第8話 自分勝手な贖罪
クロエを背負ったまま、私は魔物に溢れた村を駆ける。私を追ってきていた魔物はある程度振り切ることに成功した。
どこもかしこも村人達の死骸が転がっており、決して裕福ではなかったが、平穏そのものを体現したような村の面影は全くなかった。
助けられなくてごめんなさい。そう村人達の前で謝りたかったが、今の私はクロエの為にこの生涯を捧げると改めて誓ったばかり。弱音を上げようとする心を無視して、ただひたすらに足を進める。
村の外れまで来ると魔物の姿が疎らになり、火の手もやって来ていない。とりあえずの安全地帯は確保できただろうか。いや、油断するには早い。
森の中に入り、『前借りの悪魔』と契約した隠しダンジョン『滅びた邪教の神殿』を目指す。あそこに行ってクロエを置いた後、先に逃げてもらった母親を急いで探すとしよう。
そう方針を定めた私は走るのを再開しようとして、目の前の物体に視線が奪われてしまう。その物体の正体は、どうやら他の村人同様に、物言わぬ屍になってしまった母親であった。
不思議と頭の中は冷静だった。正確に言えば、冷静とは違うか。父親の遺体を見たばかりで思考が麻痺を起こして、現実を上手く受け入れることができていないのだろう。
一旦クロエを下ろして、傍の木に寄りかかるような姿勢をとらせる。もちろん木の枝や何かで傷がつくことがないように。母親の遺体の前まで行き、目をふせ両手を合わせて祈る。
優しかった母親が、一足先に旅立った父親と同じ天国――この世界での一般的な宗教である女神教の教義に従えば、女神の御下だろうか――に行けるようにと。
そっと立ち上がった私は寝てるクロエに近づくと、とある魔法を行使した。
「――『セイントシールド』」
私の手から淡い色の光が放出されて、その光はクロエの体を優しく包み込む。私が使用した『セイントシールド』は、クロエや『パトリシア』が物語序盤を少し過ぎた頃に習得するもの。
対象者に光属性の魔力による障壁を施す魔法。光属性には魔物避けの効果もあり、レベル七十相当の私が使用した『セイントシールド』であれば今回村を襲撃してきた程度の魔物はクロエに近づけないはずだ。
(……契約者。本当に行くの?)
「……うん。村にいる魔物だけは絶対に殺す。そうしないと、村の人達は浮かばれないし、知識で驕っていた私の贖罪でもあるから」
クロエを起こさないように、優しく頭を撫でる。こんな状況ではあるが、さらさらとした黒髪の感触が心地よい。擦り切れていた精神が癒やされ、活力が僅かながらも湧いてくる。
「クロエの為だけに尽くすっていう言葉を、早速反故にしてごめんね。でもこれだけは譲れそうにないんだ。すぐに戻ってくるから、待っててね。クロエ」
そう告げると、私は元来た道を引き返す。全速力で懸ければ、一分もかからずに村に戻ってこれる。
「――『ホーリー・ランス』」
一番手頃な攻撃手段である、光属性で構築された槍を右手に持つ。手近にいたゴブリンの頭を貫通させて、すぐに払い落とす。
そのままの勢いで大きく跳躍して、オークの分厚い皮膚ごと心臓を貫く。
「Gaaaa――」
「――次」
醜い断末魔を上げる暇もなく、オークは絶命する。そんなものには興味はない。一撃一撃に激情を乗せて、かつ槍捌きに狂いがないように振るう。
二度とその魔物が動くことがないように。
同じ作業をするようにプログラミングされた機械の如く、あるいは悟りの境地に至った武人の如く。無感動に淡々と槍を振るい続けた。
どのくらいの時間が経っただろうか。私の周りには、数え切れない程の魔物の死体が積み重なっていた。
同胞が死に続けているというのに傷一つつかない私の姿に、魔物は恐慌状態に陥り一匹、また一匹と反対方向へ逃げ出して行った。
最後まで残っていたオークの頭蓋を叩き割る。それと同時に『前借り』の権能で引き出していた力が消失する。私の体は糸の切れた人形のように、いとも容易く地面に倒れ込んだ。
無理やりに許容範囲を超えた権能を行使したことによって、体のあちこちから激痛が走る。感覚からして、骨の数本でも骨折しているかもしれない。
「っ……!」
痛みのあまり視界が明滅し、酷い頭痛が襲ってきた。意識を保つのすら、辛い。
(だから無理だって言ったのに! 契約者様、聞こえる!契約者様! 今気絶したら、炎に焼かれちゃうわよ!)
そんなことは分かっている! 頭の中で騒がしく響く『前借りの悪魔』の声に対して、そう反論したかったがそれすらも満足にできない。言葉にならないうめき声が上がるだけだ。
こんな私の我儘で死んでしまったら、クロエに合わせる顔がない。それだけではなく、彼女を守る人間までいなくなってしまう。
そんな時。私の顔を覗き込むように、紫色の髪を持つ一人の女性が姿を現した。
「もしもし、貴女生きてる?」
その女性の言葉を聞いた直後に、私の意識は闇に沈んでいった。
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