第4話

 突如聞こえたその声に体がビクリと反応する。


 え?なに?こわいこわいこわいこわいこわいこわい


 裕也は声の聞こえた方向に恐る恐る体ごと振り向く。


 本当はすぐさま逃げ出したかった。後ろから聞こえた声の主はなんとなく誰かわかっている。だからこそ振り向きたくなかった。それだというのに体はなぜかいうことを聞かずゆっくりと後ろにいる人物を見ようとしている。


「とうか……?」


 後ろにいた人物それは裕也の予想していた通り雛鶴橙佳の姿がそこにはあった。


 目は以前にも見たことあるような光がなく濁った瞳をしており、裕也の顔を覗き込むようにしてこちらを見ている。


 裕也の体は無意識に後退りしていく。


 徐々に橙佳から離れることで顔しか見えなかった最初に比べて体全身が見えてくる。


 そしてある一点に裕也の視線は釘付けになる。


 橙佳の手に握られている物、それは刃を丁寧に研がれ窓から差し込む夕日を反射させている包丁だった。


「ねぇ?何が良かったの?私にも教えてよ」


「いや、別に、何も…」


「何で私に教えてくれないの?昔はお互い隠し事なんてなかったじゃん。私たちはなんでも相談し合えるような仲だったじゃん。それなのにどうして最近私のこと避けてるの?私ゆうくんに会うために戻って来たんだよ?それなのにどうしてゆうくんは私に話しかけに来てくれなかったの?もしかして私のこと忘れちゃった?」


 橙佳はゆっくりと近づいてくる。


 橙佳が一歩前に出れば裕也は一歩後ろに下がる。


 その距離は縮まることはなかったが裕也が再び後ろに下がろうとしたとき足が壁にぶつかる。


「別に忘れたとかそんなんじゃないんだぞ?ただ話しかけるタイミングがなかっただけで…」


「うそ、私のことなんて忘れてたんでしょ。だってゆうくんには私がいるはずなのに私のことなんて無視して他の女とイチャイチャしてたじゃん」


「っ!!」


 裕也の額からたくさんの脂汗が流れる。


 なぜ橙佳がそのことを知っているんだ。学校では一条さんとは特に接点を持たないようにしていた。知っている者といえば二人の他には龍馬だけだ。しかし龍馬は他人に言いふらすようなやつではない。だというのにどうして橙佳は俺に彼女ができたことを知っているんだ。


「どうして他の女の子と付き合ってるの!?ゆうくんは将来私と結婚するって約束したじゃん!こんなのおかしいよ、ゆうくんが他の女のものになるくらいなら…」


「も、もちろん約束したことは覚えてる!そうだ、俺たち結婚しよう!来年になれば俺たちも18になるしそしたら法的にも結婚だって…」


 橙佳は裕也の話には耳を傾けることなく走ってその距離を詰める。逃げることのできない裕也は恐怖のあまり避けるとか反撃するなんてことは思い付かずただ走ってくる橙佳の両手に握られている包丁に視線がいく。


 裕也と橙佳がぶつかる。その瞬間裕也の腹には今まで体験したことのないような痛みが駆け巡る。


 橙佳は一歩後ろに下がる。手に持つ包丁には血がついており、橙佳の体にも返り血がベッタリとついている。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」


 裕也の息は徐々に荒くなっていく。


  熱い、刺された部分が燃えるように熱い。今まで感じたことのないくらい痛い。苦しい、息が息が苦しい。やばい、意識が遠く…。

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