あなたのつぼみ(5)
「私こそゴメン。寂しい思いさせた……ね」
いすずちゃんは泣きながら頭を振る。
「私が悪いんです……」
「ううん。私からあんな事したのにね。あのね……私、いすずちゃんの事……ホントに愛してるんだよ」
「私も……愛してる」
「お互いそうだよ……ね。だからさ。あなたの事が世界で一番大……切」
そこまで言って、私は深く息を吐く。
全く……これじゃ、臨終の間際みたいじゃない。
ドラマでめちゃくちゃ見た場面。
誰が死ぬかっての……いすずちゃんを……置いて。
こんなケガごときで。
「ヤダ……ヤダ! 死なないで……楓さん死んだら私も死ぬ!」
「お馬鹿。死なないって言ってるでしょ。私は、あなたの……北極星なんだよ」
いすずちゃんは抱きついて相変わらず大声で泣いている。
いすずちゃんのお馬鹿……これじゃ明日……目、腫れまくりじゃん。
「血が……酷い」
そうつぶやくと、いすずちゃんは突然ブラウスを脱いで、それを木の枝に引っかけると勢いよく引き裂こうとしたが、上手くいかなかったようだ。
何やってるんだろ……?
そう思っていると、いすずちゃんは次にキャミソールを脱いで、それを木の枝で引き裂いた!
え……ええっ!?
そしてそれをさらに引き裂いた。
「ちょ……ちょっと! 服……着てって……」
「しゃべると血が出ます! いいんです、こんなの!」
いや……上半身……丸見え……
私は、目を閉じて顔を逸らしたけど、一瞬目に飛び込んだ痩せ気味だけど綺麗な曲線を持つ彼女の上半身にまだ、心臓がドキドキしている。
「あの……せめて……ブラウス……」
そう言われて、いすずちゃんはやっと自らのやった事に気付いたらしく、顔を引きつらせて真っ赤にすると慌ててブラウスを着た。
「……見ました?」
「ううん、見て……ない」
バッチリ見ちゃったけど、言える感じじゃ無い。
いすずちゃんは私の脇腹に破ったキャミソールを差し出した。
「これで……包帯」
いすずちゃん……そこまで。
私は涙が出そうになるのをグッと我慢した。
絶対にこの子を安心させてあげないと。
早急に施設に帰らないと。
出血多量で意識を失いでもしたら洒落にならない。
と、なると出来ることは……一つしかない。
「ねえ、いすずちゃん。力を貸して欲しいんだけど、いいかな?」
いすずちゃんは大きく何度も頷いた。
「その破ったキャミで、私のケガしてる所を強く押さえてて欲しいんだ。潰れるんじゃ無いかってくらい」
「でも……それじゃ、楓さん……痛い」
「それで血を止める。それで……一緒に歩いてって欲しいんだ。このまま一晩座ってるのは……ゴメンね、私が無理そう。だから、今から下に降りる。で、山を下りたら……いすずちゃん、悪いんだけど一人で施設に行って欲しいんだ。人を呼んで欲しい」
「はい!」
いすずちゃんは意を決したような表情で言った。
「オッケー、決まりね。じゃあ……お願い。ギュッと押さえて。遠慮せず」
いすずちゃんは頷くと、小さく震えながらキャミを私の脇腹に押さえつける。
その瞬間、脳の奥に電流のような痛みが走り、思わず悲鳴を上げる。
「楓さん!」
いすずちゃんが思わずキャミを外したので、私はニッコリと笑いながら言う。
「大丈夫、気にしないで。約束でしょ。絶対離さないで。……いすずちゃんに押さえてもらってるなら……我慢できるから」
いすずちゃんは泣きながら、再び押さえる。
私はハンカチを咥えて痛みをこらえながら歩き出す。
でも、出血と痛みのせいか足下がフラつく。
まずい!
だけど、その時いすずちゃんが私の腋の下に頭を入れて、身体を支えてくれた。
「ずっと、支えます。いつだって……ずっとずっと」
そう言うと、よたよたしながら私に合わせて歩きはじめた。
いいよ、そんな……無理しないで!
と、言おうとしたが……止めた。
そう……だよね。
「ありがと……甘えちゃおうかな……」
そう思ったときフラついてしまい、いすずちゃんにかなりもたれ掛かってしまった。
「ごめん……重いでしょ?」
私はいすずちゃんにもたれながらも、彼女に負担ををかけ過ぎないように足を出来るだけ踏ん張った。
「大丈夫です……もたれて下さい。私を……信じて。辛い事も半分こしたい。迷惑ばっかりかけてるけど……」
「そんなことない」
いすずちゃんのその言葉に私は、心がホッと暖かくなって……緩んでくるのを感じた。
「これが……私たちなんだよね。いすずちゃん」
そうだ。
不器用で、お互いに対して言えないことも沢山有る。
世間に胸を張って自分たちの関係性を言えない。
色々ある。
でも、だからこそ、お互いで支え合おう。
他の誰にも出来ないくらい、強く深く。
そしていつか……お互いに自分のことを、そして周りにも自分たちを、伝えたい。
受け入れてもらいたい。
それから、何度も座り込みながら転びながらも40分かけて裏山を降りることができた。
「じゃあ……ちょっとだけ待っててください」
そう言っていすずちゃんが夜の道を駆け出して行ったのを見届けると、私はすっと意識が遠のくのを感じた。
次に気がついた時は救急車の中で、私は脇腹の出血から救急搬送となったらしい。
そして病院に着くと、そのまま縫合を受けて念のため数日入院となった。
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