森の中のオンボロ図書館(2)

「やあ、いらっしゃい。君が星野いすずちゃんだね。菅原さんから話は聞いてるよ。私は藤田優子。この図書館で司書をしてる。司書と言うのは本の管理をするお仕事なんだ」


 ゆっこはそう言うと手を出したので、いすずちゃんは緊張しながら手を握り返した。


「星野いすずです。清明小学校の6年生です。愛誠院と言う児童養護施設で生活してて、指導員の菅原楓さんにはいつも大変お世話になってます」


「話に聞いてたとおり、キチンとしてて礼儀正しい子だね。菅原さんはいっつも君の話ばかりしてるから想像は出来てたけど、それ以上にしっかりした子だ」


「……え? そんなに私の……」


 ゆっこはニッコリと笑って言った。


「うん、毎回必ず君の良いところを自慢げに言ってるよ。お陰で初対面だけど、いすずちゃんの事には結構詳しいよ」


 いすずちゃんは顔を真っ赤にしながら私を横目で見た。


「楓さん……恥ずかしいです」


「まあまあ。所で今日は本当に有り難う。いすずちゃんには3歳から5歳の子達が集まる所で、読み聞かせをしてもらえたら、と思ってる。後はイベントのお手伝いもちょっとね」


「微力ですがお役に立てるよう頑張ります。よろしくお願いします」


「じゃあ、早速『お話しの部屋』の飾り付けを二人にはお願いしようかな。こっちにどうぞ」


 そう言って彼女は先に立って歩き出す。

 

 ゆっこはその宝塚か! と言いたくなるような中性的な整った容姿と、すらりとしたスレンダーで長身な体型も相まって、お母様方からの人気がすさまじい。

 

 そのためこの図書館は神社の敷地内でかつ、非常に老朽化していると言う悪条件にもかかわらずお母様方中心に来館数が高い。

 ゆっこ自身がそれをどこまで自覚してるのやら……   


 お話しの部屋はパステル調の青や緑を基調とした色合いで、毛足の長いじゅうたんのあちこちにぬいぐるみや幼児用の滑り台が置かれている。

 ゆっこから渡された色紙で作った飾りを私といすずちゃんで壁や天井に貼っていく。


 いすずちゃんの方を見ると、無言で集中して壁に貼っており、その姿は生き生きとしていた。

 そういえば施設でも、飾りつけとか楽しそうだったな……


「楽しそうだね、いすずちゃん」


 そう声をかけると、こっちを見て笑顔になった。


「はい。ちょっとづつ何かが出来上がっていく感じが好きなんです。こう……ゼロから積み上げていくみたいな」


「そっか」


 私もそんないすずちゃんを見ていると嬉しくなる。

 彼女が自分に向いた物を見つけていく手伝いが出来れば……

 そんな気持ちがあって誘ったけど、上手く行ったみたいだ。

 向き不向きなんて、自分でやってみないと分からないからね。


 それから、30分ほど二人で夢中になって飾り付けをしているとゆっこが入ってきて、感心したように部屋を見回した。


「素晴らしいね。さすが養護施設職員といすずちゃんだ。特にいすずちゃん。君、センスいいね」


 ゆっこの感心しきりと言った感じの言葉にいすずちゃんは照れくさそうに微笑むとうつむいた。


「さて、あと1時間ほどしたら親御さんや子供たちも入ってくるから、お昼にしようか。コンビニ弁当で申し訳ないけど、買ってきたよ」


「ありがと! じゃあいすずちゃんも手を止めて。一緒に食べよう」


 隣の休憩室で3人で食べていると何か変な気分だけど、これはこれで楽しい。

 いすずちゃんも同じなのか、興味深そうに見回している。


「いすずちゃん、珍しいかい? 今時の図書館とは間逆なオンボロぶりだからね。こんな神社の中にある珍しい立地で無かったらとっくに取り壊されてたかもね。立地の特殊性があるから定期的に取材も入るし、市も基調価値を認めてる面があるからね」


「でも私、この図書館好きです。周囲の場所も建物も凄く静謐な感じがあって、居るだけで非日常な感じがするので。本や童話みたいに非日常に浸るには凄くいい場所だと思います」


