寄り道.4


 《法の家》には、主に座学に使用する《教習施設》と実技指導・訓練に利用する《実習施設》が、大小、それぞれ一〇ずつ存在し、その八割ほどが~主に~敷地の東半面東側に集中している。


 赤褐色の髪の若い稜威祇いつぎが案内したのは、そういったまなのひとつ。

 中枢の円庭から、住人の主な活動区画区域へいたる傾斜をのぼりきったところで、ちょうど真東に位置近接する建物。


 ――《第一実習室》だった。


 肩書立場に応じた規制があるなかにも、この種類の施設は、未使用時、昼夜を問わず開放されている。

 施設の細々とした備品~法具~を利用するぶんには許可がいるが、積極的な活用が推奨もされるので、教え手・学び手とも、活用する者は少なくない。


 講義がおこなわれていなくても、入れば他人ひとに出くわすのが日常だったが、

 なかでも、この〝第一〟と名の付く実習の場は、いていることが珍しいことで知られていた。


 利用しようと思っておとずれても、だいたい〝他をあたれ〟と退しりぞけられる。


 紫外線対策が確かなことから、とあるアルビノの師範がぬしのごとく住みつき、その建物を、ほぼ独占的に利用しているのだ。


 その機能――紫外線遮断しゃだん効果は、十四、五年前。わけあって、いくつかの施設にあとづけで整えられた設備だという。


 対策が確かといっても、陽の光がいっさい入らないわけではなく……。

 そういった法印構成がほどこされている天井直下(建物内部)に、刺激の強い特定の波長が侵入しないというだけのことだ。


 その効果は、たとえ日が傾き、光が斜めに射しこもうと確かなので、先天的なメラニン欠乏に対する対策であれば、あえて閉めきらなくても充分かなりまでようをなす。

 それでも羞明症状しゅうめいしょうじょうでもあるのか、その師範がいる時は、だいたい、窓などの開口部に紗幕しゃまくがおろされている。


 中に入ってみると、やはり。目の細かい薄手のカーテンが粗方あらかた引かれていた。


 光を完全に遮断シャットアウトできる日除けスクリーンは、収納されたままだ。


 その日は快晴。

 太陽はまだ高い位置にあり、空は青く晴れわたっている。

 明かりが灯されていなくても、室内は、さほど暗くなかった。


 アルビノといっても、《天藍てんらん》と呼ばれる血統――亜人の類である。


 日中、素顔をさらしたまま出歩いている姿も見かけるので、繊細そうに見えても、それなりの耐性をそなえているのかもしれない。

 彼の場合は、稜威祇いつぎとの契約が成立していることによる、わけありの結果である可能性も考えられた。


 教壇に立ち。手にした紙面に目を通していた白髪の師範、スタンオージェは、その場立ちにくるりと向きなおり、来訪した面々を黙認するともなく、持っていた束ねを最寄りの卓上におろした。


 手放てばなした紙面ものの上に、右手の指をつく。


 師範が紙をとおして片手を乗せた卓上には、いま彼が置いた紙のかさねのほかに、まとめられた紙面が五つ、波状に並べ置かれている。


 さらにその手前には、底辺の一端を基軸としておうぎ状に展開されている十二枚の用紙があった。


 ついで、ほかの同目的の施設では、あまり見ることはないが、この第一実習室で、そこそこ頻繁に見かけられる備品として、


 高さが一致する六台の〝み台〟と多機能型の〝はしご〟が複数脚――(梯子はしごは五本あって――うち、一本が伸縮しんしゅくのみ可能な長梯子ながばしご。のこりの四台が高さ・長さ・状態が立体変形可能な多機能型で、足場台にもなるもの)――。


 幅二五センチ強・長さ三メートルあまりの合金製の板(五倍15メートルほどまで伸縮可能・表面に滑り止め加工有)が六枚。


 伸び縮みする拾得用工具リーチエクステンダー(リーチャー)(いわゆるマジックハンド)が二基ふたつ――


 計・五種(脚立・はしご二種・合金板・補助具)十九しなが、

 師範のいる教壇の向こうや、かたわらに確認できた(――実はスタンオージェの私物。実態を知らなくても教え子たちには、そなえつけの備品と同列感覚で、使用にさいして許可が必要なものと認識されている)。


きみは、某氏だれか実習講義に出ているんじゃなかったかな……。まぁ、いい。こっちへ来て、これを見てみろ」


 これと示された教壇の前面。

 せまくはない講堂の床には、広範囲にわたって、大小、いちどきには数えられない数の法具が散らばっている。


 球形や筒型、箱型などの幾何学立体はもとより。

 線形、帯状、面状、れき状と……形状かたちは様々だ。

 しかし、法印を築く上で、定番とされているこいしよりこまかなすな粒子こな、それに、分子模型のような集合立体は一つもない。


 部分部分に、静止状態の分子構造を思わせる規則性を見いだせないこともなかったが、全体を見れば、積み上げた法具がかさならないよう、放射状にならし広げたような配置。


 注意して見なくても、部分部分に円や正十二角形、放物線など、幾何学的な流れが見えてくるだ。

 全体を見れば、はちゃめちゃなようでもあるが、ひとつの型におさまることなく、ほかと混ざりの組みあいで異なる規則性を築きあげているように思えてくる入り乱れが、そこかしこに認められ、その形状から外れる飛び出しも無数にある。


