第12話

 二人は職員室から準備室に物を運んだり、逆に準備室から職員室へとノートを運んだりとしているうちに外はもう暗く、部活をしていた生徒たちもほとんど帰ってしまっていた。


「神木くんのおかげで早く終わることができました。ありがとうございます」


「いや別にお礼を言われるようなことじゃ」


 裕也は朱音の笑顔を見て照れた顔を隠す。


 パシャ


「ん?」


 突如としてどこかからシャッター音のようなものが聞こえてくる。


「どうかしましたか?」


 裕也は周囲を見渡すが自分たち以外は誰もいない。もしかしたら朱音が何かしたのかと一瞬考えたがそれはありえないと首を横に振る。


「今何か聞こえたような気がして」


「そうですか?私には何も聞こえませんでしたが」


 それじゃあさっきのは気のせいだったのか?でもはっきり聞こえたような気がしたんだけどな。


「もう外は真っ暗ですね」


 朱音の一言で裕也は先ほどのはやはり気のせいだと断定して空を見上げる。


 日は完全に沈んでしまい、月と校舎の灯りだけが二人を照らしている。


→「暗いから家まで送るよ」と言い一条朱音について行く。

→「それじゃあまた明日」と言いそのまま家に帰る。


 またしても二つの選択肢が目の前に現れる。


 流石に家まで送るっていうのはないよな。家まで送らなくたっていまの世の中そうそう危険な人なんていないだろうし、特別中がいいわけでもない男が家までついてきても正直迷惑になるだけだよな。


 裕也は少し逡巡する。


 正直もっと一緒にいたい気持ちはある。普段なら絶対に二人っきりになることなんてないのだ。言い換えれば今がチャンスと言ってもいい。それに元々はデートの約束までした相手だ。今までどんな告白も断ってきた彼女が裕也にだけはおっけーをくれたのだ。もしかしたら彼女の中では自分はなにか特別なのではないか。


 裕也がしばらく黙っていると朱音の方から声をかけてきた。


「よかったら今から家に来ませんか?今日のお礼にご飯でもと思ったんですが流石に嫌ですよね付き合ってもない女子の家に来て手料理なんて…」


 裕也はその言葉を聞き先ほどまであれこれ考えていたのがうそかのようにすぐさま「暗いから家まで送るよ」と言った。


◇◆◇◆



 二人は朱音の住むマンションに着く。


 場所としては途中までは裕也の家の方向と同じだが途中で道を曲がってしまうために特に家が近いというわけではなく、だいたい家から学校までの距離と同じほどだ。


「今から作るので良かったらリビングで待っててください」


 朱音は鞄をリビングの端に置くとそのまま椅子にかかっていたエプロンを着ける。


 女子の家に入ったのは初めてだったためにリビングにきてからというものずっとソワソワしっぱなしだ。


「今日はお母さんもお父さんも帰ってくるのが遅くなるみたいなので遠慮せずくつろいでて大丈夫ですよ」


 ずっとソワソワしている裕也に朱音は優しく声をかける。


 しかしそうは言われても好きな子の家に来た裕也の心臓はバクバクだ。それに何だか緊張するあまり又がムズムズしてくる。


「あの、お手洗いとかってどこにありますか?」


「それでしたら廊下にでて一番玄関の近くにある右側の扉ですよ」


 裕也はトイレの場所を聞くとそそくさとリビングから出る。


 廊下に出てトイレに向かっているとふと一つの扉が目に入る。


 それは扉に「朱音」と看板がかけられている部屋だった。


 最初に通ったときはソワソワしてて気がつかなかったがどうやらここは朱音の部屋らしい。


 裕也はその扉に近づくと無意識にドアノブに手をかけていた。


「おっと、ダメだダメだ女の子の部屋に無断で入るなんてよくないことだよな」


 自分にそう言い聞かせるが好きな子ということもありものすごく興味がある。


「少しならいいよな」


 裕也は理性よりも興味が勝ってしまったためにそのまま扉を開いてしまった。


「ここが一条さんの部屋か」


 部屋の中は暗くてあまりよく見えないが扉を開けただけで女の子特有のとてもいい匂いがする。


 裕也は胸いっぱいに息を吸うとゆっくりと口から吐く。


 そんなことを何度か繰り返したうちに裕也は机の上に置いてある写真立てが目についた。


 なんとなく机に近づいてその写真立てを手にとって見る。


 もしかしたらこれは小さい頃の一条さんの写真なんじゃないかなって考えると少し興奮した。


 最初は暗くて何が写っているのかよくわからなかったが暗さに目が慣れてきたこともあり徐々に何が写っているのかが理解することができた。


「は?いやこれって…」


 その写真に写っていたのは上半身が裸の男の人だった。


 そして裕也はその男を知っている。いや知っているというよりもこれは…。


「俺?だよな?どうして…」


 それは紛れもなく正真正銘裕也本人の写真だった。


 おそらく着替えをしている場面だろうか、ズボンは履いているものの上半身が裸の裕也の写真がそこにはあったのだ。


 裕也は驚き写真立てをすぐさま戻し部屋から出ようとするがその足が止まる。


 目が暗さに慣れてきたこともありさっきまで気がつかなかったものが目に入ってくる。


 それは壁一面に貼られた裕也の写真だった。


 制服姿のものもあれば体操着姿のものもある。机に突っ伏して寝ている姿もあればご飯を食べている姿もある。


 至る所に貼られたその写真はどれも裕也のみが写されており、おそらく50枚以上はある。


 やばい。


 裕也はすぐさま部屋から飛び出すと静かに扉を閉める。


 裕也はドアノブに手をかけたまま荒い呼吸を整えるように深呼吸をする。


「そこで何をしているんですか?」


 しばらくそうしていると朱音がおたまを持ったまま背後に立っていた。


「もしかしてその部屋に入ったんですか?」


 その目はいつものような優しくて美しいものではなく酷く濁ったように見えた。


 その姿が裕也の中で橙佳と酷似する。


「いや、入ってないですよ」


 全身からダラダラと汗が流れる。


 流石にうそってバレたか。


 ここまで動揺してるうえにドアノブに手をかけておいて「中は見てません」など誰がどう見たって嘘丸出しだとわかる。


「そうですか、その部屋は私の部屋なのであまり見られると恥ずかしいので見ないでもらえると助かります」


 だというのに朱音はそれ以上疑うことはしなかった。


「もし見たいというなら神木くんだけは特別に…」


「いやいやいや、それは大丈夫です。乙女の部屋に入るなんて恐れ多い。それよりご飯はもうできそうですか?」


「あ、そうでした。そろそろご飯ができますよと呼びに来たのでした」


 朱音はそのままリビングへと戻っていってしまった。


 裕也は結局トイレに行くことを忘れたままリビングへと顔色を悪くして戻っていった。

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