寄り道.2


〔……その気になれば、君は、闇人の名を読み解けるのではないか?〕


 ——平素は、そうする気が……意志がないだけのことで…。

 明かされなくとも、その気になれば本質を看破することが可能なのではないだろうか…? ——


 と。


 なかば以上、言葉にしなかった認識……憶測を腹の底に沈めながら、アシュヴェルダは話題をてんじた。


〔いつか話したと思う――闇人を呼ぶ東の魔女…。あれはセレスの母親のことだ〕


 意識して、聞き手の反応を探り見ながら。


〔……正しくは、その女が呼びこんだわけではないようだが…。成人間際まぎわの姿でありながら、自称人間で、一〇〇を越えていたそうだ。

 だから魔女といわれたのだと…。

 子を産んだ……その前後あたりからは、ありがちな人のように歳を重ね、老いたそうだから虚言ではないと…。(その前を知らないその男~彼~には)事実と言いきることもできないようだったが……(息子のほうは、人間でありながら、あの通りこのようなの形容・容姿で、半世紀が過ぎても……)〕


 アシュヴェルダの話に耳をかたむけていたセレグレーシュは、そこでなんとなく前方をゆく第三者の存在を意識した。

 話されている事柄は、自分には関係ないことに思えたが、深刻さが感じられる内容でもあったのだ。


〔よく知らないとか言いながら、けっこう話すんだな。余人もいるのに…〕


〔このやり取り(音・響き)は、その男に届かない――これをさばく種類の能を備えていれば違ってくるが……(それ以前に、なにか察していたとしても、行動するけはいがない…)〕


 警戒していないこともないようだが、アシュヴェルダに、第三者赤毛の男を強く意識しているようすはなかった。

 事を荒立てることもなく、淡々と事実を告げる。


くわしいわけでもない。……呼びこまれたという闇人に会ったことがあるだけだ。

 (その)彼に出会わなければ、きっとわれは、セレスと出会うことも……。(東へ……地境ちざかい到達するいたることも…)君を見かけることもなかった〕


〔呼びこまれたって、誰が?〕


〔……名など知らぬ〕


 話の流れから考えれば、呼びこまれたというのは闇人だろうから、名を知らなくても——呼称のやりとりがなくても不思議ではない。

 深く前後を考えることなく、たずねてしまっていたが…――

 ともあれ。ヴェルダって、秘密主義だよな……とか思いながら。

 セレグレーシュは、相手のそっけなくも苛立っているともとれる態度に、そっと吐息をついた。

 そしてぽつりと。ずっと、自分の胸の内側でくすぶっていた疑問を口にする。


〔…なぁ。……オレは、ひろわれた子供なのか? …やっぱり、亜人だったりする(のかな)?〕


〔君が留意りゅういするのは、それなのか…〕


 うんざりと。裏に倦怠あきれを多分に含んでいそうな、めた指摘が返ってきたので、セレグレーシュは息をのみ、相手の反応に隠された意図を知ろうとした。


〔なにか…いけないか?〕


〔悪いとは言っていない〕


〔う…(そうだ!)。じゃぁ、おまえが会った、魔女に呼びこまれた奴って?〕


〔そんなおもねりめいた質問に、われが答えると思うか?〕


 突然、心を閉ざし、交流をシャットアウトするような反応をかたわら(わずかに右手後方)に見たセレグレーシュである。


 理由でもなければ、自分から人と関わろうとせず、他者を大きくつきはなすような部分……距離を維持する面は以前からあったが、過去に比して、子供になったというか、短気になったように感じられた。

 前向きに考えれば、幼い子供相手の対応をめ、手加減しなくなったとも受けとれるのだが……。


〔ぜんぜん知りたくないってわけじゃないし、おたがいの知りたいこと・確かめたいことの最優先が一致するとは限らないだろう? 持ってる情報自体(が)一致していないんだ〕


 セレグレーシュとしては、わけがわからなかったが、自分の言い分をそのまま伝えて、相手の理解をうながそうとした。


〔わかりたいから会話するんだしさ。そいつがいなかったら、おまえがオレと……会うこともなかったってことじゃないのか? (たしか、さっき、そう言った…)〕


〔…おかしなところでさといから……〕


(え…?)