「なんだと思う?」


「課題の準備……授業の予行か、なにかですか?」


「ありがちな判断だなところか……。

 無難とも順道じゅんどうとも言えそうな解答だが、不正解はずれだ」


 白髪の師範は、ゆったりした動作で教壇の手前に移動すると、床に散らかっている法具を見おろした。


「私は、この通り、天藍てんらんの出身だからな…。その道を目指せるほど心力に恵まれているわけではない。

 法具師としても、いささか能力がかたよっていて、いまとなっては物体に干渉~製造~する方がいまいちでな……。

 教鞭きょうべんるかたわら、こうして趣味にきょうじている」


 まわりこむことで後ろになった教壇のふちを後ろ手にとらえ、なかば重心をあずける。


「まだ、目標には届かないが、借りものの力で、どこまでのことが可能になるのか……法印構築の研究をしている。

 君にとっては、必ずしも必要ない横道よこみちになるが、法印を構想するさいの参考、発想の助けにはなる。

 心力消耗や非常に備えて準備しておくと、いざという時、役に立つことがあるかもしれないな」


 その赤色の視線が、セレグレーシュに向けられ、ふたたび、足もとに散らかっている法具におりた。


「これを実用化する上で課題も少なくないが…――ともあれこれは、初期配置の予定だ。

 完成させるためには、さらにひと手間、ふた手間(といわず手を)かけることになる。

 これに心力を投入するにる奴を捜していた」


 くるりと身をかえして教卓に向きなおる。

 そして、卓上に見た紙面の束をひとつ持ちあげ、こころもち手前——セレグレーシュがいる方のはしちかく。おなじ机の上に置き直した。


「予定としては、この数値バランスになる」


 入り口付近で足を止めていたセレグレーシュが、走りださぬまでも迅速に距離をつめる。


「…いいんですか、これ。オレが触っても……」


 床に散らかっている法具を左下に気にしながら、たどりついた卓上のはしに、それと置き直されて示されていた紙面に視線を注ぐ。


「まぁ、問題はあるかもな。普段なら、その道の玄人くろうと……現役連中や修士(課程)から上の奴しか使わない」


 一番上にある記述を目でたどりはじめていたセレグレーシュが、はたとおぼえた躊躇ためらいにおもてを上げ、師範を見た。

 そうして確認できた白い面貌の中。赤色せきしょくのまなざしが映しているのは、いま、そばにいる教え子ではなく、一瞬前まで、その教え子~彼~が目を向けていた紙面の情報だった。


「これは少量の萌気ほうきを増幅し、一定の領域に維持する構想で、《絆》仕様でも《封魔》方式でもないから平気だ、とは思う。

 心力バランスに一縷いちるの狂いも許されない綿密な構成になるが、君なら、やってできないこともないだろう。

 むしろ適してるかもしれない。

 だが、まだ、仮説検証している段階だ」


 その視線が入り口と教壇の中間にいる稜威祇らふたりをそれとなく映して手もとに戻された。

 ともなく、伏目加減に指示が下される。


「なにが起きないとも限らないから、ヘレン、おまえは、そこの稜威祇いつぎ(を)連れて、茶でもしに行け。終わるまで、この建物に近づくな」


ことわる」


 短い言葉で拒否したのは、より年若に見える方……アシュヴェルダだった。


ことわられたぞ〕


 不服そうにうったえたのは、外見的には年長に見える赤褐色の髪の稜威祇いつぎである。


「われは席を外そう」


 どうやら、余人と行動を共にする行為に異をとなえただけだったらしい――

 アシュヴェルダが、ひとこと告げ、となりにいた稜威祇いつぎ、ヘーレンドゥンには目もくれずにきびすを返した。


 そうしてひとりが去っても、いまひとりは動こうとしなかった。

 そこで、スタンオージェが立ちつくしているパートナーに向け、そっけなく指示をだす。


「おまえも行け」


〔茶の時間には、まだある〕


「なにをこだわっている? いつもなら、そうしてるだろう」


はつ見えだから、成り行きを観る〕


「そうか……なら」


 遠慮も反抗もなく。ごくあたりまえのことのように平素の姿勢で応じた契約稜威祇いつぎを視界に。

 眼睛がんせい(黒目)が群青色で赤い虹彩を持つ臨時講師——スタンオージェのようすも淡々としている。


 ただし。事実解明にもちいる言語は、そこで一時的に変化した。


この彼これに目をつけて連れてきた所懐しょかいを聞こうか〕


〔…。近場そのへんに居て、パートナー、必要としてなさそうな奴で、心力を評価されていた〕


「場当たり的な手抜きとしても(ふたつ目の理由が少し気になるが)……。まぁ、いい」


 言語を人の使うものにもどしてぼやき、そっと肩で息をしたアルビノの臨時講師。スタンオージェの注意が教え子へと逸れる。


「レイス。手伝う気はあるか?」

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