第6話

 そこからは夢で見た光景と同じだった。


 一条さんは俺の告白を受けてくれ俺たちは付き合うことになった。


 彼女は別れ際「付き合っていることは内緒にしてほしい」と言ってきたので俺はそれを了承した。


 ここまで夢と同じように進むなんて思わず心が躍る思いだったがもしかしたらまた橙佳が殺しに来るのではないかと考えると少し恐ろしくなった。


 だけどそんなことあるはずがないのだ。告白を受けてもらえたことさえ奇跡なのにこのタイミングで橙佳が転校してくるなんてあり得るはずないのだ。


◇◆◇◆



「初めまして。今日からこのクラスに転校して来ました雛鶴橙佳です。ここには8年ほど前に引っ越して戻って来た形になります。皆さんよろしくお願いします」


 うそだろ、どうしてこのタイミングで橙佳が転校してくるんだ。これじゃあまるであの夢と同じじゃ…。


 そう考えたとき裕也の背中に冷たいものが流れる。


 いやいやまさかあり得るはずない。これはきっとたまたまだ。たまたまこのタイミングで橙佳が転校してきただけだ。だから今橙佳の周りで話している女子たちが夢と全く同じ会話をしているのだって偶然だ。偶然のはずなんだ…。


◇◆◇◆



 それから3日間が経過したが特に橙佳に動きはなかった。


 しかし偶然朝から先生が遅刻したり、クラスメイトの一人が風邪で欠席したり、龍馬が階段からこけそうになったりと夢で見たことあるような光景は幾度と続いた。


 ちなみにこの3日間俺は橙佳とは一度も顔を合わせていない。なぜなら橙佳の顔を見るのがとてつもなく怖かったからだ。


 そして今日俺は迷っていた家に帰るべきか否かを。


 ここまで夢の通りなら嫌でも気づいてしまう。この1週間がループしていることに。


 いったいどうしてこうなってしまったんだろうか。このループから抜け出す方法はあるのだろうか。


 そして気づくと裕也は無意識のうちに公園に立ち寄っていた。その公園は小さい頃橙佳と2人でよく遊んだ公園だ。


「なんだか懐かしいな」


 今まで一度だって思い出したことなどないはずなのに橙佳の姿を見てからというものやけに昔の記憶を思い出す。


 それも鮮明にだ。幼稚園の頃の記憶がある人などどれほどいるだろうか。少なくとも裕也には高校以前の記憶はあまりない。


「そういえば俺今まで何してたんだっけ?」


 ふと疑問が湧いてくる。普通高校生より昔の記憶がないなんてことがあるのだろうか。大人になればそんなことがあったって不思議じゃない。しかし裕也はまだ高校二年生だ。だというのに小学生の記憶はおろか中学生の時の記憶だってない。


「あれ?俺去年は何してたんだっけ?」


 そして気づいてしまった。そう裕也にはここ1週間の記憶しかないのだ。


 裕也は別に記憶喪失になったわけではない。それは橙佳との記憶を思い出すことができることからわかる。


「じゃあなんで俺には記憶がないんだ?」


 それはまるでここ最近生み出されたようなそんな感覚だ。記憶だって今まで思い出せなかったのに橙佳の姿を見た瞬間フラッシュバックしたようにいきなり脳裏に流れ込んできたようなそんな感覚だった。


 この世界は何かがおかしい。


 裕也がそう気づいた時、背後から何者かが近づいてくる気配を感じた。


 誰が来たかなんてなんとなく予想はついている。だからこそ裕也はその姿を見ることができなかった。


 見てしまえば自分の予想が当たっていたことになってしまう。そして今から起こることも。それが恐ろしかった。


 裕也は体を震わせたまま両手に力をいれ、その場でじっと立ち尽くす。


「っ!!」


 裕也の震える体を誰かがギュッと後ろから抱きついた。


 声にならないような叫び声が喉から出ようとして口の中に溜まる。


「ねぇ、ここ覚えてる?昔はよく二人で大きな山とか作って遊んだよね。ゆうくんは泥団子作るの上手でいつも綺麗にできたの私にくれてたっけ」


 後ろから抱きつかれ、左脇腹に硬くて鋭利な物が当たる。


 裕也は何の言葉も返すことなく大きく息を呑む。


「ゆうくんはずっと私と一緒のはずなのに…」



 脇腹に当たる包丁が徐々に震え始め、手に力が入ったことがわかる。震える包丁は少しずつ脇腹へのその先端を突き刺してくる。


「私の、私のゆうくんなのに。許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない……」


「あの女が悪いんだ…。あの女にゆうくんは魔法をかけられてるんだ。そうだ、きっとそうに違いないよ。だってゆうくんが私のこと忘れるなんてこと絶対あるわけないもんね。もういっそ2人で遠くまでいこっか。あの女がいない場所に。誰もいない2人だけの場所に…」


 左脇腹に嫌な感覚が蘇る。


 恐る恐る確認してみるとそこからたくさんの血が出ているのか服がじわじわと赤くなっていく。


 またか…。


 あぁ、痛い苦しい痛い痛い痛い痛い痛い。


 吐血した口の中に残る血のせいでうまく呼吸をすることができない。


 こうして裕也は再び死んだ。


 裕也が死ぬ前、地面に倒れた時ぼやける視界の中最後に見た公開は橙佳が自分の首に包丁を突き立ててそのまま血を吐いて倒れる光景だった。

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