寄り道.3


〔オレ、まだ、おまえの言うこと、正しく理解してないのかも知れないけど……。

 そんなこと言われたって、実感わかないしさ……(少なくても父さんは、大事にしてくれた。優しかった…。血がつながってなかったとしても……。つながっていなくても、父さんは、父さんだ。人に嫌悪される能力があっても、否定せずに育ててくれた。それに、もしかしなくても、そうなっていたら、ヴェルダとは、それっきりになっていたんだろうなって気がしないでもないし…)

 ——だったら、どうだったなんていう変えようもない過去は、改善の余地がなくて参考にもならないなら、考えるだけ無駄だ〕


 父のこと、自分の能力がもたらした過去の事象が想起されたが、セレグレーシュは、自身に言い聞かせるように断言した。

 そんなのは、いまさら考えても仕方ないことなのだ。


〔たぶん、オレ……。おまえの言った通り。真名でだいたいそいつがどんな奴かわかるんだ。

 なんでわかるのかはわからないし、勘違い(とかで)……わかった気になっているだけなのかも知れないけど、それでも——…

 (真名は闇人の本質……《じつ》をあらわしていて…。そんな感じがして……。名前真名以外のところで嘘つかれたら、たぶん……必ずわかるってものでもないだろうとも思うけど、変な確信がある時は……。その対象の素質…可能性……傾向、資性みたいなものは、きっと…)――正解なんだって……。

 そうでなければそうでなくちゃ、真名なんて正確につかめなくて、闇人だって、きっと向こうから呼べないから……〕


 現状をどうにかしたかったセレグレーシュは、必死の思いを抱えて考えをめぐらし、そこに解決策を。

 いま自分がさらされている現状の正解答えを見いだそうとした。


(――たぶんヴェルダは、永い期間あいだ、独りだったんだ…。

 きっと、人の寿命よりも永く…。

 そうだな……。くらいか…――あてずっぽうだけど……。

 とにかく、そのくらい永い時間、大人にもなれずに……。

 だから、すれちゃって…。

 疲れて…。気弱っていうか、人との関わりに投げ遣りになって…。

 あきらめることに慣れてしまって…。慎重になり過ぎて……とり残されることを恐れて…。慣れようとして……。

 意地があるから、強がって…。

 わざわざ、こんなこと言うのは、過去の自身のおこない・ふるまいに対する不満とか後悔……罪悪感。…嫌悪感と……。

 そうした結果がどう転ぶにせよ、早々に決着つけて離れてしまおうとする底意地からで…。

 きっと、理想が高くて潔癖けっぺきで…、どうでもいいことは、それとしても、これって思うことでは誤魔化しが嫌いで…。

 だから、離れていかずにそこにいるのは、もしかしたら……じゃなくて、たぶん……いや。絶対それは、オレに未練があるからで…。

 これと思うところでは、情が深いやさしいから……多少は〝切り離した〟とかいうのの責任意識……成りゆき。同情もあるのかも知れないけど…。

 ……――そういえば、〝変わったものに興味がある〟とか、言ってたな……。

 だけどけど。それでも…。

 たとえ、ヴェルダが見ているのが、オレのこの変な能力だとしても…。……異常さでも…。

 がオレで、なんだし……そんな現実は、から…。

 いま危うくないなら、どうしてそんなの急ぐんだろうとも思うけど…。のんびり泰然と構えて見えるのに、なんだか生き急いでいるような…。

 どこかへ行ってしまいそうな感じもして……。

 じっさい、一度いなくなったし…。

 おそらく、オレが《法の家ここ》を目指さなかったら……。

 来ようとしなかったら…。あきらめて、辿りつけなかったりしていたら、きっと。

 二度と会えなかったかも知れないんだ……)


 いま、かたわらにいる闇人には、そんな面がある――そんな気がして…。

 思い至ったセレグレーシュは、ここは負けられないとばかり。懸命に言葉をくり出した。


せいの短い人間の半生(…て、若死にする気なんてないから、半分でもないけど)、狂わせてしまったとか、罪悪感……責任でも感じているなら、投げたり逃げたりしないで、それを友情に変えろ。

