責問

「動くな。次は当てる」


 唐突に平和な時間は終わりを迎えた。今、甲刹は片手で拳銃を握り、目の前に向けている。


 拳銃は大型で、長さは30cmはあるだろう。その銃身には翡翠ひすいが嵌め込まれている。


 銃口からは微かな煙が出ていて、危険な硝煙の匂いが漂った。鋭く、敵意のある目と銃口がマスターを睨む。


 客は一同、唖然とするのはもちろん、それぞれ机の下に隠れたり、荷物を守るかのように抱えたりする。接客の女性は立ったまま、信じられないような眼差しを向けて、震えていた。


「っ!」


 マスターはカッと目を見開く。みるみるうちに顔色は青白く変わって行き、額に汗が滲み出した。喉が震え、声も出ない。ただ、呼吸を小刻みに、早くする。

 

「さて質問です。マスターさん。何故あなたはが、山奥で起きたことを知っているんですか?」


「(いきなりなんだ、、この人!いや、この翡翠は...コイツ…祈祷師だったのか!しくった!)…し、知ったかぶりですよ」


「…さん。どうですか?」


 甲刹がその名を呼ぶと、赤い髪留めの少女がマスターを見つめる。彼女の目は透き通る緑で、宝石を思わせるようだった。同時に、一種の不気味さをも感じさせた。

 エミーリアは小さな口を開く。


「嘘です。知ってますね。そういう色です」

「だ、そうです」

「……っー」

「あぁ、自己紹介を忘れていましたね。私、実は警察です。特魔犯罪対策局神秘捜査第1課、俗に言う【祈祷師】です」


 呼吸と鼓動は更に早くなる。しかし、息が詰まり肺に酸素が行き届かない。寒気が全身を貫いて、今にも殺しにくる。静寂の中、クーラーの音だけは、よく聞こえた。


「あなたの血が、事件現場から見つかりました。特定しようとしましたが、不思議なことに政府のデータには一致する者がいませんでした。ただ、私達の中にはそういうの、得意な人がいましてね。今までの祈祷師狩りが関与したと思わしき事件にも証拠は残っていたのですが、今回の物品であなただと確定しました。それで…本当のことを答えてください。あなたが殺したんですね?」

「……な、、なんの、、こ、ことです、か」


 なんとか、言葉を絞り出す。けれど、無駄、すぐにエミーリアの目が彼の中を見通した。そしてそこには、暗く渦巻く感情があった。


「黒です!」


 そう勢い良く彼女は告発する。次の瞬間、甲刹は銃口をそのままにカウンターに乗り上げ、

「とらへ給へ」と素早く唱えた。


 すると、マスターの背後にある石壁から太いしめ縄が生じる。縄は柔らかにしなりながら、彼に乱暴に巻きついてがっちりと拘束した。


「がっ!」ドタッ


 余程締め付けがキツかったのか、口から空気が抜ける。縄の勢いで引っ張られ、ゴツゴツした硬い壁に叩きつけられた。


「では連行しましょう。話しはこちらで聞かせてもらいますので。エミーリアさん、ありがとうございました。貴方にしては良くやりました」


「……(毎回一言おおいよ。せんせい)」



「はぁ…はぁ…あぁ……ああぁ」


 縛られた者は、息を切らして、嗚咽を漏らす。鋭く、針で内臓を直接つつかれているような痛みによるものだ。


 彼には耐え難く、縄に縛られながらもがき苦しむ。目は白目を剥き、視界はとうに見えなくなっていた。


「喋れないでしょう?その縄は言葉を奪います。無理に解こうとすると痛いですよ」


 甲刹は冷酷に言い放ち、もだえる彼の身体を軽く担ぐ。そのまま、足取り軽くドアへと向かった。


 周りの人々は、その様子をただあんぐりと口を開けて見呆けるのみ。まさか、こんな出来事に遭遇するとは思いもしなかっただろう。


「……んな」


 彼がドアを開ける、その時だ。聞こえたものは担がれた者から出た、微かな言葉。ただそれだけだが、甲刹は即座に銃を彼の頭に突きつけた。


 彼の無表情だった顔が重苦しくなる。冷たい気体が彼らを取り囲むように集まった。


「今、喋ったのか」

「……」

「喋ってみろ」ガチャ


 銃をさらに突きつける。両の目は決してその男を離さない。少し離れた所で見ていた少女は、甲刹の中に疑念が入り込んでいるのを確認した。


「(口止めの縄に縛られたら通常なら喋れない。喋れるのは、、、圧倒的に強い神秘を持つ物のみ。そう、最高祈祷師【龕念がんねん】だけのはず...)」


 息も詰まるような緊張で、彼等は膠着した。次に出る言葉を逃さないように。そして、それに応えるように、マスターは口を開いた。甲刹は確認して、一コマ遅く引き金を引き始める。


「◼️」


 先に出たのは言葉の方であった。その場にいる誰もが聞けて、聞き取れなかった言葉だ。


——バンッ


 瞬間、弾丸が発射される。

弾は確実に当たる。避けようもない。


「…」ガンッ


 しかし、弾は金属音を鳴らしながら頭に弾かれた。マスターは何の反応も示さない。頭からは少量の血が流れ出る。血は冷色の木の床にポタリと垂れ落ちた。


「……!」


 嫌な予感が彼に走る。すると、すぐさま担いでいた者を投げ捨て、後ろに飛んだ。空中で漂うマスターの目と彼の目が合う。


「痛いじゃないか!」パンッ!


 マスターが叫ぶと、縄は一気に破裂した。とてつもない勢いで破片が辺りに飛び散る。破片が当たった壁やテーブルは凹んだり、派手に壊れた。


 甲刹はエミーリアを守るように、彼女の前で防御姿勢を取る。


「んあぁ......クソったれ!」


 怒りに満ち満ちた声が聞こえる。見れば、凡庸だった男が立ちあがり、敵意ある眼差しで彼を睨んでいた。

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