〔君が、十代の子供だという事実ことを忘れていた〕


 感情を読みにくい冷めた表情で指摘されたが、そうあっただけに。

 それと決めつけられ、〝見込み違い〟と愛想をつかされたようでもあり。未熟な子供指摘されたようにも思えて――…。

 必ずしも平和的ではない反応でも、対等のあつかいを受けたと前向きに解釈した直後だったから、ことさらに。

 セレグレーシュは、立腹しないまでも抗議したい思いを胸に、むっと意地をはって、しゃにかまえた。


 アシュヴェルダのほうは、単純に相手の若さを……。

 経年の少なさを指摘しながら、ときにはそれに不釣り合いにも思える思量……寛容かんようさ・心配り。こころざしの確かさを見せる事実を言葉にしただけだった――(そうして発した言葉は、どこまでも心象に過ぎない、具体性のとぼしいものであったが)。


 さして重要とも思わないところに相手のこだわりを見たので、話している内容の趣旨違いを表現し、言及げんきゅうはしたが、そんな実態をとがめる意志などつゆほどもなかった。

 ゆえに、自身が口にした言葉が備えたつたなさ・薄情さ・つれなさには気づいていない。


 そこに起きたのは、必ずしも万能ではない伝達手段ことばと両者の焦点の相違がもたらした、すれ違いである。


〔オレにすれば、おまえ、けっこう慎重で毅然きぜんとして見えるのに、時々、どうして、そんなに性急になるんだって思うよ。

 それで、勝手にれて、見切りをつける……(放りだそうとする。たぶん、こだわりが強いほど……それが思い通りにいかないと、そうで…。大事なこと隠して、我慢するだけ我慢して……。痩せ我慢して…。話さなきゃわからないことって、少なくないのに…――そう見えるし、きっと、そうなんだ――違うなんて言わせない!)。

 レンが連れてきた男と違って、いまあやういってわけでもないのに。

 それとも、おまえ、なにか危険なのか? あやうい事情でも抱えてるのか?

 (緊急でないにせよ、なにか…せっぱつまって、あせっているのかな……)〕


 とりあえず思いつくままの苦情をべたセレグレーシュが、自分ひとりでは理解も処理も解決もしえないジレンマに、口をとがらせたり、ひき結んだりしている。

 怒ってるわけではなかったので、その表情の前面には相手への配慮、自分が置かれた状況へのやるせのなさが押しだされていた。


〔…そうだな。われは、あれからまったく成長していないのかも知れない〕


 それと耳にして。セレグレーシュが肩越しに見た闇人の表情おもては、どこまでも冷めていた。

 しんみりと。うつむきがちに沈み、しめやかなようでもあり。

 静虚な落ちつきを感じさせるなかに、どこかかたくなさを秘めて、これといえる明確な感情を伝えてはこない。

 陽性のものだろうと陰性のものだろうと鎮静していて、そこにあるのだろう思いが、激しいのものでないことは確かなようだったが……。


〔君の物事事象とらええ方(気質)は、あの男と……。セレスとよく似ている気がする。

 対処や表現は、君よりそつがなく、はるかに老成していたようにも思うが…(心根がぐで、柔軟だ…。にぶいようでさとく、けているようで、かしこく……素直で…。これという事柄にはぶれがなく、悠々とかまえて譲らないしんがある)〕


