識が戻った私に、パトリシアはこう言ったのだ。



「……改めてだけど、村でのことはごめんね。私が上手く立ち回れば、村の人達は死ななくて済んだはずなのに。あの時に言ったことは、忘れてくれても構わない。それでもクロエのことを大切に思う気持ちに変わりはないから。じゃあね、クロエ」



 まるで別れの挨拶のような言葉。それを言い終えた彼女は、私に背を向けて本当に立ち去ろうとしていた。



 嫌だ。待ってほしい。私を独りにしないで。

 そんな思いがそのまま私の口から溢れ出てきた。



「馬鹿じゃないの!? あの時も、今も何を言ってるのか、私には分からないよ! 貴女は何も悪くないのに!? 悪いのは魔物達でしょ! それに言ったよね! 私のことを守ってくれるって!? だから、お願い……。私を一人にしないで……。もう嫌なの……大切な人が遠くに行くのは……」



 泣き崩れようとした私を、またパトリシアは抱きしめてくれた。前の抱擁よりも、強く。けれど温かく心地よいものであった。



「……大丈夫。今度こそ、絶対にクロエのことは――」



 パトリシアが何かを小声で呟くが、私の耳では聞き取れなかった。

 だけど、今はそんなことはどうでもいい。大切な者の温もりを、一秒でも長く感じていたい。

 それだけが、今の私の思考を支配していた。

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