勧誘者.3


〔……君。スタ師範と契約してる稜威祇いつぎだよね?〕


〔してねーよ。拘束されてんだ〕


 赤褐色の髪の稜威祇いつぎは、不服そうにあご持ちあげもたげ、胸の前でゆるく腕を組み合わせた。


〔…からめとられても、うけ容れているだろ。(そうでなければ、この形式は成り立たない気がする)……違う?〕


 セレグレーシュが思案がちに返すと、その相手は、所懐しょかい端折はしょりながらも事情の一端いったんを明かした。


〔こうなったのは事故だ。

 迷惑しているが、とっぱらっても、先がある保証はない。

 自分から飛びこんだわなといえば、そうだし、これはこれで救われている(予期してこう成ったわけではないが、望んだか望まないかを問われれば……望んだのだろう……)。

 なにかとりない奴ではあるが、あれはあれで見所ある。だから、つき合ってやっている。

 (わたしの)がらが悪くなったと、とやかく言う者もいるが、体は丈夫になった。問題はない〕


 そういった事実を詮索せんさくされるのが不快そうなのは、気のせいではないだろう。

 つけ込めるだけの能があるかどうかを別としても。おのれ自身の攻めどころを暴露するようなものなのだ。

 それでなくても、契約相手がいる稜威祇いつぎにとって、契約主それが弱点になるのは明らか明白なのだ。


 理由がそれ(弱みの秘匿ひとく目的)とも限らないが、《神鎮め》と呼ばれながら、契約している稜威祇いつぎ何者なのか……明確公(おおやけ)にしてない者もざらに存在しているのが現実現状である。


 ちら、と。

 事情の一端いったんを明かした稜威祇いつぎ威嚇いかくするような視線がアシュヴェルダの方へ流されたが、留意りゅういしながらも、その方面にかけられる言葉はなかった。


 どういったわけか、セレグレーシュに対する警戒心はつゆほども備えていそうにない。

 容易たやす凌駕りょうができる人間と軽んじているふうでもないので、そのへんは、これと見て真名を明かしたその稜威祇いつぎの心境にもよるのだろう。


 そこで、ふと思いたったセレグレーシュは、深い意味もなく、この場に居る自分以外他者…、ふたりの稜威祇いつぎ見比みくらべてたずねた。


〔…ふたりは知りあい?〕


〔いや。また聞きだ。見かけたことはあっても関わったことはない。察するに、そっちのは、おまえのストーカー追っかけだろ〕


 答えた赤褐色の髪の稜威祇いつぎが、ちらと冷めた視線をアシュヴェルダへとうじる。


〔知人になってやってもいーぞ。そっちの方~の~に、その気がある(の)なら〕


 発言に反し、意欲のほうは、さほどでも無いようだ。

 言いまわしにワンクッション置くような距離があり、すぐに双眸を伏せがちに逸らして、まともに対象を見ようともしなかった。

 それに対し、


〔「アシュ」だ。「トレース・アユスヴェーダ・ヒチ・ヴィヴァスヴァット」ともいう〕


 アシュヴェルダが、さらっと事もなげに応えて……

 セレグレーシュが、《アシュ》以下の、真名ではない聞きなれない人の域の語呂を頭の中で反芻はんすうしていると、その名乗りが向けられたあたりから、冷めた反応があった。


〔聞いたことのない家名だな。それで〝ひち〟を名乗るのか…〕


 その銀色をびた青い双眸が、まっすぐにアシュヴェルダをとらえている。


〔その意味……わかって使っているか? たわむれなら、めておけ。うるさい奴らもいる〕


も少なくないだろう。失われたものもあれば、縁なき相承そうしょう・混同、模倣もほうしょうじている。

 すでに、その数にも収まらない。

 さほどに重い意味があるとも思わないが……〕


 アシュヴェルダの反駁はんぱくには、揶揄やゆめいた、なにかしらの意図がありそうだ。

 真名ではなくても、名のひとつらしき響きをフルで示したのも、相手にならっただけではないだろう。


 うっすら笑っているのに、微笑みとも冷笑ともつかない表情をしていて、その瞳の色がいつの間にか、油断ならないおもむき黄にほど近い明度の高い琥珀色に変化していた。


 いま目の前にいる相手ばかりではなく、その背景にあるだろう者達の無知・愚かさ、こだわりの酔狂すいきょうさを指摘しているかのような……

 さりげなくも挑発的なので、喧嘩を売っているようですらあったのだ。


 対する赤髪の稜威祇いつぎは、にわかに唇を閉じ、こころもちあごをあげたかと思うと、高慢こうまいにも見えるしぐさでその対象――アシュヴェルダをすがめ見た。


〔…。「」だ〕


 唐突とうとつに霊音省略しょうりゃくした呼び名を告げると、即座にきびすを返して、これと思う方面を目指して歩みだす。

 知りあいにはなっても気は許さないと、態度と発言で宣言したようなものだ。


〔「《ひち》」って、なに?〕


 素朴な疑問を胸に。

 セレグレーシュが、かたわらの稜威祇いつぎ――アシュヴェルダにたずねた。


人間ひとがよくやるこじつけ、区別。選別・因襲のたぐいだ。

 便宜上べんぎじょうというには、度が過ぎているように思うが……。気が向いたら教えてやる〕


〔気が向かなくても、教えろよ〕


 セレグレーシュが遠慮なく返したことで、冷笑めいた笑いを収めたアシュヴェルダが思案がちに瞳を伏せる。


〔考えておく〕


 こころなしか、とまどい・躊躇ためらいを感じさせる解答のもとに。ふたたび開かれた彼の虹彩は、穏和な思量を感じさせる飴茶色に変わっていた。

 表情に気丈な猛々たけだけしさを残していても、そのまなざしがたたええる光は優しく、小気味よさげですらある。


(…また、目の色変わってる……。

 ヴェルダって、冷静に見えて、意外と感情の起伏が激しい?

 闇人彼らの瞳の変化は、体調・能力の発現、資質にもよる。傾向も個体によって違ってくる。

 たいがいがそうでも、外部から受ける反応の受動であれ能動あれ……他律的な場合もあって、本人の思いの推移すいいや体調だけに左右されるものではないけど……。

 でも…なんだろ。

 どっちでもあるんだけど、それだけじゃない……つかみきれない余剰がある感じだ…。

 うん。オレ、けっこう、向こうから来た者かこちらで生れたものか、そういうのは、わかる方だと思うんだけど。真名を知っても、どっちで生まれたものなのか、はっきりしない。

 どこまでもあやふやな部分がある……。

 プルーやテレマ(※ 〝テレマ〟はセレグレーシュが幼少時、呼び出した子)みたいに向こうの色が濃くて、無理なく自立的にまとまっているから――集約されているから見極めをつけにくい、というのとも違う――それだったら真名を意識してれば……押さえれば明確になるオレには判る…。

 根が深くて、単純にこっちに来たことで変化したとか、ゆがんだってふうでもなくて…。……。

 ヴェルダって、そのへんにいるこっち生まれの個体やつとか、向こうから来た闇人とは、少し違うみたいだ……)

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