第11話 二人で一緒に

「……」

「……」



 再び起きた後、シオンの許可を得て私はクロエと再会した。気不味い雰囲気が漂い、お互いに何を話したら良いのか分からなかった。

 こういう時に限って『前借りの悪魔』は姿を消しており、クロエが寝ていた部屋まで案内してくれたシオンも退出していた。



 私達二人だけが残されてしまい、耳が痛くなる程の静寂が辺りに満ちる。私ってクロエと今までどうやって話してたのかな?

 あの日の晩に、私達の友人という関係は壊れてしまったのかもしれない。

 クロエを守ると言ったこと。あれに嘘はない。今までのような関係が望めないとしても、彼女が生きていてくれるだけで私は充分だ。



 あの時の私の発言をクロエに不気味に思われているのであれば、私は彼女の傍から離れることも厭わない。そうであるのなら、クロエのことはシオンに任せて、私は五年後という時間を待たずして魔王を討伐に行くとしよう。

 そうすれば、クロエが旅に出る理由も大部分は消失するだろう。



 『破壊』の魔女の異名を持ち、ルート次第では裏ボスの一人として立ちはだかるシオンではあるが、彼女の人間性は信頼できる。

 作中に登場する他の魔女が、避けようのないぐらいの人類の敵であるのに対して、シオンは唯一魔女に堕ちる前の人間としての理性を失わずにいる稀有な存在である。



 『闇の鎮魂歌』の魔女の定義は、魔物と同様に人類にとっては厄災そのもの。しかしそんな魔女も、元はただの人間に過ぎない。自分が人間であることに、凄まじい絶望を抱いた少女や女性から稀に生まれる存在。

 発生要因が負の感情に基づくものである為、総じて魔物に同調して人類の敵対者としてあるのだ。



 そういう行動原理が当たり前の魔女であるのにも関わらずに、シオンが正気を失わずにいられるのは彼女が娘と交わした約束にある。



 現在よりも遥か昔の時代。かつて存在していた国同士の争いに巻き込まれて、多くの人間が命を落とした。兵士や一般市民に関係なく。

 その内の一人がシオンの娘である少女であった。幼い娘の死に絶望した彼女は衝動的に魔女としての力に呑まれて、戦争を行っていたかどうかに限らずに周辺国家が当時の地図から消えることになった。



 ――それが『破壊』の魔女の由来である。だが現在のシオンは正気を失っていない。死に際に娘が遺した言葉をある時思い出し、理性を取り戻した後は俗世から離れるように、未開の森に居を構えている。

 時折森に迷い込む人間を、外に送り返す程度の関わりしか持っていない。外部から余計な干渉を受ける心配もあまりないだろう。



 人格的だけではなく、実力面や立地的な観点でもクロエを安心して預けられる。もしも彼女の目の前に私がいることで村での悲劇を想起させるのであれば、一早く立ち去らなければ。

 シオンにクロエのことを頼もうと考え、話をしに行こうとした。ただいくら優しいとは言っても、相手は魔女である。助けられた分も含めて、何かしら対価を要求されると思う。何とか頑張って用意するとしよう。

 私の体一つで、クロエの恒久的な安全が約束されるのなら安いものだ。



 それでも一言ぐらい声をかけても、罰は当たらないだろうと思い、別れの挨拶を切り出す。



「……改めてだけど、村でのことはごめんね。私が上手く立ち回れば、村の人達は死ななくて済んだはずなのに。あの時に言ったことは、忘れてくれても構わない。それでもクロエのことを大切に思う気持ちに変わりはないから。じゃあね、クロエ」



 実際に口を開いてみれば、一言ではすまない量の言葉が飛び出してきた。でも最後に伝えたいことは全て言い切った。さようなら、私の光。



 後ろ髪を引かれる思いで部屋から出ようした私に、クロエの大きな声がかけられた。今まで聞いたことのない程に大きく、怒りの感情の籠もったそれに私は思わず足を止めてしまった。



「馬鹿じゃないの!? あの時も、今も何を言ってるのか、私には分からないよ! 貴女は何も悪くないのに!? 悪いのは魔物達でしょ! それに言ったよね! 私のことを守ってくれるって!? だから、お願い……。私を一人にしないで……。もう嫌なの……大切な人が遠くに行くのは……」



 振り返った私の目に映ったのは、普段のように明るく笑う幼馴染の姿ではなく、暗闇に独り取り残された幼子だ。こんな状態のクロエを置き去りにしようとしたのか? 私は。

 ゲームをやり込んだ私であれば、現在の彼女とは年齢が違うとはいえ心情を予想することはできるはずだった。そうでなくても、精神的に未熟な十歳の少女が一晩にして家族を、日常を失ったのだ。

 容易に立ち直れるはずがない。下手をしたら廃人に、マシな場合でも一生癒えない傷を心に刻んでしまう所であった。



 未だに心の片隅で、この世界のことを創作物として扱うような気持ちが残っていたのかもしれない。



 その結果、またクロエを傷つけてしまった。一人の男として――現在の肉体的には違うが――取る行動は一つであった。

 咄嗟に駆け出して、クロエの華奢な体を抱きしめる。もう一人で遠くに行かないと意思を告げるように。もう独りには絶対にしないという思いを込めて。



「……大丈夫。今度こそ、絶対にクロエのことは――」



 無意識の内に出てきた私の誓いの言葉は、私の胸での中で泣くクロエも含めて誰にも届くことはなかった。

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