 未知の人物と比べられたことで、セレグレーシュのほおがいっそう不満を表現してふくれた。


なにかなんか知らないけど、でも……。全然成長してないなんてことはないと思うし。

 そのままでも、おまえ、まだ伸びしろあると思うよ? (とどこおってはいるけど、身体的にも霊的にも…。速さ・方向、流れ……どんな症候だろうと。退化に見えようと躍進に見えようと動きだすタイミングは素質と環境次第だから、外見……。肉体と精神こころが一致しないことなんてざらで、個性で……それぞれだけど。生きている限り、人って…。生きものって、そういうゆうものだし……。…――闇人の類型の場合は特に。個体差があるなかに、霊的な総量・発散特徴・資質。生体としてのあり方の幅、容量が段違いだから、極端になるのかもしれないけれど――…)〕


 どんなにおもしろくなかろうと、その人がセレスそれを基準に考えているのなら…。

 そう、なぞらえて考えてしまうのなら、こだわっても仕方ないのだ。

 だからここは、外見的な年上らしく、自分が大人になったつもりで、と。

 セレグレーシュは、自分の考えを……。

 伝えたい思いを素のままに主張した。


〔それに、どこか似てたとしても、セレスはセレスで、オレはオレだ〕


 そんな人は知らないし、なにがどうあるのだとしても、今の自分ではないのだと。

 それに対し、アシュヴェルダは、すげなく突きはなすように宣告した。


〔断っておく〕


 うつむきがちなその表情は粛々しゅくしゅくとして、こころもち沈んでいるようでもあって…。


〔セレスをとり巻いていた闇人と……君を切りはなしたのは、われだ…〕


 微妙に硬いその表情の裏には、相手に対する怒りとも苛立ちともつかない相反する想い。

 葛藤かっとうひそんでいた。



 ――少し前まで、目のかたきにしていたこちらを相手に、この少年子供は、どうしてこう、無防備になついてくるのだと…。…――



 いっぽう。

 セレグレーシュは、セレグレーシュで、

 違うと言ってるのに考えをあらためない相手を右隣にして、ますます感情をくすぶらせた。


 いったい何が言いたいのか……こだわるのかと思い巡らすなかに、これといって返す言葉も思いつかなかったので、ままならぬ情動を持てあまし、ひらきかけた口を閉ざす。

 思いばかりがあふれて、とっさに、なにを言っていいか判断がつかなかったのだ。


〔君の養父もはじめは、君を彼らにゆだねようとした。その機会をつぶしたのは、われだ……。

 われはおのれの興味から、君をここへ誘導した…。

 すぐに冷めて放棄する、安い好奇心で…。君のこれまでの苦難は、われが導きだしたようなものだ〕


(――だから……だったら、なんだっていうんだ…!)


 口に出しそうになった思いを押し殺したセレグレーシュは、わずかに遅れてついてくる相手を、こっそり睨みすえた。


 口調そのものは淡々として激しいものではなくても、縮んだ距離を意図して拡げようとするような、牽制けんせいを感じさせる内容だったので、うつむきがちになる。

 なにか変に気にさわる部分があって。

 思いだしそうで思いだせもしなかったが、おおげさな結果を語られている予感がしたから……。

 彼、セレグレーシュとしては、そんな言葉を投げつけられている現実が、この上もなく理不尽に思えたのだ。


〔…むかしのことは、むかしのことだし、さっきも言ったけど、セレスはセレスで、オレはオレだ〕


 いま聞いた言葉では、全容など見えない。

 そこに葛藤があったとしても、自分ではない相手の悩みの度合いなど、明確に看破できるわけがない。

 世の中、結果だけで察せることも存在するが、きちんと順をおって話さないとわからない事柄が少なくないのだ。

 それに適合する特化した能力のない人間に可能なのは、気に病んでいる場面を見かけた時、過不足があろうと独自に推し量り、思いやるのがせいぜいだ。

 くわえて、その告白は、自分が父親だとかたくなに信じていた……信じていたかった人物がそうではなかったことを明確に示すものでもあったので、強い反発もおぼえた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る