寄り道.5


「レイス。手伝う気はあるか?」


「え、あ…。はい」


「なら、法具を集めよう。ここに配置されているものを一度、片付ける。

 初手このの段階条件に基づいた観点で、種類別に整理していくぞ。

 帰属きぞくが変化するものもあるが、その点は無視していい――(その時になってから考えればいいことだからな)。

 いまここにある(配置を済ませた)ものだけでも、(分類すれば)七二通りになるはずだ。

 心力は、まだ宿すな。これを狂いなく成立へ導くには手順がある。

 私の読みが確かなら、この形に配置し終えても、これだけでは動作しないはずだ。

 心力をこめるのはどれから始めてもいいが、配置するのは後だ。

 心力をこめた状態で、このように置くには、すぐには影響をおよぼさない適切なタイミングと段取りが不可欠になる。

 どこから手をつけようと、こうして配置した状態で心力投入していくと、カラのものを巻き込み、干渉し合って収集がつかなくなる。 (それでは)試みる意義も見失う。

 これは、はじめに〝〟の構想だ。

 法印士が築く構成とは、条件と基礎理念が違う。

 む部分もあるが、あとき特有のはずせない秩序ちつじょ……規則があって、それだけでは成立らない。

 現段階では、ひとつと言わず課題があり、実用的ではないが、これをどうにかして現場で使用できるようにするのが目標だ」


 説明に耳を傾けているセレグレーシュのまなざしが、ちらと。

 教卓の向こう側に置かれている備品を意識して流された。


(……踏み台とはしごの使い方……わかったような気がする。

 合金製の板は足場だな)


 おそらく必要になったら、対角においた踏み台や多機能はしごをささえに、直列固定したはしごや延長可能な合金製の足場を渡して、先に配置したものを阻害しないように触らないよう、その上を移動する渡り歩くのだろう。


 やたら精巧な補助具。遠くのものをつかみとったり、移動し配置しなおしたりするリーチエクステンダーリーチャーの用途は、考えるまでもない――そこに求められる機能そのままと思われた。


 あらためて現場を見おろしてみる。

 少しでも変われば関係性がくずれそうな緻密な構成がけっこうな領域フィールドポイント表面積範囲を占めている。


 法具活用の基本、ありかたから考えても、中心から順に置けるものではないことは、想像にかたくなく――配置したものにあたることも触ることもなく、人間が頻繁ひんぱんに行き来できる規模きぼでも間隔密度かんかくみつどでもないのだ。


 ちなみにこれは、セレグレーシュが後に作業の合間にもれ聞くこと~後で知ること~だが――、

 スタンオージェは、現場の部屋そのものを自分が作業するのに適した方向に改造したがっているらしい。


 資金的な問題以外にも、こういった目的で利用される施設全体の運用スケジュールの都合があり、構造を変えることで生じる影響も懸念される。

 築かれたもともとの目的が異なる公的な建物なので、申請してもなかなか許可が下りないようだ。


「前もって、心力充填しんりょくじゅうてんしておいた道具を、それ以上の心力投資もなく制御コントロールして、望む成果を導きだそうというんだ。

 形成段階で自在にくわえられる心力干渉かんしょう……梃子てこ入れがない分、より、道具の性質、相性にかたよった組みあがりになる」


 師範がおこなおうとしているのは、非常に繊細そうな作業だった。

 おうおうに、注意力神経と体力を消耗するだろうことは、想像するにかたくない。


 紙面上に記されている数値も、に入りさいに入り。

 たとえ対象がおなじ種類の法具だろうと、いちいち配分が異なってくる内容の細かさなのだ。


「分類条件が違うから、片付け目的だろうと〝仕分けわざ〟は無効だぞ。

 法印構想……法具の可能性は未知数で、この先、どんな技術・道具が見いだされるかもわからないが、まだまだ……なんでも可能なわけではない。

 素材、性状で片づけるのとも違うし、いちいち目的・条件を組みこむのも事だろう。手でやったほうが、まだ速い。

 まあ、部分的には可能かもしれないが、いまはひかえろ。

 手間ではあるが分類ぶんるい精査せいさの訓練にはなる。がんばってみろ」


(使う使わない以前に、オレ、〝仕分け整理〟とか〝片付け整頓〟系の法印構成は、まだならってないんだけど……)


「それなりに改良をくり返してきているから、この構想に関して、ある程度の自信はある。

 だが…。

 困ったことに、これを持ち歩くとなると、けっこうな荷物になる。

 隠蔽いんぺいして所持するというのは(とりだすにも心力が必要になるから)問題外だ。

 それなりの環境でなければ配置することも叶わないし、心力を宿した道具が干渉しあわないよう維持するのにも事欠ことかく……。

 それがどうにかなったとしても、ささいな手違い、トラブルで紛糾ふんきゅうすることだろう(事態がもつれ、現場が混乱するだろうな――なにか、いい手立て……手段はないものか……)。

