第16話

「なんか今日はやけに疲れたな」


 学校からの帰り、裕也はいつもよりも暗くなった道を一人歩いていた。


 普段ならすでに2時間ほど前には家に着いているはずなのに帰りのホームルーム後に突如として紫織が教室まで来て裕也を探していたのだ。


 案の定紫織が裕也に気づく前に教室から抜け出したことでその場はなんとか切り抜けたが、どうやって来たのか裕也よりも先に昇降口に来ていたために帰るに帰れなかったのだ。


 結局紫織が諦めるまで学校から出ることができず、また紫織に感化されたのか橙佳も朱音もなぜか裕也のことを探していたのだ。


 そのため裕也が学校から出る頃にはすでに部活が終わっている時間になってしまった。


「この状況どうすれば逃げ出せるんだよ」


 裕也が現状に途方に暮れているといきなり背中を叩かれた。


 裕也は驚き背後を振り返る。


 見つかった、やばい、逃げるべき?いやもう逃げられないか?誰が来た?同じ家の方向なら橙佳か?いや、一条さんもここまでは同じ方向だったか?


 しかしそこにいたのは裕也が予想していた人物ではなかった。


「かみっちー、こんなところにいるなんて奇遇じゃん」


 それは部活のせいか肌が日焼けしており、髪は短く切られ口端から刃のような歯がチラリと見える元気な少女の姿だった。


「えっとー…」


 裕也は少し考える。


 この子誰だ?どこかで見たことあるような気がするんだけどな。そうだ、教室だ!同じ教室にいたやつだ。つまりクラスメイトだよな?でも俺この子と喋ったことない気がするんだけどな。


 その時、ふと目の前にいる少女の名前が頭に浮かんできた。


 楠本くすもと あおい、そうだこの子の名前は楠本蒼だ。これは橙佳のとかと同じ感覚だ。ずっと思い出せなかった過去の記憶が一気に流れ込んでくるような感覚。クソ、このシステムどうにかしてくんねぇーかな。


「えっと楠本さん?」


「なにその呼び方かみっち変なの。いつもみたいに蒼って呼んでもいいんだよ」


「えっ?あ、そうなの?じゃあ蒼」


「うん!かみっちとあたしの仲だからね。かみっちだけは特別、男子であたしの名前呼んでいいのはかみっちだけなんだから」


 蒼はニコリと満面な笑みで笑いかけてくる。


 どんな仲だよ。正直断片的な記憶を見ただけだから仲良いのかとかよくわからないんだけど。これ絶対このゲームのヒロインの一人だよな。やだなー、また増えるのかよ。どこまで増えるんだ?もうこれで四人目だぞ…。


 裕也は心の中で大きなため息をする。


「かみっちがこんな時間までいるなんて珍しいね。何かやってたの?」


「あぁ、いろいろとな」


「何やってたの?」


「んー、かくれんぼかな」


「いいなー、あたしも部活がなかったらそれに混ざりたかったなー」


「大丈夫、もう混ざってるから」


「何か言った?」


「いや、ただの独り言」


 二人はしばらく黙ったまま歩いた。


 歩いている最中、何度か蒼が裕也の肩にぶつかったりしてきたが裕也はそれに対して完全無視で貫き通した。


「そういえばさ」


「ん?どうした?」


「そろそろあたし大会があるんだよね」


「あー、水泳部だったっけか」


「うん、それでね、かみっち応援に来てくれないかなって」


「えっ」


 思いもよらない言葉に裕也は一瞬戸惑う。


→「もちろん見に行くよ。見に行くからには絶対勝てよ」

→「ちょっとその日は忙しいから行けないは」


 ふーむ、これはどうしたものか。正直行きたくはない。行きたくはないが選択肢が出るってことはどちらかはよくないということだよな。流石に今回は自殺するなんてことはないだろうが断ったら何をされるか…。


 裕也だってここまでこればどちらを選べばいいのかなど理解できる。


 しかしそれでもできるだけ面倒ごとには関わりたくない佐藤翔はわかっていてもそっちを選んでしまう男なのだ。


「ちょっとその日は忙しいから行けないは」


 裕也は下の選択肢を選ぶことにした。


 これが不正解なのはわかっているわかっていてもあわよくば穏便に済むのではないかという期待があったからだ。


 裕也の言葉を聞いて蒼の足が止まる。


 それにつられるようにして裕也も蒼より少し前で足を止める。


「あたしまだ日にち言ってないよね?」


「あっ…」


「かみっちそんなにあたしのこと応援してくれないんだ…」


 俯いているせいで蒼がどんな表情をしているのかはわからない。


 ただ裕也でも蒼が怒っているであろうことは理解できる。


 蒼はカバンの中に手を突っ込むと何かを強く握りしめながら取り出す。


 ようやく顔を上げたかと思うとその目にはやはりというべきか何度も見たことあるような濁ったような光の無い目で裕也のことを見つめてくる。


 手に握られたゴーグルを両手で強く引っ張りながら一歩一歩近づいてくる。


 え、うそだろ、俺アレで殺されるの?ゴーグルで殺されるの?何それ怖い、どうやって殺されるの?普通に無理、怖い怖い怖い。


「じょ、冗談に決まってるだろ。行くに決まってるじゃん。見に行くからには絶対勝てよ」


 裕也は慌ててもう一つの選択肢を選んでみる。


 助かりたいがために言った言葉だったが蒼の中まで響いたのか先ほどの表情が嘘かのように無表情から笑顔に戻っていた。


「もー、かみっちの冗談はわかりずらいよー。もちろん絶対勝ってみせるからかみっちも楽しみにしといてよね」


「あはははは、すごく楽しみだな」

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