二分の一の傷跡
暇……
入院生活を一言で言うと、それに尽きるとしみじみ思う。
脇腹のケガ自体は中々の深さだったけど、手術と輸血によって持ち直すことが出来た。
完全に傷を消すことは出来ないとの事だったけど、そこまで見苦しい物ではないし特に問題ないと答えた。
まあ、時々シクシクと痛むのは参ったけど、それも日を追うごとに軽くなっている。
そのため、今週末には退院できるようだ。
そして、矢野ホーム長の勧めもあり、有給を使って来週いっぱいは自宅療養となった。
う~ん、そんなに休まなくてもいいのにな……
却って時間を持て余すよ。
弟の翔太は入院の翌日に半休を取ってお見舞いに来てくれた。
さすがにいすずちゃんとの事は話せないから、子供が山で迷子になって探している内に落ちて、と言っといた。
そしていすずちゃんは……ここまで顔を見ていない。
ちょっぴり残念ではあったけど、それよりも彼女の精神面が気がかりだ。
気にしてないといいけど……は無理だろうな。
それもあって早く仕事に復帰したかった。
いすずちゃんとお話するのが一番の薬なんだけど……
と、伸びをしながら思っていると、ドアを軽やかにノックする音が聞こえた。
お見舞いかな? 今度は誰だろ?
まだ看護師さんの来る時間じゃないし……と、思っているとドアの外から「矢野です。入ってもいいですか?」と、聞こえてきた。
「どうぞ」
返事をすると、ややあってドアが開き矢野ホーム長と……その影に隠れるようにいすずちゃんが立っていた。
「来てくれたんだ……」
ああ……まずい。ついニヤけちゃう。
だけど、いすずちゃんは俯いたまま矢野ホーム長の影に隠れている。
「お疲れ様。体調はどうです? 菅原先生」
「あ、おかげさまで脇腹の痛みもほぼ無くなってきてます。もう早く職場復帰したいです」
「いやいや、今はまずケガを完全に治してからですよ。子供達のパワーを舐めちゃ行けない。傷口が開いちゃいますよ」
「ふふっ、確かに」
「と、言うわけで今はゆっくり休んでください。はい、これ。菅原先生モンブランお好きでしたよね」
「えっ、これ『エスト』のモンブランじゃないですか!? これ大好きなんです!」
「それは良かった。だって、いすずちゃん。良かったね」
「あ、これいすずちゃんが選んでくれたんだ?」
いすずちゃんは無言で小さく頷いた。
「ここのモンブランが好きな事、いすずちゃんが教えてくれたんですよ。さて、せっかくお見舞い来たのに、だんまりじゃ勿体ないんじゃ無い?」
矢野ホーム長はそう言うと、突然何かを思い出したように、ちょっと棒読みっぽい口調で言った。
「あ、そうだ。市役所の人と今度の会議の事詰めないといけなかった。ちょっと下のロビーで話してきます。……30分くらいはかかりそうかな。ゴメンね、いすずちゃん。戻るまで菅原先生とお話ししてもらっても良いかな? 退屈してるだろうし」
そう言うと、矢野ホーム長はいすずちゃんの肩を軽く叩くと病室を出て行った。
それを見ながら私は笑顔になる。
本当にあの人らしい……
「いすずちゃん……有り難う。来てくれて。とっても嬉しい」
いすずちゃんは無言で頷くと、小さく笑顔を浮かべる。
「クイズです。私、さっきまで何考えてたか分かる?」
「……いえ」
「『いすずちゃんとお話しできるのが、一番の薬なのにな』って。それで、いすずちゃんの姿見たとき、思わずニヤけちゃったんだよ。嬉しくて。変な顔見られちゃった!? って焦ったよ」
そう言うと、いすずちゃんは恥ずかしそうに微笑んだ。
「楓さん……調子良い事ばっかり」
「え~、でもさ『好きな人と会いたい!』とか『会えてうれしい!』って思うのは当たり前じゃ無い?」
「でも……楓さんに辛い思いさせた……」
そう言うと、いすずちゃんはシクシク泣き出した。
「私があんな事したから……楓さんの傷……治らないんでしょ?」
「うん。でも私は逆に嬉しい」
「……うれ……しい?」
「そう、嬉しい。だってさ。この傷って、私といすずちゃんがより深く繋がれた証拠じゃない? あの夜、私たちはお互いの思いを確認できた。この傷を見るたび思い出せる。だから『思い出を残してくれた』って思ってるんだ」
「思い出……」
「そうだよ。私はこの傷を見るたび嬉しく思う。今から10年とか20年とか経ったら、私たち、この傷を見て『あの時さ……』って笑いながらしゃべってるよ、きっと」
「そんな先まで居てくれるんですか? 私と……」
「当たり前じゃん。いすずちゃんはまさか嫌なの?」
いすずちゃんは必死に首を横に振る。
「絶対に一緒がいいです」
そう言うと、いすずちゃんは私に近づき「傷……見せてください」と言って、私のパジャマをめくり上げた。
そして、脇腹の傷を見るとそのまま傷に向かって顔を近づけ、そっと口づけをした。
脇腹に微かに唇の暖かさと柔らかさを感じて、顔が少し熱くなる。
いすずちゃんは私の傷に口づけをして、何度も頬ずりをする。
「あ……ゴメンね。お風呂入ってないからさ……臭くない?」
「この匂いも……好きです」
そう言って微笑むいすずちゃんに私は内心酷くドキドキしながら言った。
「そっか、ありがと。と、ところであの夜、裏山に行ってたのってもしかして……」
「はい。前に見せてくれたご神木。あれを見たくて」
「あれを?」
「はい。楓さんが『あなたはちゃんと変われてる。素晴らしい大人になるよ』って言ってくれた場所だから……どうしても見たかった」
俯いてそう話すいすずちゃんを見て、私は胸が苦しくなった。
彼女もずっと苦しんでたんだろうな。
私よりもずっと。
自分の心の動きも分からない、これからつぼみが花開くような年齢なのに、苦しんで……
私が、あんな事言ったから。
「ねえ、いすずちゃん。私ね、あなたの事がとっても大切。だから……いすずちゃんには健やかに大人になって欲しいの。心も身体も。でも、心配だよね? いすずちゃんの事、好きじゃ無くなったかも、って思っちゃうよね?」
いすずちゃんは勢いよく首を横に振ったけど、私は同じく小さく首を振って言った。
「でもさ……ゴメンね。こんな私を信じて欲しい。私はあなただけが好きなの。あなたが大人になったら……一緒になりたいな」
いすずちゃんは、私にしがみ付くと小さく言った。
「私も……一生、隣にいたい……です」
「だから、浮気なんてしないよ」
そう言って小さく笑った。
11歳の子に言う事じゃないよね。
でもしょうがないよね。
だって好きなんだもん。
「ねえ、私今週末には退院するんだけどさ……良かったら、今度の日曜日2人でどこか出かけない?」
いすずちゃんは最初キョトンとしていたけど、すぐに顔を赤らめた。
「楓さん……それって」
「うん、私たちの初デート。いいよね?」
首がどうかなるんじゃない? と思うくらい首を縦に何度もも振るいすずちゃんを見て、クスクス笑いながら言った。
「オッケー、楽しみだな。どこ行こっか? 行きたいとことかある?」
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