 責任とれって言っているんじゃない。そういうそーゆーのがあってもなくても、つき離すんじゃなくて……これも縁だって腹くくって、前向きなものに転換して欲しいんだ。

 それが〝り〟だっていうなら、この《家》に誘導してくれたことで、充分すぎるほど返してもらってる。

 オレ、人間だから、弱いし。対等なんていうのは、無茶なのかもしれない…。たぶん、おまえほど長く生きられなくて…。

 じーさんになっても、こんな子供みたいなこと言って、駄々だだねるのかもしれない。

 ぼけて手がつけられなくなるかもしれない。

 ついていけなくなるかもしれないわけだけど……それでも。

 そんな先のことよりいまは、おまえと友人になりたいんだ!〕


 相手を説き伏せようと懸命になっている青磁色の髪の少年のかたわらで。アシュヴェルダは、いま歩み行こうとしてる先の地面を見つめていた。


 その瞳の虹彩は、深い思慮を感じさせる飴茶色だ。


 登りきったことで地面が平坦になり、色彩の統一された石畳に出る。

 わずかに先行していたセレグレーシュが歩む速度を落としたので、対話しているふたりが並ぶ位置付けになった。


 アシュヴェルダは、そこで、ふと、足をめた。

 すると青い頭をしたとなりの彼、セレグレーシュも立ち止まり、進むのをめた。


 変に合わせてくるとなりの動きに少し〝むっ〟としながらも、より年若に見える少年、アシュヴェルダは、もう無心にてっすることにして、先刻の以前と変わらぬ歩調で進みはじめた。


 結果、二者の歩みがそろい、しばし並列して示される過程を消化する状態になった。

 彼らの三歩乃至(ないし)五歩ほど先には、変わらず、我関せずの姿勢にも見える赤褐色の頭をした稜威祇いつぎの背中がある。


〔…なぁ。おまえのこと…(ヴェルダとアシュ)どっちで呼べばいい?〕


〔好きにすればいい〕


 無感動にあっさり応じたアシュヴェルダは、その上で、釘をさすように考えを突きつけた。


〔君の過去に関わったことを話したのは、自分が納得するためだ。われは結果から責任を感じてここにいるわけではない…――盲信されるのは迷惑だ…〕


〔盲信……とか、迷信と。信用・信頼は違うだろ…〕


 仲よくしたい思いはあっても、うっとうしさを言われるほどべたべたしたつもりのないセレグレーシュとしては、抗議したい衝動、不満もくすぶる。

 頬をふくらませぬまでも、口許くちもとに力をいれた。

 他に頼る者がなかった幼いころは、そうだったのかもしれなくて。かなり依存もしていたのだろう。

 けれども…。


 ヴェルダは、自分のことを――セレグレーシュのことが嫌いないのだろうか…? 


 そんなふうに~そう~、考えてみたセレグレーシュは、そくざに〝いな〟という答えにいたった。


 なにか理由があるのだとしても、そこまでではないはず――迷いながらも彼は、そう結論づける。


 嫌われていたら、この人は、きっと、いまとなりにはいない。

 一次考査……《月流し》の時だって、助けてはくれなかっただろう。

 そのへんは、確信があった。


 だから、不思議とがっかりはしなかった。

 信頼されてないことはたしかで、少し……いや。かなり寂寥を感じた寂しくはあったが…。


 自分がそう思いたくないだけなのかも知れなかったが、相手は闇人なのだ。

 嫌っていたなら、この程度のことで…。

 石を所持していた経緯をさぐられたくらいのことで、真名まで明かしたりしなかっただろう。

 事実関係を話すにしても、そこまでする必要がないのだ。


〔あたりまえのことだけど…。オレのは、少なくとも前の二つ……妄信でも迷信でもないから!

 むかしは…、…そうだったかも知れないし、わからないけど、少なくとも現在いまは……。

 精神面も経験も充分じゃなくて、まだまだなんだろうけど……それでも、身体はもう、かなりまで大人だからな!