 参考にするから、気づいたこと・思いつくこと。ひらめきがあったら提案してくれ。

 まったく関係ないことだろうと稚拙ちせつな発想だろうとかまわない」


(…初動で干渉しあわないようにしているだけあって、ばらばらだ。これを組み合わせて働かせるとなると……。

 入れ替えたり加えたり、外したりするみたいだし、間違えず動作させるのは難しそうだ。

 一朝一夜では、まず無理。

 構築……配置し始めると、手順ごとのタイミング、タイムリミットがありそうだ。

 となれば、体力も瞬発力も、精神力もいるし、ひと通り、頭に叩き込んでからじゃないと……

 叩き込んだとしても、手間どったり間違えたりすると――…)


 過程を憶測しながら、初期構成の半分ほどまで目を通したセレグレーシュは、そこで、ぽつりとこぼした。


「これ、形にするのは…かなり……(至難の業大変なんじゃ……)?」


「うん。この限りでもないしな。

 道具必要が多く、手がかかろうと、なかなか外せない。

 おなじ目的を成立させるにしても、使う法具が、おまえたちがもちいる構想の比じゃないだろう。

 叶うレベルの安全は図るものだし、数が数だから配置するのにも時間がかかる。

 できるだけ少数で可能な構想を意識しているが、それだけにな。

 人の手は二本しかないし、作業中、足を置く場所も迷うことになる。

 単純な目くらましは別として、こういった機能の構成を近次元亜空隠蔽いんぺいするというのも、夢のまた夢。

 すなれき……細かいものや溶液の部類は、段階的に散らすようにしか使えない。

 一度混ぜてしまうと、回収にも手間どる(……心力行使にけた術者がいないとどうにもならなくなるから、本末転倒だ)。

 液体類を中和するのも消化するのも使い手がいないと、いざという時、対処できなくなる(から)。どうしても外せない局面以外は、構成に組みこまないようにしている。

 化学的な手段で中和できるものもあるが、種類が限られてくる(後の始末も面倒だ)からな。

 なまじ、心力が宿っていたりすると、たいてい受けつけなくなるし…。局所的にも、反応が破壊的になる流れはNGだ。

 床を焼いたり天井を落としたりすると、後々うるさいからな。

 光や帯電する系統……波動、音波などは多感すぎて、全滅とまではいわないが、ほぼ対象外になる。

 それもこれもあれも課題なんだ」


〔つかえねーよな〕


 遠巻きに見ていたヘレンが、率直な感想を口にしたが、白髪の師範は特に気分を害したようすもなく、表情だけはしみじみと呟いた(口調は冷めている)。


「うん。先はながい…」


 ひたむきに据えられたそのまなざしは、粛々しゅくしゅくと足もとの配置を映している。


〔これで、ほんとに役に立つ~もの~になるのか?〕


「いつかはものにする予定だ。…たとえ、私の手で成らなかったとしても、いずれは誰かが達成してくれるものと信じている」


 野次やじられようと現実を事実としてそのままに受けいれる……研究者のかがみのような対応だった。


 〝いっぽうの相方に遠慮がないだけに、こうなるまでには、それなりの段階があったのかも知れない〟 ――というのは、

 彼らのやりとりを目のあたりにしたセレグレーシュの感想である。


 すべてがそうだと決めつけるわけではないが、がいして探求者の類は、一意いちいにとり組んでいる事柄にケチをつけられたと感じると過敏に反応するものだ。


 べつに研究者でなくても、一生懸命になっている事柄をけなされると、人間、嫌な気分になるもので……。

 

 鈍くて軽んじられたことにも気づかない者、

 信念のもとに受け流す者、

 立つ腹は別として柔軟に受けとめる参考にする(糧や考える機会にする)者、

 相手の着眼を多角的にみて、理解できる部分を受けとめ、不明は不明のままにして看過する者、

 剛気で意に介さない者と――。

 反応は十色といろだが、いずれにせよ。


 それと受けとめてしまえば人は、大といわず少といわず反発をおぼえてしまうものなのだ――(スタンオージェは、そこそこ達観はしそうだが、さきのような言動・仕打ちに、なにも感じないほど奔放なタイプにも悟りきれたタイプにも見えなかった)。


