第46話 謝罪
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第46話 謝罪
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一夜明けて、俺はドラグア伯爵と帝城に入った。
帝城はピリピリとした空気で覆われていた。どうやら、帝国騎士団員を大量に殺したのが、俺だと彼らは思っているらしい。
だが、俺が帝国騎士団員を殺した証拠はない。
それでも俺を警戒しないわけにはいかないのだろう。
貴賓室と思われる豪華な部屋に伯爵と共に通され、侍女がお茶が出してくれた。
いい香りだ。お茶をほんの少し舌の上に載せる。違和感はない。毒はなさそうだ。毒が入っていたら、大概はこれで判別できる。そういう訓練を積んできた。
すぐに身なりのよい男が入ってきた。三十五歳くらいの人物だ。
「私はこの国の宰相を務めているラインバーグ・アルドンという」
へー。この人が宰相か。
伯爵がいるとはいえ、護衛もつけずに入ってくるとはいい度胸だ。
伯爵からこの人は話が分かる人だと聞いている。とはいえ、貴族を簡単に信じるつもりはないけど。
「三級冒険者のゼイルハルトです」
軽く挨拶をすると、すぐに本題に入った。
「今回は貴殿に不快な思いをさせたようで、申しわけなかった」
ほう、謝罪からはいるのか。
この人、本当に宰相か?
貴族は平民に謝罪なんてしないものだ。間違ったことをしたとしても、しないのが当たり前の世界なのだがな。
宰相は今回のことの顛末について語った。
ことの起こりは、ニードルビーのハチミツが冒険者ギルドに持ち込まれたことだった。
ハチミツを手に入れた商人が皇后へ献上したことで、皇后はニードルビーのハチミツに魅入られてしまったのだという。
あとは皇后がニードルビーのハチミツを手に入れろと騒ぎ出し、そこにバルガーズ侯爵が乗っかってきた。
できもしないことを約束し、高位の冒険者を誰でもいいから連れてこいと命じたのだ。
それに引っかかったのが俺で、あとはバルガーズ侯爵家騎士団員四百人と帝国騎士団員三千人が俺に殺されたと。
「一つ訂正を」
「何かね」
「バルガーズ侯爵家騎士団員四百人と帝国騎士団員三千人を殺したのは俺じゃなく、ニードルビーですよ」
「……それを信じろと?」
「事実ですから」
俺は一人も殺してない。全てニードルビーが殺した。それは遺体を見れば分かることだ。
「そのニードルビーに命令したのは、君ではないのかね?」
「そんなことができると思っているのですか?」
「……魔王種を倒した者なら、できるかもしれないと思っている」
宰相は頭の中がお花畑のボンボンではないようだ。
そうじゃなければ帝国宰相なんてできないのか、皇帝が頼りないからしっかりしないといけないのか。どっちにしろ、苦労人のようだな。
「宰相さんは面白いことを考えますね」
「最悪を考えて行動するのが、私の仕事なのでね」
優秀な人なのかもしれないが、上がどうしようもないと宝の持ち腐れだと思う。
「それで、ニードルビーに命じたのは君でいいのかな?」
「さぁ、どうでしょうか」
「そうか。言いたくなければそれでもいい。さて、今回の落としどころだが、まずバルガーズ侯爵は隠居してもらう。隠居先で病気になる予定だ。また爵位は子爵に二階級降爵にする。領地は取り上げ、法衣貴族にする。最後に君に対しては、賠償として十億Zを支払う。これでどうだろうか」
隠居先で病気って、殺す気満々かよ!
あいつが降爵だろうと殺されようと俺は構わないが、十億Zをもらえるというのなら、もらっておこうか。
「それで構いませんが、以後、俺に手を出さないようにしてもらえるとありがたいですね」
「次期当主には厳命しておこう。もし、手を出したら好きにしていい。国としてそれに一切関知しない」
完全に見放した感じだな。
「それでいいのですか? 俺としてはありがたいですけど」
「バルガーズ侯爵が原因で帝国騎士団員が三千名も死んだのだ。本来は爵位を没収し、家名断絶でもいいところだが、家臣たちを路頭に迷わせるのは不憫だから子爵へ降爵で済ませた。これ以上問題を起こすなら、好きに滅べばいい」
「なるほど」
宰相はドライだな。
それに侯爵家の騎士が大量に死んだから、子爵家に落とされても家臣を放逐せずに済むかもしれないという判断か。
この宰相、相当やり手だと思う。
「次に君を拘束した騎士団員たちには、その家族に賠償を命じる。当人たちはすでに死んでおり、賠償するのは遺族らになる。君とドラグア伯爵家にそれぞれ一億Zを支払うことにする」
騎士たちは命じられただけだが、正しくない命令系統による命令を分別なく受け入れ、ドラグア伯爵家に押し入っているということで、こういった処分をするらしい。
泣き面に蜂とはこのことだな。俺、上手いこと言うじゃないか!