 過ぎた事なんて、いいんだ。

 肝心なのは、いま、どうあって、どうするか…。どうしたいかだ!〕


 セレグレーシュとしては、友情を……。

 好意を押売するつもりはなかった。


 仲よくはなりたいが…。

 気を許せるまでにはいたらなかったとしても、隣人として、存在を認めてつきあってゆくことは可能なはずだと――そう思いたかった。

 執着している自覚もなく……ただ、と思っていたから――。

 とにもかくにも見つけた感覚があったから、へこたれることなく食いさがる。


〔おまえにとって、オレが友人としてるかはわからない。(だ)けど…。

 いつもじゃなくても、目的・利害が一致すれば、協力して行動を共にする……失敗もつまづきも成功も間違いも、生きているからあるんだし、受けとめて、十全は無理でも、できることはして、ささえあって…。

 秘密や問題を抱えていても、なにもしなかったとしても、そばにいるだけでも違う…(心を強くたもてる。こんなふうに……)意見が食い違っても……。それで、喧嘩になったとしても…。距離ができたとしても……。

 そういうそうゆうのを仲間とか、戦友とかいうんだ。

 まだ、わからないことが多過ぎて……親しいって言える段階じゃなくても、そこから始めないかって言ってる!

 これは望みで、提案だ。

 おまえのその行動だって、裏を返せば、そうなんじゃないのか? (なにかわからないけど、オレに対して、要求が…。些細なものか、とんでもないものかもわからないけど、きっと、求めているものがある…)

 そうでなかったとしても…(乗りかかった船とかとかいうやつで、ほっとけなくて、惰性や同情でそこにいるのだとしても、かまわない)…きっかけなんて、それぞれなんだし…〕


 短いようでいて永い。永いようで短い時を生きてゆく上で、これを友人にしたい。

 その信頼を得たいと思うし、力になりたい。

 機運が合えば手をとりあい、時間を共有したい。

 世界のサイクル……在り方からみれば、ほんの一寸に過ぎない、微々たる期間…わずかな接点だろうと、自分にとって、これは意味のある、とても貴重な体験、機会であるように思えたのだ。

 拒否されたなら、それはそれで、そこまでなのだが……。だから、とにかくセレグレーシュとしては、どうにかして、その相手を引き止めたかったのだ。


 なぜ、自分がそこまでこだわるのか…。

 その人に認められたいのか……。


 理由は確かなようでも、あやふやで…。

 根っ子のところでは、わかっているような予感があるのに、不透明で…。いま、この頭では、ほとんど理解できていない。


 ようやく見いだせた反動のようなものかもしれないし、単純に、幼いころ助けられて、支えられた経験のすりこみなのかもしれないのだったが、それでも…。

 相手に一目いちもくを置くセレグレーシュとしては、その人に自分と同じ思いのかけらでもあるなら、応えたいという強い意思。

 あふれだすほどの情動……願望があった。


 アシュヴェルダの望み、要求……目的が、自分の手に負えるものでなかったとしても、自分にできることが、きっと。なにかあるはずだと……。

 たとえ、耳を傾けることしかできなかったとしても。

 うち明けてもらえなかったとしても。

 なにもできないのだとしても。

 交流が成りたつ適(かな)うかぎりは……時節を成立させられるかぎりは――と。


〔オレのこれは盲信じゃないよ? 確信だからな!

 それで、勝手に信じたいと思ってるから……決めた。オレ、おまえのこと、〝アシュ〟って呼ぶ!〕


〔……霊音ははぶけ〕


〔…。気をつける〕


 それって、自分に呼ばれたくないからだろうか? と。

 育った環境のトラウマもあって、消極的な発想におちいりそうになったセレグレーシュだったが、ちらと相手を盗み見て、考えを修正した。


(これは、不用意な相手他の奴に、部分欠片なりとも知られたくないからだな……。

 耳にしたからといって、必ずしも明確にとらえられると限らないものでも彼の本質を表現する顕(あらわ)す音で…。それをオレには教えてくれたわけで…。うん……きっと、だいじょうぶだ……)



 ――なにか迷いや抵抗があるにしても、名を渡してくれたのだ。

   それなりの思いはあるはずだから、きっとまだ、嫌われてはいない、と。 

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