白と色とりどりの花(3)
お揃いの提灯ストラップを着けた私たちは、それからも屋台をブラブラしていた。
屋台から漂ってくる色々な食べ物の匂いは嫌でも食欲をそそる。
「何か食べたいのある? 奢ってあげるよ。せっかくだから美味しいの食べようよ」
そう言って隣のいすずちゃんを見ると、なぜか沈んだ表情をしている。
心なしか顔色も悪い。
「どうしたの? 大丈夫?」
いすずちゃんは小さく頷いたけど、すぐに絞り出すように言った。
「ご免なさい……ちょっと……あの匂いが」
そう言って指さした先にはじゃがバターの屋台があった。
「え!? ゴメン。いすずちゃん、ダメだったんだ?」
「どっちかだけなら好きです。でも……一緒になると」
「知らなかった! ゴメンね、気がつかなくて。向こう行こうか」
そう言って手を引こうとしたけど、足取りもおぼつかない感じになっている。
どうしよう……うん、これしかない。
私はいすずちゃんの前にしゃがみ込んだ。
「乗って。おぶってってあげる」
「え!? い、いいです! そんなの悪いです」
「辛そうじゃない。いいよ、遠慮しちゃダメ。指切りげんまん、忘れたの?」
いすずちゃんはしばらく迷ってたようだけど、やがてフラフラと私の背中に乗った。
背中に彼女の温もりが伝わってきて、ドキドキしてしまう。
私はそんな気持ちを追い出すように「よし!」とわざと声を上げて立ち上がって、じゃがバターの屋台を通り過ぎた。
それからしばらく歩くと、目の前に神社の境内が見えてきた。
さっきの匂いもしなくなったせいか、いすずちゃんも落ち着いてきたけど、まだ辛そうだった。
「もう戻ろうか? 結構辛そうだし」
「まだ大丈夫です。もうちょっとで落ち着きます。そしたら……」
「無理はダメだよ。またみんなで来れるじゃん」
「でも、楓さんと2人じゃないです」
その言葉に、思わず足が止まった。
私の動揺に気付いていないのか、いすずちゃんは言葉を続けた。
「ずっと楽しみにしてたんです。『みんなの楓さん』じゃない。私だけを見てくれる……」
落ち着け、私。
いすずちゃんはそんなつもりじゃない。
施設の職員は子供達みんなを公平に見なきゃいけない。
だから子供達はたまに職員を独占したくなる事がある。
いすずちゃんはまだ小学6年生。
そんな感情あるわけ無い。
まして……彼女をあなたなんかで汚しちゃダメ。
「そっか、ありがと! うん、じゃあもうちょっとだけだよ。後、さっきみたいな言葉は私なんかに言っちゃダメ。無駄遣いだからさ。いつか好きな男の子が出来たときに言ってあげて。きっと泣いて喜ぶよ」
頑張って脳天気に言ったお陰だろうか。
いすずちゃんは少しの間無言になると、明るい口調で「はい、分かりました」と言ってくれた。
うん、これでいい。
でも……なんでかな?
胸の奥がチクチクするし苦しい。
「あんなこと言わなきゃ良かった」なんて思っちゃってる。
そんな訳ない。
あれでいい。
間違ってない。
「……そう言えば、何でじゃがバターであそこまで? 嫌じゃ無かったら教えてくれない?」
私の言葉に背中のいすずちゃんは、長い沈黙の後でぽつりと言った。
「お母さんが出て行った夜、最後に出してくれたのがじゃがバターだったんです」
私は口の中に苦い物が滲むのを感じた。
これ……聞いちゃいけなかった。
でも、いすずちゃんは溢れる気持ちをこらえきれなくなったのか、私の背中にギュッとしがみ付くと続けた。
「お母さんはしょっちゅう言ってたんです『あの悪い男の人が全部悪いの。お母さん、あの人のせいでちゃんとした人になれなくなっちゃった』って」
もう……やめて。
「こうも言ってました『それに、あの人の家族は私とお話しした後、笑いながら今夜は焼き肉にしようか、って楽しそうに言ってた』って『お母さん、苦しくてなにも食べれなかったのに。最低の人の家族は最低なんだ』って。だから」
違う……
あの時のことは良く覚えている。
全然違う。
私たちは楽しくなんか無かった。
あの日。
お父さんが法廷に立った日。
その絶望の中で何かの「普通」にすがりたかった。
自分たちも「普通」でいいんだ。
そう思えていないと、そのままみんなおかしくなりそうだったんだ。
まして、被害者の星野百合さんを見た後なら余計……
でも、それも苦しませる切っ掛けだったんだ……
「私、やっぱり大っ嫌い! あの人達のせいでお母さんが……だから、私を捨てたんだ! ……楓さん、なんで悪い人たちばっかり幸せなんですか? 私やお母さんってそんなに悪い事したんですか?」
「いすず……ちゃん。それは……」
何か言わなきゃ。
彼女のために。
そう思って言葉を絞りだそうとした途端。
酷く気持ち悪くなり、私は思わず走り出すと境内の裏に回って、胃の中の物を全部出してしまった。
苦しい……
でも、有り難かった。
不思議と胃から出るにつれて、心も楽になってきた。
この苦しみが細やかな贖罪になっているような。
そんな自分勝手な気持ちが救ってくれるようだった。
この苦しさを覚えて置いて。
そうすれば、またいすずちゃんと向き合えるから。
そう自分に言うと、ホッと息をついて自分が落ち着いたのを確認すると、いすずちゃんの所に戻った。
すると、いつのまにかいすずちゃんは、片手にペットボトルを持っていた。
近づくと、両目に涙を溢れさせている。
「また……ごめんなさい。あんな事言って困らせちゃった。楓さん関係ないのに。あんな嫌なこと……聞かせちゃった」
ううん。
関係なくなんか無い。
いすずちゃんのやった事は正しいんだよ。
でも、悪い奴はそれに耐えられなかったんだ。
ごめんね。
弱っちくて。
悪い奴はもっと強くてふてぶてしくないとダメなのにね。
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