第12話 自己紹介

「それで仲直りは済んだのかしら?」



 あれからどのくらい抱き合っていたのか。背後にはいつの間にかシオンが立っており、優しげな表情を浮かべながら私達を見守っていた。

 全く気配がなかった。いけない所を見られてしまったかのように、頬が熱くなってしまう。



 クロエの方も、私以外に泣き顔を見られてしまったせいで、顔を赤く染めていた。そんな彼女の顔に劣情を抱きそうになるが、顔をできるだけ引き締めてシオンの方に向き直る。



「……いつから見ていたんですか。シオンさん」

「ふふふ。ごめんなさい。別に隠れて見ていた訳ではないのよ? 普通に入って来たんだけど、貴女達全然気づかないだもの。まあ、仲が良くていいんじゃないかしら?」



 ジト目でシオンを睨みつけるが、当の本人には何も効果はなかった。そうして私とシオンが睨み合い――私の一方的な――をしていると、クロエが私の体から離れる。

 彼女の温もりが遠ざかっていくことに若干の寂しさを覚えてしまう。



 私から離れたクロエは隣に立つと、シオンに頭を下げながら感謝を告げる。



「……私達を助けて頂いてありがとうございます」

「私からもありがとうございます。シオンさんが来てくれなかったら、私もクロエも死んでいたと思いますから」

「あらあら。別にお礼なんて良いのよ。貴女達はまだ子供なんだから、大人を頼ってくれたって」



 クロエに便乗して、私もシオンに礼を言う。実際にあの状況では、シオンが来てなければ私達は仲良くあの村で一緒に果てていただろうから。

 礼を告げた後、クロエの顔が深妙な面持ちに変わり、シオンに質問をした。



「……あの、すいません。あの村で私達以外の生き残りは――」

「――変に濁さずに言わせてもらうと、残念ながらいなかったわ。一応村中を見て回ったけど、生存者は貴女達だけだった」

「そうですか……」



 ある程度覚悟はできていたのか、クロエは声が少し震えながらも何とか返事をする。しかし無理をして気丈に振る舞おうとするクロエを見ていられず、私は反射的に彼女の右手を握りしめた。

 そうしていると、少しずつクロエの震えは収まってきた。私の耳元で小声で「ありがとう」と礼を言われる。



 クロエの不安を和らげることができるのであれば、手を握るなんて安いものだ。



 私達の様子を見ていたシオンは、どこか満足そうな表情をして口を開く。



「二人が一緒なら大丈夫そうね。そっちの黒髪の子は初めましてかしら。改めて自己紹介を。私の名前はシオン。二番煎じなるかもしれないけど、無害な人里から離れて暮らす魔法使いよ」



 複数の国を滅ぼすような魔女の一体どこが、無害だろうか。そういうツッコミを入れたくなるのを、ぐっと堪える。

 クロエ、そして私の順に自己紹介をしていく。



「私はクロエと言います。隣が……」

「私はパトリシアです」

「うん。よろしくね」



 私達の名前を聞いたシオンは歓迎の笑みを一度浮かべた後、私を連れて退出しようとした。



「パトリシアちゃんには色々と聞きたいことがあるから」



 シオンの言い分はこうであった。不満気なクロエには「すぐに戻ってくるから」と告げて納得してもらう。

 そしてシオンを先頭に、彼女の部屋に案内された。整理整頓が行き届いた書斎のような部屋であった。



 年月を重ねた本特有の匂いが、私の鼻腔をくすぐる。それは不快なかび臭さとは異なり、前世の本好きであった一面が顔を出そうとしてきて、無意識の内にキョロキョロと本棚に収まる書物に視線がいく。



 ゲームでもシオンの部屋に訪れることもできるが、その時の記憶が正しければ古今東西の魔法に関する書物であったはずだ。

 所詮魔法の知識もゲーム由来のものでしかない私が見たとしても、最初のページすら内容を理解することはできないだろう。

 それはそれとして、どういう本があるのかざっと見るだけでも、多少なりとも楽しめる性分なのだ。私は。



「うふふ。そんなに興味があるなら、後で少しは見せて上げる。だけど勝手にここにある本は読んでは駄目よ。禁書指定された魔導書の類もあるから」

「え! 良いんですか!?」



 そんな年相応の子供のような反応を意識せずにしてしまう。またやってしまった。どうしても転生してからは精神が肉体に引っ張られているのか、感情的になることが増えている。

 幸い今の私の見た目は十歳の少女である為、周囲には特段不審がられることはなく、クロエや他の村の子供達と過ごすのには苦労はなかった。



 シオンの私に対する態度も、家に遊びに来る近所の子供を相手にするようなものであった。

 それでも若干恥ずかしいと思いつつも、シオンが差し出してくれた椅子に座り、彼女も私の対面に用意した椅子に腰をかける。



「クロエちゃんはいないし、あの晩、あの村で何があったのか。私に教えてもらっていいかしら?」



 一瞬にして、シオンが纏う空気が変わる。それまでの温厚そうな雰囲気は成りを潜めて、何百年の時を生きた魔女に相応しい貫禄が漂い始める。

 シオンの急な変わりように、自然と体が強張る。ごくり、と唾を飲み込んでいた。



「――貴女のお連れの悪魔さんもご一緒にね?」



 私とシオンによる話し合いが始まろうとした。

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