勧誘者.2 


 …——〝ヘーレンドゥン・ヒチ・アールヴレズル〟——



 実名――それも、〝真名まな〟である。


 名乗りをあげるような流れではなかった。

 それなのに成された行動のとうとつさにセレグレーシュは、目をみはり、とうの稜威祇いつぎを見つめ直した。


 相手の灰色がかっているようにも見える(銀色びた)青い双眸が、まっすぐにセレグレーシュをとらえている。

 かたわらにはアシュヴェルダもいるが、ほかならぬ彼。セレグレーシュに対して提示された主張、名乗りのようだった。


 いま、そこ――小規模の森の始まりを前にして。いくばくかの草地を間におく位置にたたずんでいる男。

 人間に換算かんさんするなら、セレグレーシュよりふたつみっつ年上に見える若い稜威祇いつぎ


 セレグレーシュの感覚には、こちら生まれなのが明らかな混ざりのある個体で、そこそこ《真名》が維持される霊威の確かさがあろうと、亜人とも呼ばれるもの。


 《法の家》にあって。たびたび見かける中に、なんとなく、そんな気がしていたセレグレーシュではあったが、いまの名乗りで、どこかあやふやだったその男の状態、ありかたを〝それ〟と明確に理解する。


 その稜威祇いつぎが口にした響きは、それらしい霊音を含みながらも未完成で、〝彼〟という存在をしめすうえで〝適切精確な真名〟というにはおよばないものだったのだが、(そのようにある)にも関わらず、〝これなのだ〟というように〝〟されていた。


 真名それとして発せられた音、霊調に加えて、なにか物質的なものが本質に混ざりこみ、組みあっている様子さまが、まざまざと感じとれたのだ。


 誓約的な縛りがあるからだろうか? 


 その霊的波長に加え、なにか物質…《法具》に似たものが、存在として不安定な部分や不足のある部位に〝がっしり〟と、くい込んで、からみついているような印象だ。

 足りない部分と過剰な部分の均衡――バランスの不備がつくろわれ、吝嗇にもりんしょく/ケチくさくも、わずかもとり落とすことなく、すべてをまるめこみ、支えあう方向に矯正きょうせいされている。


 しんを含みながら、強硬かつ緻密な補正ほせいのもと、この存在ものというように、されている。

 人の目には映らないレベルの…――本来であればをとり込み、多次元的に混ぜ込まれて成りたっている状態が、正規表現としてされ、補強ほきょうされたうえで固定化されているのだ。


 いまのカタチこそが〝彼〟なのだと……その稜威祇いつぎなのだというように……。


ととえ、たもってる感じだ…。

 全体を見れば悪い構成でもないんだけど、無茶苦茶っていうか、〝むりくり〟っていうか……。巧妙ななかにも仕上がり……くくりかたがひどく強引だ。

 成り立っているようでも、単独では成っていない。には発想……。

 《きずな》の契約術式って、〝こんな〟なのかな?

 ……いや、違うな…。

 これは、やっぱり…。

 双方にどちらにもの要素がないと、成立しそうにない。

 法具を利用するにしろ、《きずな》の術式は、だいたいにおいて人間とその種類の存在とのあいだで結ぶものだろうから、多少、んでいたとしても、きっと、そのままじゃない。相応の工夫がされていそうだ。

 そういえば……。スタ師範は、《天藍てんらん》なのに、そうありながらどこか《天藍てんらん》らしくない。

 その系類というより、ありがちな亜人か……。亜人としても人間に近い印象がある。

 これまでは個性というか、遺伝形成・形質による具現ぐげん…発現……生命のたえあらわれだろうと、深く考えることもしなかったけど、これの影響……結果だったりするんじゃないかな……?)


 どんな手順で組みあげればそうなるのか――?


 修業も初期段階のセレグレーシュには、その技術的な部分……手法や過程にまでは分析がおよばない。

 けれども彼は、自然物であれ、人為的な構造であれ、その技能を学びだす前から、そうして出来たもの・仕上げられた構成の特徴、形……ものによってはその方向性や効果まで、素材や機構のありかたを精緻に感じとる生得せいとく……才能をそなえていた。


 それなりの集中力を必要とするので、興味がその方面に向いて、さわりなりとも読み解こうという明確な意思が生じなければ、本格的に働かないもの。

 そうする行為に少しでも意識的な抵抗があれば、動かないもの。

 かなり直感的で根拠が不確かだったりもするので、必要な情報や知識がなければ、感じとれても理解などしきれない――確信をいだくまでには到達しいたらないものであったが……。