「これはこれは、有難う……しかし、楓がべた褒めするだけあるね。本当に良く言葉を知っている。君、本とかよく読むだろう?」


「はい、色んな本読むの好きです。……有難うございます」


「いすずちゃん、小説や童話も書いてるんだよ!」


「ちょ……楓さん!」


「あ、ゴメン……言っちゃいけなかった?」


 慌てる私にゆっこはクスクス笑って言った。


「大丈夫だよ。素晴らしい趣味じゃない。実は私も書いててね。Web小説なんだけど投稿もしてるよ『カケヨメ』ってサイトなんだけど」


「あ……そこで私も書いてます」


 目を見開いて両手で口を押さえるいすずちゃんに、ゆっこは小さく手を叩いた。


「え! まさかこんなところで仲間が居るなんて! 私、そこでBLとか百合小説とか書いてるんだよ。『百合根っこ』ってペンネームなんだけど、良かったら読んでみて」


「はい! 是非拝見します。……って、百合やBL書かれてるんですか?」


「楽しいよ。中学生くらいからああいう背徳的な世界観が好きでね」


 え、そうだったんだ。

 百合小説って……あれだよね? 女の子同士の……

 BLって何?

 ゆっこって彼氏いなかったっけ?

 それ、こんなに堂々とオープンにしてもいいの?


「恋愛は吾郎一筋だから……あ、吾郎は相方の名前だけど、百合小説は趣味なんだ。背徳の恋愛が好きでさ。ぜひぜひ。君のペンネームも教えてよ。読みに行きたいな」


「あ……私は……その、ちょっとお見せするのは」


「オッケー。創作は自分をさらけ出すきわめてプライバシーの強い趣味だ。無理強いはしないよ。じゃあ逆にペンネーム教えてよ。うっかり読んじゃわないように気をつけるから」


 私の方をチラチラとみるいすずちゃんに、ニッコリと笑って言った。


「ゆっこは信用できるから大丈夫だよ。あ、私は外に出とくね」


 いすずちゃんがどんな小説を書いてるのか気になるけど、ゆっこの言うとおり深いプライバシーなんだろう。だったら首を突っ込んじゃいけない。

 彼女の秘密は尊重したい。


 でも、いすずちゃんとゆっこが仲良くなれそうで良かった。

 あの子には施設以外にももっと世界を広げて欲しい。

 特に信頼できる人たちとの……


 そう思いながら部屋の外に出てお話しの部屋を見ると、すでに大勢の人でにぎわってきていた。

 

 凄いな……


 何回か手伝ったけど、今日はひときわ多い。

 これは楽しみだ。

 ニコニコしながら見ていると、背中をぽんと叩かれたので振り向いた。

 

「配慮、有難う。彼女とは離せたよ。ついでにこれから定期的に手伝いに来てくれるって約束も出来た」


「え! そうなの」


「ああ。彼女、凄くここを気に入ってくれたみたいでね。君と来れないときは1人で来るって」


「確かにここ、駅からも近いしね……ありがと。ゆっこ」


「どういたしまして。……ところで、珍しいね。君がああまで誰かに深く関わろうとするなんて。なにかあった?」


「ううん、何も無いよ。ただ、私に出来る事をしたいだけ」


「そうか……ならいいけど。まだあの事を引きずってるのかい? 誰かのために自分を捨てて尽くす……それは償いでもなんでもない。あれは君のせいじゃない。自分のせいじゃ無い事にとらわれず、幸せになるんだ」


「ダメだよ……私の問題だから」


「違う。君のお父さんの問題だ。君は関係ない」


「……もう、その話はやめよ」


 そう言った所で背中から「あの……」といすずちゃんの声が聞こえたので、慌てて振り向いた。


「凄い……人ですね」


 いすずちゃんは心配そうにしている。

 彼女にとって、これだけの人の前で何かをする事は未知の領域なんだろう。

 怖さが出ても不思議じゃない。


 私は微笑むといすずちゃんの頬を撫でた。


「でもみんな優しい人ばかりだよ。出来不出来じゃなくあの空間と空気を一緒に過ごしたいと思ってる。だから、心配ない。いすずちゃんもあの場の空気を楽しんで」


 いすずちゃんは無言で頷いた。


「でも……怖い。私、勇気が出なくて……」


 そう言いながら足が震えているのが見えた。

 いすずちゃん……

 その姿を見ていて、私は自分と弟、そして母の事を思い出した。

 

 お父さんの2回目の公判の日。

 前回でお父さんの罪を知った人たちの刃物のような視線。

 周囲全てが敵だらけの中。

 ずっと暗い道が続いている絶望感の中、震えながら進んでたあの時。


 私はいすずちゃんを思わず抱きしめていた。

 自分でも驚いたけど、そうしたかった。

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