白と色とりどりの花(4)

「これ……飲んでください。ちょっと休みましょう」


 私はペットボトルを受け取ると、数口飲んだ。

 冷たい水が喉を通って、こんがらがってた頭がスッと整理されていく…… 

 いすずちゃんはそんな私をみて、俯いて言った。


「私……早く大人になりたいです。そうすれば、自分の事ばっかりじゃ無く、楓さんみたいに他の人の事を一番に考えられる、優しくて強い人になれる。それに、楓さんに迷惑をかけるんじゃなくて支えてあげられるようになる。今日も頑張って大人の女の人になりたかったのに……」


「あのリップも……それで」


 いすずちゃんはコクリと頷いた。


「もう子供のままは嫌です。子供だから、お母さんの事ばっかり考えちゃう。嫌な人たちの事ばっかり考えちゃう。楓さんだったら絶対そんな事考えない……」


 そう言っていすずちゃんは細かく肩を震わせた。

 優しくて強い人……

 ごめんね。あなたを騙してて。

 私、そんな人じゃない。

 

 やっと手に入れた居場所がなくなるのが怖くて。

 あなたの私を見る目が失望や嫌悪に変わるのが怖くて。

 何より……あなたを失うのが怖くて。

 

 だから私は嘘をつく。

 正しくて強い人。

 公平で他の人の事を一番に考える人。

 いすずちゃんをいっつも支えている人。

 ホントは違うのに。

 

 ゴメンね。 

 嘘つきな悪者で……

 その代わり、あなたにとって最高の嘘つきになるから。

 あなたが私を必要としなくなる日まで。

 

 あなたが心から大好きになって、この男の人と一緒に毎日を歩いて行きたい。

 そう思える人と出会う日まで。 

 それまでは私を嘘つきでいさせて。

 

「いすずちゃん。帰る前にもうちょっとだけ付き合ってもらっても良いかな?」


「……え? どうしたんですか?」


「見てもらいたい所があるんだ。歩けそう……キツそうだね。乗って」


 私はそう言うと、いすずちゃんをおんぶして境内の横の石段を登り始めた。


「楓さん、もういいですよ。疲れてますよね?」


「大丈夫。もうちょっとだから」


 やがて石段を登り切ると、開けた場所に出た。

 そして……


「わあ……」


 背中から降りたいすずちゃんが呆然とした声を出すのが聞こえた。

 私たちの目の前にあるのは、白い綱のような物を巻いている空にそびえるような大きなご神木だった。


「凄い……おっきな木……楓さん、これを見せるために?」


「うん。そうだよ」


「そんな……いつでも来れるのに。無理して……」


「今、見せたかったんだ。ねえ、いすずちゃん? この木って樹齢300年なんだって」


「300年……」


「うん。でもさ、この木だって最初からこんなに大きくなってやろう! なんて思ってなかったんじゃないかな? 日の光を浴びて、毎日ただそこに立って出来ることをして……風や雪の日や台風もあっただろうけど、苦しいときはじっと頑張って。それでまた太陽に向かってせっせと伸びて……そうして、気がついたらこんな凄い木になった」


「それって……」


「無理して背伸びしなくていいんじゃ無いかな? いすずちゃんは毎日ちゃんと大人になってる。身体も……何より心も。あなたはおっきくなったら、凄い大人の女性になるよ。優しくて、強い大人に。だって、誰よりも悩んで苦しんでる。誰かを大嫌いになっても、そのことから逃げずに苦しんでる。それって強くないと出来ないよ。弱かったら、憎んでるだけ。逃げてるだけ」


 そう。私みたいに。


「……私、変われるかな? 大人に、なれるかな?」


 私はいすずちゃんの頬を優しく撫でるとニッコリと笑って言った。


「あなたは変わることが出来る。大人になれる。今だって変わって行ってるんだから」


「楓……さん」


 いすずちゃんはポロポロ涙を流しながら私に近づいた。


「ほらほら、泣かないの。ほんと、泣き虫さん。あ~あ、せっかくの髪型も崩れちゃって……帰り、こっそりファミレスで美味しい物でも食べて帰ろっか? 私もお腹空いちゃった。いすずちゃんも付き合ってよ」


「……いいんですか?」


「あ、施設の人たちには絶対内緒だよ! バレたら私、めっちゃ怒られるから……大人同士の秘密なんだからね!」


 いすずちゃんはクスクスと泣き笑いしながらコクリと頷いた。


「はい! 大人と大人の約束ですね。じゃあ、私食べたいのがあるんです」


「オッケー、じゃあ私も思いっきり食べちゃおう。せっかくだから、お互いなに食べたいかせーの、で言わない? 何か、お互い同じ物な気がする」


「はい、じゃあ言いますね。せーの……」


「ハンバーグ!」


「ナスのおひたし!」


 私たちはお互いの顔を見ると、たまらず吹き出した。

 

「全然違うじゃん!」


「っていうか……楓さん、渋すぎますよ。わたし、絶対言わないやつ!」


 私たちはそれからしばらく一緒に笑った後、手を繋いで一緒にご飯を食べに行った。

 まあ、バレて怒られたら謝ればいい。

 この時間を一緒に過ごせている。

 それがただ嬉しい。

 いつかの事なんて考えない。

 今はただ、この手の温もりだけを考えていたい。


 ゴメンね。

 あなたの大嫌いな悪者は、あなたの事が世界の誰よりも大好きみたい。

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