チョコミントの景色

 じめじめした梅雨が明けたかと思ったら、文字通り焼けるんじゃないか!? って思うくらいの夏の暑さとなった。


 特に私にとって夏は非常に嫌な思い出があるため、大嫌いな季節だ。

 ただ、養護施設で働いていると私自身の思い出とは別の理由で辛さを感じる。


 施設に入っている子供の中で一切誰にも罪のない。

 だけど確実に現れる残酷な格差が。


 それは「親との一時帰宅」だった。


 夏休みになると、普段は様々な事情でわが子と暮らせない人も、どうにか都合を付けて迎えに来る。

 それはお盆休みの間が多いが、この施設は比較的状況の許す親御さんが多いせいか、夏休みの間一時帰宅する子供が多いのだ。

 そのせいで、愛誠院の中は7月下旬から8月一杯は3分の2の子が居ないため凄く静まり返っている。


 でもそれはいやおう無しに残っている子供の姿が目立つ事にもなる。

 みんな口には出さないけど、内心を想像すると胸がちくちく痛む。


 だから、せめてその子達に楽しんでもらおうと、夏休みの間私たち職員は色んなイベントに力を入れる。

 例えば昨日は流しそうめんを行ったし、今週末は全国大会にも出たという高校生ダンスサークルにも来て貰う。

 日曜は人形劇の劇団。と言った具合に。


 そんな中で、私たち職員と同じくらい精力的に動いて、子供たちの笑い声の中心に居るのは、いすずちゃんだった。

 特に彼女は小学校低学年や幼児たちにめっぽう人気が有り、微妙かな? と心配なイベントも彼女が居ると、子供たちが楽しそうにするためそれなりにサマになる。


 今日は、9月に予定している施設の夏祭りの飾り付けをみんなで作っているのだが、上手く作れないで困ってる子を手伝ったり、作れた子の作品を見て自分の事のように大喜びしたり。

 また、子供たちが集中している時に、さりげなく飲み物を渡したり。


「いすずちゃんが居たら俺たちお邪魔なくらいだよね」


 と、冗談っぽく笑っている職員が出てくるくらいだ。

 そんな事を考えながら集中して提灯の飾りを作ろうと、色紙を切っていると……


「楓さん、オレンジジュース好きでしたっけ?」


 そういいながら、いすずちゃんがそっとグラスを置いてくれた。

 しかもご丁寧にコースターに乗っていて、ストローまで。

 もういっそお母さんになって! って言いたいくらいだよ……

 大人の女性の名折れだよね。とほ。


 そんなこんなで今日の分の製作がひと段落つき、建物を出た自転車置き場の所でぼんやり休憩していると、突然腕にヒンヤリとした難い感触を感じ、思わず「ひゃあ!」と悲鳴を上げた。


「えっ! ご、ごめんなさい。大丈夫……ですか?」


 その心がワクワクする声は……。

 横を見ると、案の定いすずちゃんがアイスクリームを持っていた。


「この前の緑地公園の仕返ししちゃえ!……って思ったんですけど、そんなに驚くなんて。ごめんなさい」


 心配そうな表情でぺこりと頭を下げるいすずちゃんに、私は笑いながら手をふった。


「そんなの気にしなくていいって! ってか、いすずちゃんもこういう事するんだ、って嬉しくなっちゃったよ。ギャップ萌えってやつ?」


「あ、いえ……楓さんだけです。他の人には……」


 いすずちゃんはなぜか恥ずかしそうに俯いて、そう言った。

 

「あ、アイスもってきてくれたんだね。ありがと」


「はい。ホーム長さんが差し入れって。楓さん、チョコミントお好きです? ストロベリーが大好きって聞いてたから、本当はそっちを狙ってたんですけど、幼児の子や低学年の子も欲しがってたから……」


「そっか、ありがと。チョコミント最近一押しになってたから、むしろ嬉しいよ。そこでストロベリー譲ってあげるのはいすずちゃんの優しいところだね。そういう所、好きだよ」


 何気ない褒め言葉で言ったつもりだったが、何があったのか突然いすずちゃんは顔を真っ赤にして走り去ってしまった。

 え!? 怒らせちゃった? 変な事言ったかな……


 慌てて後を追うと、裏のゴミ捨て場の所でせっせとハンカチで汗を拭いていた。

 暑そうだな……


 ふと思い立って、そっと後ろから近づくとワンピースから覗く首元に、さっきのチョコミントの箱を軽く当てた。


「ひゃああ!!」


 裏返った可愛らしい悲鳴に思わずドキッとする。

 ああ、ダメダメ!

 いすずちゃんは弾かれたように振り返ると、唇をつんと尖らせた。


「さっきの仕返しですか。もう! 変な声出ちゃいましたよ」


「ゴメンゴメン、でもさっきの声すっごく可愛かった。ってか、自分でやった手に引っかかったらダメじゃん」


 そう言って笑うと、いすずちゃんも恥ずかしそうに笑った。


 この子は家には帰らないのかな……


 星野百合さん。

 お父さんの被害者。

 あの人といすずちゃんはどんな親子関係なんだろう。

 なんで今まで一度も顔すら見せないんだろう。

 こんないい子なのに。


 私たち施設職員は、どんなに子供たちが大切で深い愛情を持ってても、実の親が迎えに来た時、たちまち石ころ以下だ。

 そのくらい、親は強い。

 

 どんなに美男美女や話が面白い職員。

 野球やサッカーが得意な職員が束になろうとも、普通の容姿だったり運動音痴でも、実の親が最も強い。

 文字通り目を輝かせて、全力で親御さん目掛けて力の限り走って飛び付こうとする。

 でも、そうでなければいけない。

 その子の人生で施設職員が主役である事は決して良いことじゃないんだから。

 親や友達、先輩後輩。

 そう言った関係性こそ宝物にして欲しい。

 私達はその子達にとって万能ツールでありたいのだ。


 だから、いすずちゃんが気にかかる。

 星野百合さん、今どこで何してるんだろ……


 カルテには住所、職業不明。とだけ書かれていた。

 本当は会っていすずちゃんの事を話したいけど、恐らく彼女にとって私など、家に現れた害虫みたいなもの。

 だからどうしようもない。

 でも何とか出来たらな……


 

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