寄り道.3
〔オレ、まだ、おまえの言うこと、正しく理解してないのかも知れないけど……。
そんなこと言われたって、実感わかないしさ……(少なくても父さんは、大事にしてくれた。優しかった…。血がつながってなかったとしても……。つながっていなくても、父さんは、父さんだ。人に嫌悪される能力があっても、否定せずに育ててくれた。それに、もしかしなくても、そうなっていたら、ヴェルダとは、それっきりになっていたんだろうなって気がしないでもないし…)
——だったら、どうだったなんていう変えようもない過去は、改善の余地がなくて参考にもならないなら、考えるだけ無駄だ〕
父のこと、自分の能力がもたらした過去の事象が想起されたが、セレグレーシュは、自身に言い聞かせるように断言した。
そんなのは、いまさら考えても仕方ないことなのだ。
〔たぶん、オレ……。おまえの言った通り。真名でだいたいそいつがどんな奴かわかるんだ。
なんでわかるのかはわからないし、勘違い(とかで)……わかった気になっているだけなのかも知れないけど、それでも——…
(真名は闇人の本質……《
現状をどうにかしたかったセレグレーシュは、必死の思いを抱えて考えをめぐらし、そこに解決策を。
いま自分がさらされている現状の
(――たぶんヴェルダは、永い
きっと、人の寿命よりも永く…。
そうだな……。三〇〇年と少しくらいか…――あてずっぽうだけど……。
とにかく、そのくらい永い時間、大人にもなれずに……。
だから、すれちゃって…。
疲れて…。気弱っていうか、人との関わりに投げ遣りになって…。
あきらめることに慣れてしまって…。慎重になり過ぎて……とり残されることを恐れて…。慣れようとして……。
意地があるから、強がって…。
わざわざ、こんなこと言うのは、過去の自身の
そうした結果がどう転ぶにせよ、早々に決着つけて離れてしまおうとする底意地からで…。
きっと、理想が高くて
だから、離れていかずにそこにいるのは、もしかしたら……じゃなくて、たぶん……いや。絶対それは、オレに未練があるからで…。
これと思うところでは、
……――そういえば、〝変わったものに興味がある〟とか、言ってたな……。
たとえ、ヴェルダが見ているのが、オレのこの変な能力だとしても…。……異常さでも…。
これがオレで、オレはオレなんだし……そんな現実は、変わらないから…。
いま危うくないなら、どうしてそんなの急ぐんだろうとも思うけど…。のんびり泰然と構えて見えるのに、なんだか生き急いでいるような…。
どこかへ行ってしまいそうな感じもして……。
じっさい、一度いなくなったし…。
おそらく、オレが《
来ようとしなかったら…。あきらめて、辿りつけなかったりしていたら、きっと。
二度と会えなかったかも知れないんだ……)
いま、かたわらにいる闇人には、そんな面がある――そんな気がして…。
思い至ったセレグレーシュは、ここは負けられないとばかり。懸命に言葉をくり出した。
〔
責任とれって言っているんじゃない。
それが〝
オレ、人間だから、弱いし。対等なんていうのは、無茶なのかもしれない…。たぶん、おまえほど長く生きられなくて…。
じーさんになっても、こんな子供みたいなこと言って、
ぼけて手がつけられなくなるかもしれない。
ついていけなくなるかもしれないわけだけど……それでも。
そんな先のことよりいまは、おまえと友人になりたいんだ!〕
相手を説き伏せようと懸命になっている青磁色の髪の少年のかたわらで。アシュヴェルダは、いま歩み行こうとしてる先の地面を見つめていた。
その瞳の虹彩は、深い思慮を感じさせる飴茶色だ。
登りきったことで地面が平坦になり、色彩の統一された石畳に出る。
わずかに先行していたセレグレーシュが歩む速度を落としたので、対話しているふたりが並ぶ位置付けになった。
アシュヴェルダは、そこで、ふと、足を
すると青い頭をしたとなりの彼、セレグレーシュも立ち止まり、進むのを
変に合わせてくるとなりの動きに少し〝むっ〟としながらも、より年若に見える少年、アシュヴェルダは、もう無心に
結果、二者の歩みが
彼らの三歩
〔…なぁ。おまえのこと…(ヴェルダとアシュ)どっちで呼べばいい?〕
〔好きにすればいい〕
〔君の過去に関わったことを話したのは、自分が納得するためだ。われは結果から責任を感じてここにいるわけではない…――盲信されるのは迷惑だ…〕
〔盲信……とか、迷信と。信用・信頼は違うだろ…〕
仲よくしたい思いはあっても、うっとうしさを言われるほどべたべたしたつもりのないセレグレーシュとしては、抗議したい衝動、不満もくすぶる。
頬を
他に頼る者がなかった幼いころは、そうだったのかもしれなくて。かなり依存もしていたのだろう。
けれども…。
ヴェルダは、自分のことを――セレグレーシュのことが嫌いないのだろうか…?
