神鎮め3(前・後編)〈間 章〉よしふ……よしあり ~日常にひそむ様々なきざし ①~

ぼんびゅくすもりー

〈間 章〉よしふ……よしあり(前 編) ~日常にひそむ様々なきざし ①~

第1話 勧誘者 ~かんゆうしゃ~

勧誘者.1


〔…――おまえ。スタッドに力を貸せ〕


〔…。〝スタッド鋲(びょう)〟って…。もしかして、スタ師範のこと…?〕


〔来て協力しろ。心力が必要だいる


〔いるって…〕


 赤っぽい髪をした若い稜威祇いつぎ

 言葉を交わしたことはなくても、姿を見かけたことならある――それも、けっこう頻繁ひんぱんに……。


 人でいうなら十七、八歳くらいの様相ようそう

 Y字体型ながら、かなり細身の男子で……。

 いまはウエストのあたりまである真っ直ぐな赤褐色の頭髪の三割ほどを——日によっては二割ないし六割ほどまで——平布ひらぬのたぐいかばくるむ状態にまとめ降ろしている。

 こざっぱりとたもたれているその髪のたばねは、日々、型が変化するなかにも、持ち主の背中におりていたり、左右どちらか(ごくまれには両方)の肩の前に流されていたりするものだ。


 もちいる素材や様式スタイルの変化に応じて、つらなるおびや装飾的なひもからめられていたりすることもあるが、どうすればそれだけでめておけるのか……。

 たいていは確かといえる結びもなく、ゆるく巻きまとめられているだけに見えるので、ひょんなことで布地ごと、するりと抜けおちてしまいそうな状態にある。


 布地がそれに耐える特殊な構造をしているか、そうでなければ内部の各所にピンや固定具が仕込まれているのだろうことが予想憶測もされるが、ちょっとした動作にばらつきそうな髪が、強風に吹かれようと乱れる場面を目撃した者は、ほぼほぼ存在せず――

 物理的に見て、維持し続けることが不可能にも思えるその髪の状態は、この《法の家》にあって、比較的よく見かけられるその美貌の稜威祇いつぎの特性の一つとして、七不思議的にうわさされるものだ。


〔おまえはスタッドにりがあるはずだ。力を貸せ。今すぐだ〕


 その稜威祇いつぎと契約関係にある存在。

 …スタ師範……主にスタ、またはスタン。

 時には、オージ、オージェなどと呼ばれる場面も見かけるスタンオージェ師範。


 ちょうど目の前にいる稜威祇いつぎとおなじくらいの長さの白髪と赤い虹彩の瞳……それに、《天藍てんらん理族りぞく》の群青色ぐんじょいろ瞳孔どうこうを持つ、外見上は成人そこそこにしか見えない臨時りんじ教員。

 ぞくにいう亜人のたぐいで……。

 その男が何歳いくつなのかをセレグレーシュは知らない。


 その師範が、一般常識的なことから基礎的な講義をすべてとはいわぬまでもかなりまでうけっているので、文字の書き取りから入ったセレグレーシュからすれば、特に身近に感じられる教え手のひとりだ。


 あくまでも学ぶ上のことなので、現時点で私的な交友はなく……。


 セレグレーシュが、その男にりがあるとしたら、必須とされる部分に不足があるなか、次の段階へ進めるよう可点をくれたことだろう。

 ほかに心あたりなどなかったし、知りあってからこちら、とんと思いつく事柄もない。


 だいたいにおいて実技講習は、これと根ざす技能を実践へ移すにる知識と力量の裏付けがとれてから――もしくは、前もって身につけるべき知識を指定され、並行して受講するなかに、段階に応じて提起されるので、初歩の課題であれば、多少つまづいたとしても早いうちにコツをつかみ、自分のものにできるもの(らしいの)だが…――

 セレグレーシュは、その課題の初手。

 基本となる作業を確実にできなくて、散々、その師範の世話になったのだ。


(……。いいのかなとも思ったけど…。とりあえずお礼を言ったら、〝これが仕事だ〟って。

 教えるのも仕事だろうし、その言葉で納得しちゃったけど、それでも〝り〟になるのかな?

 どの道、けて通れないって警告されて、またそれで先に進めなくなっている。

 いろいろ教わったから、恩を感じてないわけじゃない。けど、つまづくのがこれだけすぐだと……)


 いま現在、カフゥことカフルレイリ講師の手をわずらわせていることを考えると、単に面倒だから放棄ほうきされたようにも思えてきて、〝貸し借り〟と指摘されることに承諾しょうだくしがたい違和感をおぼえてしまう。


 割りきれない思い――ちょっとした不服異論を胸に、すんなり受けとめることをしぶり、思案したセレグレーシュは、ふと、そこで、より近い距離にいる稜威祇いつぎ――アシュヴェルダが、くつろいだ笑みを浮かべていることに気づいた。


〔おもしろいものが見られるかもしれないよ。行ってみるかい?〕


 目が出会ったところで告げたその人の虹彩が、温和な飴色あめいろの発色をみせている。


 くだされた言葉の裏に、気のままの智慧ちえと信頼がひそんでいそうな妙趣みょうしゅ――

 そのありようは、彼がしたう過去の友人とのやりとりを彷彿ほうふつとさせ、大きくひらいていたふたりの距離がもとにもどったような……くすぐったくもなつかしい感傷をもたらした。


 そう。ヴェルダは、これという危険、危惧きぐがなければ、いつもそうだった。


〔…。おもしろいの?〕


 ふたりが素のままに言葉を交わしていると、森のはじまりまで来て足を止めた対峙者たいじしゃが、不満そうにうったえた。


〔気に入らないな。(非常に)不愉快だ〕


 縦横じゅうおう枝葉しようを伸ばす草木ごし。

 言葉を交わす彼らのあいだには、いまも十五歩ていどの距離が維持されている。

 足もとが障害物過多なので、実際に歩けば、先述に数歩加算されるだろう間隔かんかくでもある。


〔あれはあれで、一意いちいにとり組んでいる〕


 姿・形だけを見れば、線の細い色白な美少年。

 不健康とまではいわないが——(むしろ勁健けいけんな空気を背負っている)——その稜威祇いつぎは、生まれや立場身分とうとばれ、守られるのを仕事とする貴公子を彷彿ほうふつとするのに、変に態度が大きく、口調もぶっきらぼうで、上品とはお世辞にも言えない無骨さ・荒っぽさをたずさえていた。


 それでいて高邁こうまいなのか…——気を張っていることで、そう見えるだけなのかも知れないが——

 こちら彼らを見下しているようでもないのに、えらぶって感じられるのだ。


 我の強そうなそのまなざしが、値踏みするようにセレグレーシュの姿・在りかた、ようすを頭のてっぺんから足の先までとらえ映す。


 そこでなにを思ったのか、その稜威祇いつぎは……


〔わたしは、ヘーレンドゥン・ヒチ・アールヴレズルだ〕


 名を告げた。

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