指切りげんまん
え? なんで……
もしかして私、何か変な事した!?
「ゴメン、この子達お願い」
後輩職員にそう言うと私も彼女の後を追った。
いすずちゃんを見つけるのに時間はかからなかった。
彼女の部屋からすすり泣きが聞こえてきたのだ。
「大丈夫? 入ってもいいかな?」
「……はい」
と、泣き声混じりの返事が聞こえてきたので、ゆっくりとドアを開けた。
すると水着姿のまま、ベッドの端に顔を伏せている彼女がいた。
「大丈夫? あの……ゴメンね。私、何か変なことしちゃったんだよね?」
私の言葉にいすずちゃんは顔を伏せたまま、大きく横に振った。
「違います……違うんです。楓さんは何もしてない」
「じゃあ……恥ずかしかったの?」
いすずちゃんはこくりと頷いた。
「楓さんに……見られちゃった」
「ああ、そのことか。いいよ、私たち女性同士じゃ……」
「嫌! 楓さんには嫌なの!」
初めて聞くいすずちゃんの大声だったので、私は思わず目を見開いてしまった。
「いすずちゃ……」
「もうヤダ……お家……帰りたい……ママの所帰りたい」
いすずちゃんの声が胸に刺さる。トゲのように。刃物のように。
「もう帰る! ママの所に帰る!! ママ……もうヤダ……」
そう言って泣き続けるいすずちゃんを見ながら私は、全身が冷や汗でびっしょりになっているのに気付いた。
私は……馬鹿だ。
彼女はずっと頑張ってたんだ。
ピンと切れそうなくらいに張り詰めて張り詰めて……
そしてそれは……私たち一家のせい。
事情は分からない。
でも、あなたの暖かかったお家が壊れちゃったの、きっと私たちのせいなんだよね?
そんな資格が無いのは分かってる。
だけど……
私は泣いているいすずちゃんに近づくと、背中を撫でた。
そして何度も背中に向かって声をかけた。
「……ゴメンね」
ああ、私まで泣いちゃってる。
でも、止められない。
「あなたを助けてあげれなくて……ゴメンね。どうしたらいいんだろうね? ……私、どうしたらいいんだろうね……謝るだけしか出来なくて悔しい……悔しいよ」
そう、悔しい。
一番罪滅ぼししないといけないあなたに一番何もしてあげることができない。
なんなの、私って。
「楓さんにまた……心配させちゃった」
「違う。違うんだよ……」
「私の事、嫌いになりました?」
「ううん、大丈夫。いすずちゃんが私を嫌いになることはあっても、私は絶対嫌いにならない。約束する」
「……指切りしてくれます?」
「うん」
私がそう言うと、いすずちゃんはようやく顔を上げてこっちを向いた。
涙でベタベタになっているその顔も可愛かった。
そんな事を思いながら、彼女と指切りげんまんをする。
「……ごめんなさい」
「ん。もういいって。ってか、謝るのは私……」
「楓さんは謝ること無いじゃないですか? あんな事言って……帰る、とか。楓さんや先生方、いつも頑張ってくれてるのに」
私は笑顔を浮かべると、いすずちゃんの頬を優しく撫でた。
「いいんだよ。あなたはまだ子供なんだから、ワガママ言っていいの。駄々こねていいの。大人を困らせて良いんだよ」
「でも……」
「あ! そんな悪いと思ってるなら……さっきのワガママのお詫びをしてもらおうかな」
「え……」
不安そうな表情のいすずちゃんに、私はニッと笑って言った。
「これから、ワガママ言いたくなったり駄々こねたくなったら、私には思いっきりすること! 分かった? これは私へのお詫びなんだからね。やってもらわないとダメだよ。はい! 指切り」
そう言って顔の前に出した小指にいすずちゃんは、戸惑っていたけどやがて泣き笑いの表情になると、おずおずと小指を絡ませた。
「はい、約束破りは無しだからね」
「じゃあ……私からも」
「なに?」
「私がワガママや駄々こねたとき、さっきみたいに……ほっぺを撫でて下さい」
「そんなんで……いいの?」
「はい。心がスッと落ち着くので」
そう言って小指を差し出すいすずちゃんに今度は私が照れたように笑って小指を絡ませた。
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