責問

「動くな。次は当てる」


 唐突に平和な時間は終わりを迎えた。今、甲刹は片手で拳銃を握り、目の前に向けている。


 拳銃は大型で、長さは30cmはあるだろう。その銃身には翡翠ひすいが嵌め込まれている。


 銃口からは微かな煙が出ていて、危険な硝煙の匂いが漂った。鋭く、敵意のある目と銃口がマスターを睨む。


 客は一同、唖然とするのはもちろん、それぞれ机の下に隠れたり、荷物を守るかのように抱えたりする。バイトの女性は立ったまま、信じられないような眼差しを向けて、震えていた。


「何をっ!」


 マスターはカッと目を見開く。みるみるうちに顔色は青白く変わって行き、額に汗が滲み出した。喉が震え、声も出ない。ただ、呼吸を小刻みに、早くする。

 

「さて単刀直入に質問をしましょう。マスター、貴方がこの頃、各地で祈祷師を殺害して回っている、そう所謂【神秘狩り】ですね?」


「(いきなりなんだ、、この人!いや、この翡翠は...コイツ…祈祷師だったのか!しくった!)…なんのことですか?」


「…さん。どうですか?」


 甲刹がその名を呼ぶと、赤い髪留めの少女がマスターに近づき彼の手をガッチリと掴んだ。そして数秒間、手を凝視しぶつぶつ何かを呟いた後、即座に離れる。

 

「…うっ...はぁ、、、やはり犯人です。21日の1時に。ダンノーさんをさ、さつがいしてます」


 そう話す彼女の顔色はすっかり悪くなっていて、呼吸が浅かった。終いには壁にもたれかかる程、クラクラとよろけてしまっている。


「ありがとうございます、エミーリアさん。休んでいてください」

「な、なんのことだよ!」

「誤魔化そうと無駄ですよ。彼女は触れた物の記憶を読みます。あぁ、そういえば。

自己紹介を忘れていましたね。私、実は警察です。特魔犯罪対策局神秘捜査第1課——

俗に言う【祈祷師】です」


 店主の呼吸と鼓動は更に早くなる。しかし、息が詰まり肺に酸素が行き届かない。寒気が全身を貫いて、今にも殺しにくる。静寂の中、クーラーの音だけは、よく聞こえた。


「2日前、事件現場より被害者以外の血を発見しました。私達は特定しようとしましたが、不思議なことに、政府のデータには一致する者がおらず、苦難を致しました。ただ私達の課の中には、そういう探査が得意な人がいましてね。その結果、今ここに至った、というわけなのです」

「それは間違いだ!」

「そうかもしれませんね。しかし、合っていても間違っていても何でも、一緒には来てもらいましょうか。もし間違っていたなら相応の補償はしましょう」


 キララと拳銃に嵌め込まれた翡翠が、輝きを増す。マスターは来る震えに歯を食い縛りながら深い銃口を見つめた。その状態は20秒以上はそのままになって続いた。

 しかし、彼の呼吸に安定が認められるようになってから突然


「!」ダッ


 銃に背を向け逃げ始めた。けれどその瞬間、甲刹は銃口をそのままにカウンターに乗り上げ、

「とらへ給へ」と素早く唱えた。


 すると、マスターの背後にある石壁から太いしめ縄が生じる。縄は柔らかにしなりながら、彼に乱暴に巻きついてがっちりと拘束した。


「がっ!」ドタッ


 余程締め付けがキツかったのか、口から空気が抜ける。縄の勢いで引っ張られ、ゴツゴツした硬い壁に叩きつけられた。


「では連行しましょう。話しはこちらで聞かせてもらいますので。エミーリアさん、ありがとうございました。貴方にしては良くやりました」


「……(毎回一言おおいよ。せんせい)」



「はぁ…はぁ…あぁ……ああぁ」


 縛られた者は、息を切らして、嗚咽を漏らす。鋭く、針で内臓を直接つつかれているような痛みによるものだ。


 彼には耐え難く、縄に縛られながらもがき苦しむ。目は白目を剥き、視界はとうに見えなくなっていた。


「喋れないでしょう?その縄は言葉を奪います。無理に解こうとすると痛いですよ」


 甲刹は冷酷に言い放ち、もだえる彼の身体を軽く担ぐ。そのまま、足取り軽くドアへと向かった。


 周りの人々は、その様子をただあんぐりと口を開けて見呆けるのみ。まさか、こんな出来事に遭遇するとは思いもしなかっただろう。


「……んな」


 彼がドアを開ける、その時だ。聞こえたものは担がれた者から出た、微かな言葉。ただそれだけだが、甲刹は即座に銃を彼の頭に突きつけた。


 彼の無表情の顔には変化がないものの、目は確かに鋭くなる。冷たい気体が彼らを取り囲むように集まった。


「今、喋ったのか」

「……」

「喋ってみろ」ガチャ


 銃をさらに突きつける。両の目は決してその男を離さない。少し離れた所で見ていた少女は、甲刹の中に疑念が入り込んでいるのに気づく。


「(神縛りの縄に縛られたら、普通喋ることはおろか意識が無くなるはず。喋れるのは、、、強い神秘を持つ者のみ...やっぱり)」


 息も詰まるような緊張で、彼等は膠着した。次に出る言葉を逃さないように。そして、それに応えるように、マスターは口を開いた。甲刹は確認して、一コマ遅く引き金を引き始める。


「◼️」


 先に出たのは言葉の方であった。その場にいる誰もが聞けて、聞き取れなかった言葉だ。


——バンッ


 瞬間、弾丸が発射される。

弾は確実に当たる。避けようもない。


「…」ガンッ


 しかし、弾は金属音を鳴らしながら頭に弾かれた。マスターは何の反応も示さない。頭からは少量の血が流れ出る。血は冷色の木の床にポタリと垂れ落ちた。


「……!」


 嫌な予感が彼に走る。すると、すぐさま担いでいた者を投げ捨て、後ろに飛んだ。空中で漂うマスターの目と彼の目が合う。


「痛いじゃないか!」パンッ!


 マスターが叫ぶと、縄は一気に破裂した。とてつもない勢いで破片が辺りに飛び散る。破片が当たった壁やテーブルは凹んだり、とりあえず派手に壊れた。


 甲刹はエミーリアを守るように、彼女の前で防御姿勢を取る。


「いってぇなぁクソ!」


 怒りに満ち満ちた声が聞こえる。見れば、凡庸だった男が立ちあがり、敵意ある眼差しで彼を睨んでいた。

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