バルガーズ侯爵に比べると賠償金は少ないが、伯爵家と合わせて二億Zを騎士たちの遺族が払うのは大変だと宰相は言う。ただし……。
「騎士たちは貴族の子弟ばかりだ。実家から賠償金を引っ張ってくるはずだから、気にする必要はない」
伯爵はそんなものかといった感じか。
アンジェラ様に暴力を振るわれたのだから、怒って当然だがな。
もっとも、俺を拘束しにやってきたのはせいぜい五十人だから、他の二千九百五十人はとばっちりで死んだことになる。
五十人の遺族や出身家は二千九百五十人の遺族に恨まれることだろう。今後、貴族としてやっていけるのだろうか?
俺が心配することではないか。
「なるほど。分かりました。俺はそれでいいです」
「ドラグア伯もいいかな?」
「構いません」
宰相はお茶で喉を潤した。
そして、雰囲気が厳しいものに変わった。皇后の話に移るようだ。
「さて……皇后様の件だが」
やっぱり皇后の話だった。
俺を帝国騎士団に捕縛させたのが、皇后だから避けては通れないと思っているんだろう。
何も分からずバルガーズ侯爵の口車に乗っただけと言うんだろ。お茶を濁して終わる感じかな。
「皇后様は病気になられた」
ん? 予想と違うんだが?
「おそらく、もう助からないだろう」
殺すってことか。思い切ったな。
「また、皇室から貴殿に二億Zの賠償をする」
さっきの十億Zは侯爵家からで、今回は皇室からか。
バルガーズ侯爵家の負担が大きいが、帝国騎士団の被害を考えると、国からの罰の面もあるんだろう。
「金額はいいのですが、皇后はそんなにニードルビーのハチミツが気に入ったのですか? まあ、美味しいとは思いますが、こんなバカな騒動を起こさなくてもいいじゃないかと思うですが」
「美味しい……と聞いている。貴殿はニードルビーのハチミツを食べたことがあるのかね? いや、操れるなら入手も可能か……」
「操れるかは置いておいて、ニードルビーのハチミツくらいなら入手はそれほど難しくないですけどね」
「それは本当かね!?」
カバンから出す振りをして、ストレージからニードルビーのハチミツを取り出した。
それを見て宰相と伯爵が驚いている。
「も、持っているのかね?」
「ええ、自分で食べますから」
「それを譲ってもらうことは可能かね?」
「ちゃんと代金を払ってもらえばいいですよ」
タダ同然で買い取ろうというなら、覚悟してもらうぜ。
「オークションの落札帯の価格、十リットルで二千万Zでどうかね」
「それなら、文句はありません」
「定期的に購入はできるだろうか?」
「俺は旅をするのが好きなのですが、伯爵の領地に家をもらうことになっているので、たまには帰ってくるかもしれませんね」
「その時で構わないが、一回でどれほどの量を購入できるだろうか」
「今は百リットルくらいしか持ってないですけど、次回からは三百リットルくらいなら問題なく」
「では、今回はその百リットルを、二億Zで、次回からは三百リットルを六億Zでどうだろうか。できれば一年に一回は納品してほしいのだが」
一年に一回か。転移もあるし、構わないだろう。
「一年に一回は約束できませんけど、量のほうは構いませんよ。あー、これギルドを通さないですよね?」
「当方としてはギルドを通しても構わないが、どうするかね?」
「いやいいです。その代わり、ドラグア伯爵家を通してもらえますか。仲介料と税として代金の二割を伯爵家に納めます。国に対する税は不要ですよね」
「ああ、構わない。ニードルビーのハチミツをドラグア伯爵家が定期的に卸してくれるなら、国への税は不要にする」
宰相が了承したから、税の問題はなくなった。
「しかし、当家としてはありがたいが、いいのかね?」
「ええ、納品は伯爵家から納品依頼を受けたら帝都の屋敷に卸しますので、そこから後のことはお願いします」
「了解した。当家の帝都屋敷から帝城までは、こちらで運搬しよう」
これで伯爵が間に入って調整してくれる。俺は伯爵にハチミツを卸すだけだ。
「冒険者ゼイルハルトよ。この度は迷惑をかけた。すまぬ」
非公式だが、皇帝が頭を下げた。
これで今回の騒動は全て手打ちになった。
もう帝城には呼ぶんじゃないぞ。
今回の賠償金は、ドラグア伯爵経由で受け取ることになった。
ニードルビーのハチミツの代金(百リットル分)もその際にもらう。
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