白と色とりどりの花(2)

 私といすずちゃんが緑地公園に近づくと、すでに外周には無数の提灯がかかっていて、その光が何とも綺麗だった。


「やっぱり祭りって提灯だよね。これがあるから祭り! って感じしてワクワクする」


 私がしみじみと言うと、隣のいすずちゃんも眩しそうにそれらの光を見つめながら言った。


「はい、いいですよね……うっすらと降りてくる夜の暗さに、提灯の淡い光が幻想的で。光と闇の混じる光景は美しいです。特に緑地公園は森の暗さもあるから、絵の具みたいに滲む淡い光が余計に引き立ちますよね……って、どうしました楓さん? ポカンとした顔されて」


「……いや、いすずちゃんメチャメチャ高尚な言葉使うなぁ、って思ってさ。そう言えば本、沢山読んでるもんね」


「へ!? い、いえ、そんな……事。あ……でも、文章書くの大好きなんです。ちょっとネットのサイトでお話しも書いてて……」


「ええっ!! お話しって……小説?」


 いすずちゃんは恥ずかしそうにコクリと頷いた。


「どんなの書いてるの? やっぱ恋愛物とか? それか、大ヒットしてる魔法使いの男の子の奴みたいな?」


「あ……あの……恋愛物を。と……年上の人……との」


「いいじゃん! 私もそういうの大好きだよ。ね? ね? 今度読ませてよ」


「へ!? い、いえ……あれは……絶対ダメです!」


「え~! 見たいな~!」


「童話も書いてるんで、良かったらそっちを……」


「童話まで書いてるって凄いね、もう作家先生じゃん」


「いえ……そんな人山ほどいます」


「でも凄いよ。そう言えばいすずちゃん、お小遣いもずっと貯めててちっこいパソコン買ってたもんね」


「い、いえ、あれは文章入力用ので、パソコンじゃ無いんです。パソコンは高くて……」


 そんな事を話ながら歩いていると、周囲は浴衣姿やラフな姿の人たちでごった返すようになった。

 人の喧噪と屋台の食べ物の甘辛い香り。

 そして、提灯の仄かで優しい光。

 

 隣を見ると、いすずちゃんの横顔が淡い光に浮かび、普段施設で見るのと違う大人びた雰囲気を感じさせた。

 

「何か食べたいのある? せっかくだから思いっきり食べちゃおうよ」


「あ、でも使えるお金がそんなに……」


 私はニヤリと笑うと、いすずちゃんにそっと耳打ちした。


「ちょっとくらい出してあげる。あ、これ二人だけの秘密だよ」


 いすずちゃんはビックリした顔をしたけど、やがて嬉しそうに頷いた。

 一時帰宅している子供達は、お小遣いの範囲、とか気にせずに過ごしている。

 いすずちゃんにだってたまにはそんな楽しみがあってもいいよね。

 

「じゃあ……どうしようかな」


 キョロキョロと周囲を見回していたいすずちゃんは、やがてある屋台を指さした。


「じゃあ……あれ」


 見ると、それは射的だった。


「え? 射的? 食べ物じゃ無くて」


「一度やってみたかったんです」


 ※


「はい! お嬢ちゃん、頑張ってね」


 短い金髪のお兄さんに銃を渡されたいすずちゃんは、緊張した面持ちでおずおずと構える。 迷わずに構えてるので、欲しいものが決まってるんだな……

 だけど、何回か撃ったもののコルクの玉は舞台の端っこや天井付近に飛ぶなど、かすりもせずに終わってしまった。


「残念だったねお嬢ちゃん! また来てね」


 お兄さんの威勢の良い声と対照的にションボリしているいすずちゃんを見て、私はポンポンと背中を叩くと言った。


「何が欲しいの? 私もやりたくなってきちゃった」


「いえ、そんな……悪いです。大丈夫です」


「え、違うよ。私が勝手にやりたくなっただけ。で、せっかくだから取ってあげよう! 何が欲しいの?」


 いすずちゃんは視線を左右に泳がせると、やがておずおずと前方の左端に近いところを指さした。

 それは、一際目だつ箱に入ったリップスティックだった。

 普段のいすずちゃんのイメージと異なるので、ビックリした。

 どちらかと言えば清楚でナチュラルな感じを好むと思ってたので意外……

 でも、彼女がそんな気持ちを見せることなどめったに無いので、絶対に取ってあげたいと思えてきた。


 よし! やってやる!


 ※


「はい! お嬢ちゃん、おめでとう。提灯ストラップ2つね!」


「……ゴメン、頑張ったんだけどな」


「いいんですよ! 逆にご免なさい! まさか楓さん、5千円も使ってくれるなんて……」


「ああ、気にしなくて良いよ。私も負けず嫌いだからさ。絶対落としたかったんだけどね」


「いいんです。そのお気持ちだけで」


「あ、このキーホルダーは私がもらっとくよ。さすがにこんなの恥ずかしいでしょ?」


「それ、どうされるんですか?」


「ん? どうしようね。せっかく5千円も使ったんだから、携帯にでも着けとくよ」


 私は小さな提灯に丸で囲った「祭」と書かれてある、安っぽいストラップを苦笑いしながらみた。

 5千円も使ってゴミにするのはちょっとね……

 それにいすずちゃんと来たお祭りの記念だ。

 そう思うと、これはこれで悪くない。


 そう思っていると、いすずちゃんがポツリと小声で言った。


「それ……欲しいです」


「え? 大丈夫? いやいや、無理しなくていいって」


「いえ……よく見ると味があって可愛いな……って。だから、1個欲しいです」


「味……そうかな? ま、いいや! じゃあ1個あげるね。あ、じゃあ私たちストラップお揃いじゃん。ちょっと女子の着ける物じゃないけどね」


 そう言って笑いながら提灯ストラップを渡すと、いすずちゃんは大事そうに携帯に着けてじっと見つめていた。

 いすずちゃんの趣味も中々面白いな……

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