第5話 説得()完了

「……では、神父様には昨夜何があったかをお話したいと思います」



 『前借り』の権能を使い、レベルを一時的に上昇させた私の体の内側は、光属性の魔力で満ちていた。僅かながら魔力を放出して、両親や神父にプレッシャーを与えて主導権を握る。

 後は心配する両親を説得して、来客用の部屋で私と神父の二人だけで『会話』をすることができる。なお両親はもちろんのこと、神父も私が発した光属性の魔力をただの違和感として処理したようだ。開放したのも一瞬である為、この神父の修行が足りない。という訳ではない。多分。



(……それで本当のことを全部話すの?)

(そんな訳ないよ。神父さんと二人っきりになれたら、今の私の魔法でどうとでも調理できるから問題ないよ)

(発想が本当に物騒よね……。まあ、流石は我の契約者様! って褒めてあげる)

(お前から褒めてもらえても、全然嬉しくないから)

(あらあら、辛辣辛辣)



 私が褒めてもらえて嬉しい人間は、この世に三人――今世の両親と、クロエだけだ。それ以外の何を犠牲にしても、前世では果たせなかったクロエの救済を成し遂げてみせる……!



「……それで話とは……」



 来客用の部屋に配置されたテーブル。私の対面に座る神父は、私に早く話すように催促してくる。ついつい『前借りの悪魔』との脳内会話に夢中になってしまったいた。

 いいだろう。神父様のお望み通りに、都合の良いような『真実』を話してあげよう。



「――実はですが、問題は何もなかったんです。昨晩はふと起きた時に珍しい動物を見かけて、それを追いかけて森の中で迷って、気がついたらよく分からない場所で気を失っていたのです……」

「……それはないはずです。君のような小さな子には分からないでしょうが、あの遺跡には禁忌の術が使われた形跡があります。怖い思いをしたかもしれませんが、どんな些細なことでもいい。ゆっくりと思い出して、正直に話してください」



 神父は私の答えには、どうも納得してくれる様子はない。私自身が魔法を行使したか、別の誰かに操られていたか。その両方の可能性を考慮しているようだ。

 よく見てみれば、神父は自らの魔力を練り上げている。最悪の場合に備えて、拘束系の魔法を瞬時に使えるようにしているのだろう。



 だが残念だね、神父。今目の前にいるのは、何十回も、何百回も、有りもしないエンディングを求めて周回を続けた廃プレイヤーだ……!

 当然ながら『闇の鎮魂歌』に関連する、あらゆる知識を網羅している。君のようなゲーム開始時のオープニングで退場するキャラクターが使う低級魔法なぞ、その発動前の予備動作でバレバレである。



 とはいえ、だ。神父に魔法を使われてしまえば、無力化するのは簡単ではあるが、村中に騒ぎが広がってしまう。本編が始まってもいないのに、女神教の連中に追われたくはない。

 ファンの間では、専ら『ネジの外れた狂信者集団』の異名で親しまれていた女神教と関わる機会はできるだけ少なくしたい。



 本当は穏便に済ませたいと考えていたが、仕方がない。ゲームで『パトリシア』がレベル四十で、取得可能な魔法を発動した。



「――『啓示/神託』」

「――!?」



 魔法『啓示/神託』。その効果はゲーム上では味方の能力を上昇させるだけでしかなく、上昇率もそれほど高いものではない。上位互換や下位互換に至るまで、類似効果の魔法は腐るほどあった。

 しかし今回の場面で、度々使用したのには理由がある。それは、この魔法についてのフレーバーテキストに書かれていた。



 ――どのような荒唐無稽な内容の発言であろうとも、それを個人や大衆に信じさせる。その正しさは女神の名の元に。信じる者には、女神の加護があるだろう。



 分かり難い内容ではあるが、どれだけ出鱈目を言おうが丸め込むことができるのだ。半分洗脳染みた手段である。しかし一応これでも、作中に登場する精神に作用する魔法の中では可愛い部類なのだ。

 あんまり語り過ぎると脱線してしまう為、さっさと済ませるとしよう。一旦魔法が発動してしまっては、圧倒的に格下の神父では抵抗できずに、私の言うことを疑うことなく信じてしまう。

 効果は時間経過で切れてしまい、その度にかけ直すのは手間ではあるが、私を盲信する操り人形を手に入れることができた。精々私の推しを幸せの未来への礎になれるのだから、喜んでね?



「――問題は何もなかった。子供故の無鉄砲さが今回の原因であり、貴方はそんな子供を心配、説教に来た。違いませんよね?」

「――はい。パトリシア様の仰せのままに」



 神に仕える者らしく――事実そうではあるが――行儀良く礼拝の姿勢を取る神父。なんだろう。冷静になって考えてみれば、傍から見たら今の光景って恥ずかしいものじゃない……!? クロエに見られたら、色々と誤解されちゃうよ!?



(……その魔法を洗脳に使う人間なんて初めて見たわ。本来は戦の前に軍全体の指揮を上げる為に使われれる魔法のはずなんだけど……。契約者様、私が太鼓判を押してあげる。貴女、我が契約してきた人間の中で一番頭のネジがぶっとんでるわ)

(失敬な。私を女神教の奴らと一緒にするのは止めてくれない?)