なにか理由があるのだとしても、そこまでではないはず――迷いながらも彼は、そう結論づける。
嫌われていたら、この人は、きっと、いま
一次考査……《月流し》の時だって、助けてはくれなかっただろう。
そのへんは、確信があった。
だから、不思議とがっかりはしなかった。
信頼されてないことはたしかで、少し……いや。かなり
自分がそう思いたくないだけなのかも知れなかったが、相手は闇人なのだ。
嫌っていたなら、この程度のことで…。
石を所持していた経緯を
事実関係を話すにしても、そこまでする必要がないのだ。
〔あたりまえのことだけど…。オレのは、少なくとも前の二つ……妄信でも迷信でもないから!
むかしは…、…そうだったかも知れないし、わからないけど、少なくとも
精神面も経験も充分じゃなくて、まだまだなんだろうけど……それでも、身体はもう、かなりまで大人だからな!
過ぎた事なんて、いいんだ。
肝心なのは、いま、どうあって、どうするか…。どうしたいかだ!〕
セレグレーシュとしては、友情を……。
好意を押売するつもりはなかった。
仲よくはなりたいが…。
気を許せるまでにはいたらなかったとしても、隣人として、存在を認めてつきあってゆくことは可能なはずだと――そう思いたかった。
執着している自覚もなく……ただ、これだと思っていたから――。
とにもかくにも見つけた感覚があったから、へこたれることなく食いさがる。
〔おまえにとって、オレが友人として
いつもじゃなくても、目的・利害が一致すれば、協力して行動を共にする……失敗も
秘密や問題を抱えていても、なにもしなかったとしても、
まだ、わからないことが多過ぎて……親しいって言える段階じゃなくても、そこから始めないかって言ってる!
これは望みで、提案だ。
おまえのその行動だって、裏を返せば、そうなんじゃないのか? (なにかわからないけど、オレに対して、要求が…。些細なものか、とんでもないものかもわからないけど、きっと、求めているものがある…)
そうでなかったとしても…(乗りかかった船とかとかいうやつで、ほっとけなくて、惰性や同情でそこにいるのだとしても、かまわない)…きっかけなんて、それぞれなんだし…〕
短いようでいて永い。永いようで短い時を生きてゆく上で、これを友人にしたい。
その信頼を得たいと思うし、力になりたい。
機運が合えば手をとりあい、時間を共有したい。
世界のサイクル……在り方からみれば、ほんの一寸に過ぎない、微々たる期間…わずかな接点だろうと、自分にとって、これは意味のある、とても貴重な体験、機会であるように思えたのだ。
拒否されたなら、それはそれで、そこまでなのだが……。だから、とにかくセレグレーシュとしては、どうにかして、その相手を引き止めたかったのだ。
なぜ、自分がそこまでこだわるのか…。
その人に認められたいのか……。
理由は確かなようでも、あやふやで…。
根っ子のところでは、わかっているような予感があるのに、不透明で…。いま、この頭では、ほとんど理解できていない。
ようやく見いだせた反動のようなものかもしれないし、単純に、幼いころ助けられて、支えられた経験のすりこみなのかもしれないのだったが、それでも…。
相手に
あふれだすほどの情動……願望があった。
アシュヴェルダの望み、要求……目的が、自分の手に負えるものでなかったとしても、自分にできることが、きっと。なにかあるはずだと……。
たとえ、耳を傾けることしかできなかったとしても。
うち明けてもらえなかったとしても。
なにもできないのだとしても。
交流が
〔オレのこれは盲信じゃないよ? 確信だからな!
それで、勝手に信じたいと思ってるから……決めた。オレ、おまえのこと、〝アシュ〟って呼ぶ!〕
〔……霊音は
〔…。気をつける〕
それって、自分に呼ばれたくないからだろうか? と。
育った環境のトラウマもあって、消極的な発想に
(これは、
耳にしたからといって、必ずしも明確にとらえられると限らないものでも彼の本質を
――なにか迷いや抵抗があるにしても、名を渡してくれたのだ。
それなりの思いはあるはずだから、きっとまだ、嫌われてはいない、と。
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