 ひと通り、予定項目に目を通し終えたセレグレーシュが、どこから手をつけるか、初手を迷いながら、散らかっている法具の分類に着手する。


 初期段階の構想がまとめられた数枚の紙面を片手にたずえたままだ。

 そこに、スタンオージェが参戦した。


手解てほどきするのが目的じゃないしなし。(私も)手伝おう。時間が惜しい」


 初手の配置だろうと数が数だ。

 これを初心者一人に任せっきりにしたのでは、一時間では済みそうにない。


 構成の理解を深めることが、的確に作業する上で有益といえば、そうだったが……。

 この場で欲しかったのは、問題を起こさないていどに制御された心力を投入するにる人材(ついでに配置する手)であって、片付けをさせるために望んだ助手ではないのだ。


「――レイス。おまえ、この後の講義は(たしか…)?」


「ん…。二単位授業連続だったので……」


「いっそ、さぼるだろ?」


「んー…(よくてもコレ片付けるだけでも時間超過タイムオーバーしそうだし……仕方ないかな……)。

 ですねー…そうなりましま…す(っと)」


 ふたりが、あっちへ、こっちへと足を運び、淡々と法具を分類し、片付けていると――(心力を宿やどしていないので、脚立きゃたつやはしご、マジックハンドなどは未使用だ。素材にもよるが、だいたいにおいて、多少、手荒でもOKな光景でもある)――、


 ひとり、暇を持てあましていたヘーレンドゥン~ヘレン~が二、三歩と踏みだし、気のままに手を差しだした。

 そうしてひろいあげた半透過性の白いキューブ型の法具を、いかにもさかしげなしぐさで見分し、種類分けされている一群のひとつにコトリと置く。


(あ…。それは、そこじゃないと思う。

 形は正六面それでも、最終的に外すもので……。

 頻繁ひんぱんな置き換えを支えるポイント……基軸になるもの…。

 タイプとして初期は〝おもし(※読みとしてはあやまり。正確に読むなら〝おもり〟)〟でしかない…だから…)


 セレグレーシュが思うともなく、目のはしに契約稜威祇いつぎの動きを見とがめた白髪の師範が、手に持っていた帯状の法具をその方面へ、ぶんと振りやった。


 べしっ!


 頭髪ごと、うなじを叩かれたヘレンが、瞬間、息を飲み、怒声をあげる。


〔…(痛)ってぇぞ!〕


〔手を出すな。二度手間てまになる〕


 師範が持ちだしたそれは、八センチ幅の太いリボンのように巻きとれる、場合によっては伸縮もするけっこうな長さのおびだ(用途や様式によって、材質・長さ・幅とも多様だが、いま使われたものは、八メートル余)。


 繊維のようにも見えるが、師範が手にしているものは材質的に金属に属する。


 板状とも限らないが、このように巻きとれる系統の法具や巻き貝構造を備えたものは、総称として《螺旋らせん》と呼ばれる――(巻きとれる性質があり、その方向に利用されることがあろうと、ひもや糸状のものは、その呼称の枠からはずされている~条件外~――単純に印象による呼び変えで、形状や材質、素材そのままに呼ばれがち)。


 当然のことながら、その道具は、いまスタンオージェがおこなったような目的で使うものではない。


さわってんじゃねぇっ。俗物畜生が! わざとだろ…っ〕


 その稜威祇いつぎの場合。ありがちな生物と違って、首などより、頭髪の方が弱点になるのか……


 ——〔あぁ、やっぱりやっぱ。うう~くぅぁぅわぅぁ……〕と。


 彼は衝撃を受けた部位を抑えることもなく。ただひたすらに自身をかばい抱きしめるようにして両肩に爪を立てて、うつむいた。

 小声で、妙なうめきを発している。


 セレグレーシュの予測では、〝ぐわんぐわんじゃわじゃわ(擬音は憶測)〟と感覚を乱す霊的な波紋が、髪の根本を通りこし、脳内を中心に全身に波及はきゅうしながらうずまいいている。

 いまのところはこらえが利くレベルなのか、倒れるほどではないようだが…。


 いっぽう。

 加害者のスタンオージェは、契約稜威祇いつぎの苦境を黙殺し、なにごともなかったように作業を進めていた。


(なんだかなー…。どういったどうゆう境地から意気投合して契約する流れになったのか、わからない人たちだ……――そういえば、〝事故だ〟とか言ってたか……)


〔時間だ…。あぅぁ……油断した! ひどい目にあった。

 これだけ尽くしてやってるのに、やるのか?

 仕置きのつもりか?

 これだけは我慢できない……〕


 セレグレーシュがなんとなしに周囲の動向を意識し、そのへんにいる人たちの状態を勘ぐっているのをよそに。

 赤褐色の髪の稜威祇いつぎ。ヘーレンドゥンが、ぶつぶつと苦情を述べ~嘆き~ながら、実習施設から出てゆく。


「あいつは、一日三度のティータイムと遅めの朝食が日課なんだ」


(……一日三度のティータイムと遅めの朝食…?

 お茶と食事が逆じゃないのか逆じゃなくて?)


「理由は聞いてくれるな。さすがに私も落ちこむ……」

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