第7話 決意

 火災に見舞われて大量の魔物の群れに襲撃を受けている中、私は助けなければならない人間を探していた。村の家屋を、本能に基づく暴力のままに破壊してまわる魔物を、掻い潜りながら進んでいた私の前に、その片割れは姿を現した。

 私の父親だった物に、私は思わず言葉を失う。



「お父さんが――どうして――」



 ほんの数時間前まで、一緒に食卓を囲んでいた家族の一人が死んでしまった。下半身は倒れてきた建物に潰されている。よく見てみれば、父親は私よりも小さい子供を庇うように抱き込んでいた。

 母親が言っていた。父親は他の村人の避難誘導をする為に外出していたと。その過程で亡くなってしまったのだろう。

 優しい父親らしい最期ではないか。しかし、あの不器用ながらも温かい手で頭を撫でてくれることも、褒めてもらえることもないのだ。

 ただただ、その事実を受け入れることができなかった。



(――契約者様! お父様の死を悲しむのは後にしなさい! まだクロエちゃんが残っているでしょう! 自分が今何をするべきかを忘れないで!)

「――う、うん。そうだよね。まだクロエが残っている。急いで助けないと――」



 冷静さを欠いていた思考が徐々に元に戻ってくる。父親は死んでしまった。クロエだけでも、一刻も早くこの地獄のような場所から救い出さなければならない……!



 それにしても、この魔物達はどこからやって来たのだろうか。連日のレベル上げの魔物狩りでは、森に異常は見られなかった。

 精々私が魔物を狩り過ぎて、森の生態系を少し塗り替えただけだ。

 逆に森から魔物の姿がなくなりつつあったことを不穏に思った村人達を安心させる為に、洗脳状態の神父には色々と手をまわしてもらっていたが……。もしかして私のせいで、村は襲われたの……?

 だが昨日の魔物狩りでは森はいつもと変化はなかった。なら、この魔物達はいったいどこから……?



 ――いや、今はそんなことはどうでも良い。横道に逸れていた思考を打ち切り、クロエの家まで全速力で駆ける。今は時間との勝負だ。魔物に見つかってしまうが、『ホーリー・ランス』で生成した槍で的確に急所を貫き、相手をするのは最小限の数に留める。



 ヘイトを稼ぎすぎて、半分以上の魔物を後ろに引き連れるような形になってしまったが、幸か不幸か既に生存者の姿はほぼなく巻き込むことはなかった。



(これだけの数の魔物を振り切れるの!?)

「大丈夫だよ! まだ『前借り』の権能の効果は持続しているから、クロエとお母さんの二人を連れても、十分に逃げられると思うよ!」



 そう『前借りの悪魔』に返し、最後の曲がり角を曲がって、クロエの家にたどり着いた。他の家と同じように、火に包まれていた。一瞬だけ嫌な想像が過る。

 しかしそれはすぐに覆された。クロエは家から少し離れた場所に横たわっていた。慌てて駆け寄るが、特に外傷は見当たらない。意識を失っているだけのようだ。



 安堵の息を吐く。クロエの無事は確認できた。魔物は振り切って、今は私達の周囲にはいない。

 後は先に逃げてもらった母親と合流するだけである。私の気配に気づいたクロエの瞼が開く。



「ん、んん……。あ、あれ……パトリシア?」

「クロエ!? 目を覚ました!? 大きな傷はなかったけど、何かおかしい所はない?」

「う、うん。特に問題はないけど……私のママとパパは!?」

「……えっと、おばさんとおじさんは……」



 クロエの疑問に、私は満足に答えることはできなかった。私は気配を探ってみるが、魔物以外のものを感知することはなく、私の反応からクロエは全てを察した。



「ね、ねえ嘘だよね……。嘘だって言ってよ! パトリシア!」



 私の体に掴みかかり縋るクロエに対して、私は満足に言葉をかけることができない。彼女の涙も、私に対する罰なのだろうか。

 この世界が『闇の鎮魂歌』の世界であることを自覚してから、推しキャラクターであったクロエに幸福な未来プレゼントとしたいと頑張ってきた。力を得る為に、隠しダンジョンで『前借りの悪魔』と契約した。



 しかし結果はどうだろうか。原作知識を保有している驕りが、今回の結果――魔物の襲撃を招いた。ここが弱者にとってはどこまでも理不尽な世界であることを改めて思い知った。

 私の体に掴みかかっていたクロエの体を力いっぱい抱きしめる。



「――ごめんなさい。許してとは言わないから。恨んでくれても構わない。でも絶対にこれだけは信じて。私――パトリシアは命に代えても、クロエのことは守る」

「どうしてパトリシアが謝るのよ……別に私は――」



 そうだ。原作主人公であるとか、推しキャラクターであるかは関係ない。クロエという名前の少女を死んでも守る。それが今までこの世界を、創作物だと見なしていた私にできる唯一の贖罪であった。



 泣き疲れたクロエは再び意識を失っていた。不思議とクロエが泣いて、私が宥めていた間は、魔物が近くを通ることはなかった。意識のないクロエを優しく抱き起こして、起こさないように背負い込む。

 権能によって上昇した筋力の前では、クロエの体はとても軽く感じられる。



 完全に他の生き残りは全滅したのか、村中に散っていた魔物が近づいてくるのが強化された五感が訴える。クロエを背負った状態で、中級の魔物達による包囲網を突破するのは厳しいだろう。

 よって追加のドーピングを行うことにした。



「――『前借りの悪魔』。権能の出力を上げて」

(何を言っているのよ、契約者様!? これ以上権能力を引き出すと、貴女の体が保ちませんよ!)

「別に良いよ。私の体はこれからはクロエの為に使い潰すから。このぐらいは気合いで耐えるよ」

(気合いって……そこまで言うなら……)



 私の言葉に渋々納得した『前借りの悪魔』は権能の出力を上げる。その瞬間、私の体にはとてつもない負荷がかかる。ぎしぎしと筋肉や骨が軋む音が聞こえてくる。



「っ……!?」



 今までの中で一番の力が体から溢れ出す。レベル七十ぐらいだろうか。ゲーム後半に登場する上級の魔物と一対一の勝負が成立する程の力になる。

 制御が十分に効かない魔力が体から漏れ出して、それに釣られて魔物が集まってくる。



「さあ、来なさいよ。醜い魔物達。お前らにクロエは指一本も触れさせやしないんだから!」



 足に力を込めつつも、背負うクロエに負担がかからないように細心の注意を払う。地面を蹴り上げて、大きく跳躍をした。

 こうして魔物達と私による鬼ごっこが始まった。

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