 『前借りの悪魔』に文句を言っておく。私は必要なことをしているだけであって、正気を疑われるような行動は一切していない。断じて。



(で、どうするの? これ)



 全肯定マシーンとなった神父を指さして、『前借り』は言う。果てさて、一体どうしたものか。物理的に処分してしまえば、より事態がややこしくなってしまうだろう。

 考えられる用途としては、来るべき聖女選定にて私を強く推してもらう程度だ。正直他の手段でいくらでも代用が効くので、マジで扱いに困る。しょうがない。諦めて、定期的に魔法『啓示/神託』をかけるしかないようだ。

 もしかしたら、後で役立つことがあるかもしれない。そう考えるとしよう。



(……とりあえずは生かしておくよ。今後何かしら使い道がないとも限らないし)

(……凄いわね、契約者様。貴女のその思考、知り合いの悪魔を見ているみたい)

(はいはい。そういう話は今はいいから)



 『前借りの悪魔』との会話を打ち切り、神父に追加の指示を下す。



「神父様。今この場であったことは誰にも喋らず、村長さんや他の人にも、問題はないと報告しなさい。第三者がいる時には、私に対する態度はいつも通りにすること。いい? さあ、早く帰って、帰って」

「了解――ではなく、分かりました。パトリシア。私はもう帰るとしましょう。お邪魔しました」



 来訪時に纏っていた剣呑さはどこへやら。普段通りの温和そうな雰囲気で立ち上がった神父は、両親に謝罪の言葉を述べた後家から出ていった。

 両親は狐につままれたような顔をしており、一方の私はひとまずの危険を乗り越えて安堵の息を吐いた。――瞬間。私は膝から床に崩れ落ちてしまう。え? どういうこと? 体に力が入らな――。



(ちょっと、契約者様! どうしたの――)



 両親の心配する声に混じって、『前借りの悪魔』が何か言うのが聞こえてくる。しかし急速に暗転していく私の意識では、その内容を判別することはできなかった。





 再び意識を取り戻した所、またクロエが見舞いに来てくれていた。泣かれてしまったが。男という生き物は、好きな女の涙には弱いのだ。このままでは、無茶ができなくなってしまう……。

 何とか「もう大丈夫」と説得をして帰ってもらったが、罪悪感が半端なかった。次からはバレないように行動するとしよう。



 そう言えば、どうして私って気絶したのだろうか。考えても、該当する知識もなかったので、『前借りの悪魔』に尋ねることにした。



(契約者様が気絶した理由? 我の権能を初めて使ったのが原因ね。加減が分からないせいで、魔力の使い方が荒かったのよ。権能で『前借り』する力は契約者様の未来そのもの。当然だけど、いくら自分自身の力とはいえ、何の訓練も積んでいない契約者様が耐えられる代物じゃないのよ)



 至極真っ当な意見が返ってきた。つまり当初の予定通りに、魔物を倒してレベル上げだ!



 数日間は安静にして、時折見舞いに来てくれるクロエと談笑をしたり、剥いてもらった果物を食べさせてもらったりと充実した日々を送れていた。

 何しろ両親の監視の目が強いからだ。どうもあの神父との一件以来、不審に思われている。両親との関係を壊したくない私は前のように、ただの少女に見えるように振る舞った。



 そして監視の目が緩んできた頃。いつぞやの夜の時同様に、ベットを抜け出して森の中に直行する。前回は一人であったが、今回の私は一味違う。強力なサポーターつきだ。

 二度目の『前借り』の権能を発動させる。出力は前回よりも抑えめに。具体的に言うのであれば、レベル二十程。このレベルではあっても、この辺りの魔物ぐらいなら、目を瞑って倒すことも余裕である。



 右手に持ったランプ型の魔力灯で、悪路を進むこと三十分程経った頃。草むらが不自然に揺れて、魔物が姿を現した。私よりも低い身長の醜い人型。服を着ておらず、汚れたボロ切れを申し訳程度に腰に巻き付けた、緑色の魔物――ゴブリンだ。



 こういうファンタジーな世界観の作品では、馴染み深い魔物である。作品によって、その扱いは多少なりとも違ってくるが、所謂序盤の雑魚敵だ。光栄に思うがいい。記念すべき、初の我が経験値の糧にしてくれる!



 そんな私の殺気を感じ取ったのか。ゴブリンは獣が唸るような低い声を上げて、警戒したような視線が私に向けられる。

 しょうがない。動かないなら、先制攻撃をしかけるとしよう。



「――『ホーリー・ランス』」



 原作のクロエや『パトリシア』が序盤に習得している攻撃魔法。『ホーリー・ランス』。一メートル程の光属性の魔力で構成された槍を生成する魔法。

 その使い方は簡単で、魔法で作られた槍を敵に向かってぶん投げるだけだ。



 勢いよく強化された筋力に任せて、槍を投擲する。迫りくる槍に警戒体勢を取っていたゴブリンは断末魔を上げる前に、槍が頭部を貫通して絶命してしまった。



 辺りに血が飛び散るが、遠くから攻撃した私には返り血がかかることはなかった。

 呆気ない。初めて命を奪った割には、特別な感慨も何も浮かんでこない。やはり一度死を経験しているせいか、死生観が狂っているのかもしれない。



 まあ、気にしたって時間の無駄、無駄。次に行こう。ゴブリンを倒すことで『前借り』している分以外の力が、ほんの僅かではあるが溜まっていく感覚がした。



「これが経験値って、奴なのか。でもゴブリン一体程度じゃ足りないし、今日から徹夜で魔物狩りだ!」

(え、ちょっと歩くの早すぎって、待ってよ! 契約者様!?)



 後ろから響く『前借りの悪魔』の悲鳴は、ハイになっている私の耳には届くことはなかった。

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