第13話 今後について

「――貴女のお連れの悪魔さんもご一緒にね?」



 シオンの――数百年の時を生きた重みを感じさせる魔女の声が、静かに告げられる。それまでの彼女からは想像できない、私には見覚えのある雰囲気に切り替わった。

 彼女の周囲に黒色のどんよりとした何か――魔女が扱う闇属性の魔力が可視化される。

 ゲームの裏ボスとしての魔女がそこにはいた。



(……はいはい。言われなくても今出ますよ)



 シオンの呼びかけに応じるように、『前借りの悪魔』は姿を現した。と言っても、私にしか見えていない半透明の状態であるのだが。



「やっぱり……かなり格の高い悪魔ね。パトリシアちゃんに取り憑いているようだけど、もしかしてあの村を襲った魔物達を手引きしたのは貴女かしら? それともパトリシアちゃん契約者の意思? 返答次第では、私も対応を考えるけど?」



 シオンは厳しい視線を私と『前借りの悪魔』に向けてくる。相当警戒されているらしい。でもゲームではシオンと私達が住む村は特に関わりはなかったはずだが……?

 というか、『前借りの悪魔』の姿はバッチリと見えているようだ。



 私がそんなことを考えていると、慌てて『前借りの悪魔』が口を開く。



(ち、違うわ! 我も契約者様も何もしてないわよ!? むしろ契約者様は被害者よ!? クロエちゃんを守ろうとして、気絶するまで我の権能を使っていたのよ!)

「その悪魔はそう言っているけど、本当のことなの? パトリシアちゃん」



 『前借りの悪魔』が私を庇うかのような発言。その言葉を嬉しく思いつつ、シオンの質問に答えようとする。ここで返答を間違えないようにしないと……!



「……はい。『前借りの悪魔』の言う通りで間違いありません。村を襲ってきた魔物達について、私は存じ上げないです。証拠はないので、信じてもらうしかありませんが」

「そう……」



 私が言い淀むことなく、しっかりと主張を伝えるとシオンはその内容を吟味するかのように黙り込んだ。どのくらいの時間が経ったのか。しばらくするとシオンは剣呑な空気を引っ込めると、放出していた魔力を霧散させ、表情を和らげる。



「……ごめんなさいね。脅すような真似をしちゃって。パトリシアちゃんがあの村を襲った訳じゃないのは分かっていたんだけど、一応念の為にね。悪魔の中には、本当にどうしようもないぐらいに悪辣な手段で、契約した人間やその周囲の人間を陥れるのがいるから。貴女は違うみたいですけど」

(はあ……心臓に悪いわ。それにしても、よく信じたわね。自分で言うのも何だけど、信じられる要素は全くなかったと思うわよ)

「それは貴女達の目を見れば、大体分かるものよ。私ぐらいの年月を生きるとね。貴女もそうでしょう? 『前借りの悪魔』さん」

(我の方が長く生きているはずなのに、この敗北感……)

「中途半端に他人の未来を覗き見しているせいで、人間の機微が分からなくなっちゃったのかしら?」

(ぐぐぐ……)



 先ほどまでの緊迫感が嘘のように、シオンと『前借りの悪魔』が仲良しそうに言い合いをしている。よくよく考えれば、私を介抱している段階で『前借りの悪魔』の存在を、シオンは認識していた。

 もしも彼女が手を下す意思が少しでもあるならば、私達あるいは『前借りの悪魔』はこの世に存在しなかっただろう。



「それでね、パトリシアちゃん。お詫びにの代わりって訳じゃないけど、貴女がその年齢で悪魔との契約方法を知っていたかは聞きません。大方友人――クロエちゃんの為なんでしょう? じゃなきゃ、一人で魔物の群れに飛び込む真似はできない。そうでしょう?」



 シオンの柔らかい笑みと共に送られる言葉に、私はただただ照れるしかなかった。





「……シオンさん。それだけでは割に合わないので、質問をいくつかいいですか?」

「ええ、いいわよ」



 何とか持ち直した私に対して、シオンは快く承諾してくれる。私が彼女に聞きたいことは色々とあるが、その中で一番尋ねたいことは――。



「――シオンさん。どうして貴女があの村にいたんですか?」



 ゲームの知識ではシオンが私達の村に来るような展開はなく、クロエと接点ができるのは物語中盤以降だ。

 魔女としては異端の部類に属する彼女ではあるが、何の理由もなく辺境の村を訪れることはない。

 何かしらの思惑があるはず。そう考えていたのだが――。



 そんな私の内心を知ってか知らずか。シオンは何も疚しいことはないといった自然体の様子で、村を訪ねた経緯を語り始める。



「――偶々よ。パトリシアちゃんが知っているかは分からないけど、国に仕えているような魔法使いと違って、私みたいな逸れ者は村々を巡って調合した薬を売ることで日銭を得ているの。私があの村に寄ろうとしたタイミングで、魔物の襲撃にかち合ったのよ」



 シオンはそう答えた。確かにゲームの中にも一部の魔法使いが日々の生活を送る為に、薬師のようなことを生業としていた。

 彼女の言い分と矛盾はない。本当にただの偶然だったのだろう。今はその偶然に感謝するばかりだ。



「なら、これでこの話はおしまいね。他にも貴女達には話しておきたいことがあるから」

「他のこと?」

「ええ」



 まだシオンは私に伝えたいことがあるらしい。一体何だろうか。



「これからパトリシアちゃん達はどうするつもりなの? もしも他の場所に知り合いがいるのなら、送って上げてもいいけど……」



 なるほど、今後の過ごし方についての確認か……。シオンの方からその話題を切り出してくれるのは、非常に有り難い。



「……もしもシオンさんがよろしければ、クロエ共々こちらで面倒を見て頂いてもいいですか?

 何分外部との交流もほとんどない村ですので、私とクロエの両方に村の外に頼れる大人がいないんです。

 教会の孤児院はできるだけ頼りたくないので……」

「私は別にそれで構わないけど、クロエちゃんとも相談した方がいいと思うけど?」

「そうですね。クロエと話し合った上で、改めて決めさせてください」

「その件についてはいつでもいいわ。貴女にしてもクロエちゃんも、今は心身ともによく休めなさい。しばらくはよろしくね。パトリシアちゃん」

「……よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそよろしく」



 私の返事に、シオンはまた笑みを浮かべた。こうして、私達はシオンの元で世話になることになった。

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