森の中のオンボロ図書館(1)
夏休みも残り1週間になった8月の最終週。
朝からぐずついた天候の中、お休みの私はいすずちゃんを乗せて車を走らせていた。
助手席のいすずちゃんは緊張しているのか、硬い表情で手を握ったり開いたりしている。
「大丈夫、いすずちゃん? 緊張しなくても良いよ。みんないい人ばっかだから」
「……はい、大丈夫です。せっかく楓さんが紹介してくれたんだから、頑張ります」
私は片手でいすずちゃんの頭をポンポンと叩いた。
「頑張らなくて良いよ。楽しんで欲しいんだから。せっかくの読み聞かせ初体験なんだからさ」
いすずちゃんはそれでも無言でコクコクと頷いていた。
※
事の起こりは先週。
我が友達の「ゆっこ」こと藤田優子からの一つの提案だった。
ゆっこはあの一件……お父さんの事件の後、波が引くように周囲から人が居なくなった時、たった一人私との付き合いを続けてくれた子だ。
私なんかと付き合ってたら、巻き添えになるよ……と心配していったとき、彼女は
「私は付き合いたい人と付き合ってる。それがたまたま君だっただけ。他に何かいるの?」と言ってくれた。
それ以来、私にとって今では弟と同じくらい信頼できるかけがえのない存在。
そんな彼女は大学を卒業した後、図書館司書になっている。
卒業から変わらず、最初の勤務先である神社の敷地内にある古びた図書館が彼女の勤務先だ。
そのため私は休みの日は時々、その森の中の不思議で静謐な雰囲気のする図書館で過ごすのがお気に入りとなっていた。
そんなある日。
お休みの日にいつものように図書館で過ごしていると、他に利用者もいないこともあり、ゆっこは声をかけてきた。
「相変わらず暇だね、君も。うら若き女子が休日に一人で図書館なんて。もっと女子らしい過ごし方はしないの?」
「仕事も休みの日も本に埋もれてるゆっこに言われたくないよ。あなただってうら若き女子じゃない。じゃあ例えばどんな過ごし方があるの?」
「そりゃ、素敵な彼氏とどこかにデートに行く事じゃ無い? そういう相手は……って、ゴメンゴメン。君はあの子一筋なんだっけ。えっと……施設の女の子。いすずちゃんだっけ」
「そういう言い方しないの! 彼女は色々あって支えてあげないとなの」
ゆっこにはいすずちゃんの母親と私の父親との関係は話していない。
もちろん、彼女への秘めた気持ちも。
なので、彼女の中では「施設の中で肩入れしている子」と言う印象で留まっている。
「そりゃ失礼。所で、声かけたのは別の用があったんだ。来週の火曜日にここで恒例の『読み聞かせ会』をやるんだよ。でも、夏休み最終週なんで結構大がかりで、いつものお話しの部屋だけじゃなくて、第一研修室でも行うことになったんだよ」
「へえ……凄い。確かに大がかりじゃん」
「そう。だから君にも手伝って欲しいんだ。交通費とお弁当くらいは出すよ。有償ボランティア、って形で申し訳ないけど……後、いつもの準備だけで無く、良かったら読み聞かせも」
「ううん、全然やるよ。そんなのお祭りみたいで楽しそう……」
そこまで言ったところで、ふといすずちゃんの顔が浮かんだ。
あの子……本、好きだって言ってたな。
それに施設でも幼児さん達に良く読み聞かせしてたけど、中々手慣れた物だった。
「ねえ、ゆっこ。さっき話に出たいすずちゃんなんだけど……」
※
「でも……私が読み聞かせなんて出来るのかな」
「大丈夫だよ。施設でもすごく綺麗な声で絵本を読んでたじゃん。それに小説書いてるなら、貴重な経験じゃ無い?」
「そうですけど……」
「あそこ、見た感じはオンボロだけど静かで良いところなんだよ。今回読んでもらう『お話しの部屋』は落ち着ける良いところだよ。あそこでいすずちゃんが読み聞かせてる姿、絶対似合うと思う。楽しみだな」
「えっ、楽しみ……なんですか?」
「うん。話決まってから私、夢に見ちゃったんだよ! 一昨日だけどさ。夜勤の時仮眠室で寝てるとき、いすずちゃんがあの部屋で子供達に読んでる姿。素敵だったな……」
そう言うといすずちゃんは顔を赤くして、窓の方を向くとポツリと「頑張ります」と言った。
やがて車は神社の敷地内にある、図書館の駐車場に入った。
そこは周囲一面が天高く伸びる木々に覆われており、車を降りると木や草の香りが夏の熱気に乗って、蝉しぐれと共に身体の中に心地よく飛び込んでくる。
「凄い……」
いすずちゃんはポカンとした表情で、見回している。
「図書館の近くはもっと凄いよ。ほら、こっち」
そう言うと、私は彼女と共に森の中に進んだ。
人が5人以上横に並んでも楽に歩けるくらいの道は下に玉石が敷き詰められており、それは奥へ奥へと進んでいる。
そして、10分ほど進むとポッカリと広い場所に出た。
目の前は円形の広場となっており、その奥にくすんだ白色の壁を持つ小さな2階建ての建物が見えた。
あれが図書館だ。まあ、アチコチひび割れてて子供の間では「幽霊屋敷」などと言われることもあるけど……
左右には高い樹木が立ち並んでいるが、採光にも配慮されており木漏れ日が何とも幻想的な光を図書館に落としていた。
「凄い……凄い!」
いすずちゃんは珍しく興奮を表に出しながら、スマホで何枚も図書館や周囲の景色を写真に撮った。
「小説の参考になりそう?」
「はい! なんか物語に出てきそうです」
「良かった。今日のイベントも楽しんでもらえるといいけど」
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