第10話

 次に目を開けた時、裕也は椅子に座っていた。


 目の前にはカレーのような何かが置かれており、横にはエプロンをつけた橙佳が自信満々に裕也のことを見ている。


 まじか、また死んだのか…。


 裕也はすぐさま現状を理解する。


 流石に3度目となるとそこまで取り乱すことはなくなった。むしろまた死んでしまったのかという疲れが倦怠感となって体を椅子に推し沈める。


 裕也はスプーンで目の前に置かれた皿の中身を掬う。


 昨日は食べずに残したら殺されたってことはまさかこれ全部完食しないといけないのか…。


 裕也はスプーンの中身をじっと見つめる。


 色はカレーとは思えないほど色鮮やかで匂いはやや酸っぱい。


 これだけでもおいしくなさそうだというのに中に入っている野菜は火が通っていないのか生臭く固い。


 味を知っていなければ勇気を出して一口食べることができたのだが、味を知ってしまった今これを食べてみようなどという思いは一ミリも湧かない。


 食べなきゃダメなかな?食べなきゃダメだよな。


 しかしこれを食べなければこの先に進むことができないし、また殺されてしまう。


 裕也は覚悟を決めスプーンを思いっきり口の中に突っ込んだ。


 予想していた通りと言えばいいのだろうか、それは前回食べた時と全く同じ味がした。


 辛いような酸っぱいようなよくわからない味と、火の通っていない生野菜の食感が口いっぱいに広がる。


 そして食べると同時、目の前には例の2つの選択肢が現れる。


→「おいしいよ」と言い全て完食する。

→「ユニークな味でとてもいいと思うよ」と言い誤魔化す。


「す、すごくおいしいよ」


「本当!?良かったー。私料理には自信あったんだよね。これからも毎日私が作ってあげるからね」


 「これのどこに自信があるんだよ」と文句を垂れたかったが裕也はそれをグッと飲み込む。


「そ、それは大丈夫かなー」


 裕也は今にも吐き出しそうになるが、どうにかしてカレーを平らげた。


◇◆◇◆



「おはよーってお前朝から顔色悪いな。大丈夫か?」


「全然大丈夫じゃない」


 朝、教室に入るなり後ろの席に座っていた龍馬が話しかけてきた。


 結局昨日はあのカレーを完食した後、橙佳に「まだまだおかわりもあるからたくさん食べてね♡」と言われ2回もおかわりさせられるはめになった。


 しかもカレーはそれでもまだ残っていたために今日の朝もそのカレーを食べてきたために裕也の体調はすこぶる悪い状態だった。


 本当なら朝からあんなもの食べたいとは思わなかったのだが、残っているとまた橙佳が殺しに来るんじゃないかと考えると嫌でも食べるしかなかったのだ。


 そんな今にも死にそうな顔をしている裕也とは別に廊下の方が騒がしくなってくる。


「おっ、一条ちゃんが来たみたいだな」


 龍馬がそう言うと教室の前から朱音が入ってくる。


 朱音はこの学年の中ではかなり有名人だ。そして男女問わず人気がある。


 そのため彼女が学校に来るとすれ違う皆んなが挨拶をするために一時的に廊下が騒がしくなるのだ。


「いつ見ても美人だよなー。あーあ、一条が俺の彼女になってくんねぇーかなー」


 龍馬は頬杖をしながら朱音のことを見ている。


「お前それ毎日言ってるだろ。そんなに付き合いたいなら告白でもしろよ」


「告白かー、別にそこまで好きなわけじゃないんだよなー。俺はただあのおっぱいを揉みたいだけだから。いいよなあんなにおっきいとさぞ揉み応えがあるんだろうな」


 龍馬は体を起こすと両手で何かを揉むような動作をする。


「お前もう死ねよ。毎日毎日おっぱいおっぱいってそんなにおっぱいが好きならおっぱいに挟まれながら窒息死でもしろ」


「それも悪くないよなー、むしろ俺はそれで死にたい」


 裕也はこいつもうダメだなと言うような目で龍馬を見ると大きくため息を吐く。


 俺もこいつくらい楽観的に生きていたよ。何で俺が毎回毎回選択肢が出るたびに殺されるんじゃないかって怯えながら過ごさなきゃいけないんだよ。もういっそ俺もそういう死に方一度でも体験させてくれねぇーかな。


 裕也が現実逃避をしているとまたしても廊下の方がざわつき始める。


 そのざわつきの正体はその人物が教室に入ってきたことで判明する。


「今度は雛鶴ちゃんが来たみたいだな」


 龍馬はそう言うと橙佳に向かって手を振る。


 すると橙佳の方もそれに気づいたのか手を振りかえしてくれた。


「やっぱ雛鶴ちゃんもいいよなー、可愛げがあるし接しやすい感じがしてさ。もしかして俺のこと好きなのかな?」


 橙佳はまだ転校してきてから3日しか立っていないというのにクラスメイトだけにとどまらず多く生徒からよく話しかけられている。


 美人で人気者だが少し話し難い朱音に対して可愛く話しかけやすい橙佳。


 この2人はここ最近良く病蔵学園の2大美女なんて呼び方をされ比べられることが多い。


 清楚で美人だが少し話しかけづらいのが良いという派閥があれば可愛くて守ってあげたくなるような笑顔が良いという派閥もある。


 今男子生徒の大半はこの2つの派閥に別れている。


「おっぱいは少し控え目だけど愛想いいし、彼女にしたら絶対尽くしてくれるよなー。俺、彼女になった雛鶴ちゃんの手料理とか食べてみたいわー」


 龍馬のその発言に裕也は今朝食べたカレーが胃から逆流してくる感覚に襲われる。


 こいつ正気か?あの料理の食べてみたいなんて気でも狂ってんじゃないのか?いや、料理が下手くそって知らないとそういう反応になるのか。今度こいつに余った料理食べさせてやろ。


「ちなみにお前は一条ちゃんと雛鶴ちゃんどっちが好みなんだ?」


 龍馬にそう問われ、込み上げてくる吐き気を気合いで抑え込み裕也は話を続ける。


「そりゃ一条さんだな」


 一条朱音は佐藤翔の好みドストライクだ。


 あー、いっそ一条さんが手料理作ってくれたら良かったのになー。


「ちなみにお前はどっち派なんだ?」


「あー、俺は別にどっちでもないかなー」


「へー、お前ならおっぱいが大きいからとか言って一条さんの方を選ぶと思ったのに」


「お前、俺がおっぱいだけで動くような男に見えるのか?」


 いや、見えるだろ。お前女子は大抵おっぱいの大きさでしか見てないの俺知ってるぞ。


「俺はその2人には興味はない」


「それじゃあ誰なら興味あるんだよ」


「強いて言うなら椎名ちゃんかな」


「あんな地味な子がいいのか?意外だな」


 裕也と龍馬は教室の前の方に座る一人の女子生徒を見る。


 彼女の名前は椎名しいな 心緑ここみ。いつも自分の席で本を読んでいるような物静かな子だ。


「なんであの子なんだ?」


「だってそりゃー、椎名ちゃんがこのクラスで一番おっぱいが大きいからな」

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