 どうあるにしろ彼、セレグレーシュは、素材や物体の存在としての〝ありよう〟、状態……ね合いを感覚で読み解き、分析することにたけけていたのだ。


 いま、目にしている様式――


 とくに、その稜威祇いつぎ鎖骨さこつの下(着衣に隠されているので、いまは直接見えない)のあたりと、その頭蓋内部の芯まで達しているように感じられる髪の一本一本。

 姿……からだ、五体に、より濃くよりついて見えるでありながらでもあるような……対象の身に浸透した多次元的な造形……〝縛り〟というか〝支柱〟とでもいおうか、

 そこには肉眼では見通せない〝てこいれ〟のような組成が感じとれる。


 それはそれで物珍ものめずらしい現象で、

 どこか〝Cyberneticサイバテニック Organismオーガニズム〟――自然発生した生きものには、まず見られないサイボーグ的にも思える形質で……真新まあたらしいものを発見したような手応え……感触であり…。


 けったいなことに、それは、いま耳にした家名とおぼしき名字にまでおよび、に統合されていた。


 闇人……その係累がそなえる《真名》にアクセントや音のふし、ミドルネームのように準ずる響きがあらわれることはあっても、苗字のようなものはつかないものなのだが、いま、目の前にいる男の真名それは、すべての音がそれとしてみあい、組みあがり、支え合うことで強固にしっかと確立されている。


 そのしゅが一族名……かばねを持っていたとしても、それは個体の本質を示す真名とは異なる過程、経過によるものなので、普通はそれとして混ざり込んだりはしないものだ。

 さらに変則さを言えば、この文化圏において、姓名せいめいうじ・名字を備える存在ものとなると、かなり限られてくる。


 出るところに出れば素性すじょうが明白になる肩書や親族名・種族名のたぐいは、それをもちいる習慣のある限られた地域・組織の出身でもなくば、権力者や富豪、名族など、相応の背景を負った方面あたりに《称号》や《異名》として、なかば形骸化けいがいかされた様式かたちで、見かけるくらいなのだ。


 いずれにせよ本名を伏せ、通名や愛称でやり過ごしがちなこの文化圏においては、そういったものを帯びていても、(必要な場面でもなくば)伏せておくのが常識で――


 くわえて。

 容易には名を明かさない稜威祇いつぎ――闇人の系類の名乗り……。

 名字がついていて、自然にはあり得ない梃子入てこいれがあるなかにも、である。


 さして長い空白ではなかったが、いろいろと日常的ではない現象・事例じれいにさらされたセレグレーシュは、気圧されて、しばし黙りこんだ。


 すると、表面的には繊細な美少年にしか見えない稜威祇いつぎの銀色っぽい青色の瞳が、らされることなく高邁こうまいにひそめられた。


〔わたしは名乗ったぞ。おまえの名は知ってるが、これが会いめだ。反意はんいが無いなら名を示せ。礼儀だ〕


 そう。

 例の師範の周辺によく見かけはするが、これまでは、ずっと距離があった。

 めんと向かって言葉を交わしたのは、これが初回なのだ。


 要求されたのが、これという目立った肩書もない人間(にして平民)だからすんなり受け流されたが、稜威祇いつぎ同士であればありえない流れである。


 稜威祇いつぎ……闇人やその類型るいけいであれば、たとえ先に真名を明かそうと、そういった要求は御法度ごはっとだ。


 相手に服従を要求するようなもの。

 受ける者の気性にもよるが、大概は円満であろうと、その関係を壊しかねない冒険暴挙になる。

 喧嘩をしかけるにひとしい行為だ。


 とまどい面喰らいながも、理由(名を伏せたくなるような経緯)でもなくば、そういった事柄に抵抗を持たないセレグレーシュは、流れに逆らうことなく求め(催促?)に応じた。


〔セレグレーシュです。……よろしく…〕


 通名では満足しそうにないので、そのままに告げると、その稜威祇いつぎは真顔で受けとめ、もっともらしくうなずいた。


よしおーしっ! 宜しくされた。行くぞ〕


〔は? ――って……オレ、行くとは言ってないんだけど〕


ことわるのか? スタッドにそう伝えてもいいが、おまえは恩がある。ひまそうだし、来るだろう〕


 なにも暇でこうしているわけではないのだが、講義をすっぽかしてしまったので、そうではないと……自由にできる時間じゃないとまでは言えない。

 それまでは、彼にとって非常に重要度の高い話し合いの最中さなかだったのだが…――その男が現れたことで、そういった空気、雰囲気でもなくなってしまっている。

 あらたな疑惑が生みだされもしたが、それでも、これという部分は押さえた感があったから、セレグレーシュの場の流れに逆らおうという意思は、さほど、確かで強いものでもないのだが……。

 あまりに一方的で、強引にも思えた相手のかじ取りには、わずかなりとも思案の余地、ひと呼吸なりとも置いて検討す考え主張保持したくなる。

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