第44話 決断
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第44話 決断
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皇后の命令を受けた帝国騎士団は、速やかに動き出した。
本来の命令系統とは違うものの、相手は皇后である。拒否することは自分たちの出世の妨げになると考え、迅速に動いたのだった。
ゼイルハルトの居場所は簡単に分かった。
バルガーズ侯爵家を出た後、ゼイルハルトは何度か警邏兵に職務質問されていた。その際に、警邏兵にドラグア伯爵家のメダルを見せ、屋敷の場所を聞いていたことが分かったのだ。
「ここに冒険者のゼイルハルトがいることは分かっている! 反逆者ゼイルハルトを出すのだ!」
「お、お待ちください」
帝国騎士団は門番の制止を無視して、ドラグア伯爵屋敷に押し入った。
ゼイルハルトは伯爵令嬢のアンジェラと、中庭でお茶をしていた。そこに帝国騎士団が現れたのだ。
「ここをドラグア伯爵家の屋敷と知っての狼藉ですか!?」
アンジェラは帝国騎士団の前に立ちはだかった。
「我らは帝国騎士団である! 皇后様より、反逆者ゼイルハルト捕縛の命令を受けている。どいてもらおうか!」
「反逆者というなら、証拠を出しなさい。証拠もなく捕縛するのは暴挙でしかありません!」
「えーい、うるさい!」
帝国騎士団員がアンジェラを突き飛ばした。
よろけたアンジェラをゼイルハルトが受け止める。
「なんとも野蛮な連中だ。アンジェラ様、怪我はありませんか」
「はい。大丈夫です」
ゼイルハルトはアンジェラを椅子に座らせると、前に出た。
「俺がゼイルハルトだ。どこへでもいこう」
「ふん。反逆者が生意気な!」
帝国騎士団員はゼイルハルトに手枷足枷を嵌めた。
「ゼイルハルト殿!」
「大丈夫です」
ゼイルハルトはアンジェラに優しく微笑み、安心しろと言った。
「連行しろ!」
護送車に乗せられたゼイルハルトは、帝城横にある帝国騎士団の詰所に連行された。
ゼイルハルトは詰所の地下牢に放り込まれるのだった。
「どう考えても、バルガーズ侯爵だよな」
座り込んだゼイルハルトは首を振った。
「生きて後悔する機会を与えてやったが、俺の温情を無下にした責任はとってもらわないとな」
ゼイルハルトの瞳が暗い牢の中で怪しく光るのだった。
帝城から屋敷に帰ったドラグア伯爵は、帝国騎士団が押し入ったことに憤怒の表情をした。
しかも、アンジェラにも暴力を振るったと聞いて、その怒りは怒髪天を衝くものだ。
「皇后の未来は決まった。もはや遠慮は無用!」
元々評判のよくなかった皇后には、いい感情を持ってなかった。
それでも皇后であり、皇太子の生母ということもあり、それなりの敬意を払っていた。
だが、ここまでやられては、そんなものは吹っ飛んでしまったドラグア伯爵であった。
「直ちに登城する。使者を出せ。火急の要件だ!」
「はっ!」
「バーミリオンは騎士団に完全武装をさせよ! 私が明朝までに戻ってこなければ、帝国騎士団のヤツらを血祭りに上げるのだ!」
「承知!」
王都に詰めているドラグア伯爵家の騎士たちは、バーミリオンが手塩にかけて鍛えた精鋭たちだ。
数は二百ほどと少ないが、軟弱な帝国騎士団など物の数ではないと豪語するものたちばかりである。
登城するも、ドラグア伯爵は皇帝どころか宰相への面会も叶わなかった。
帝国騎士団の根回しがあったようで、皇后の命令と聞いた文官たちが取り次ぎを遅延させたのだ。
待てども取り次ぎされないことに、ドラグア伯爵は苛立つ。
「このままではこの国も終わりだというのに、皇帝陛下も宰相も危機感がない。困ったものだ」
そんな時であった。外が騒がしくなった。
バルコニーに出てみると、空に黒い影が蠢いていた。
「あれは……まさかニードルビーか!?」
これはマズいと、ドラグア伯爵は部屋の中に戻って窓を閉めた。窓越しにニードルビーの様子を窺っていると、一定の方向に群がっている。
「あれは……帝国騎士団の詰所がある場所か」
悲鳴が聞こえる。帝国騎士団員のものだろう。
「ニードルビーを怒らせたか。一体、何をしているのか……」
ニードルビーは執念深い。一度敵と認定されると、地の果てまで追いかけていく。
そんなニードルビーを怒らせた者がいるとは、呆れ果ててものも言えない。
「そういえば、ゼイルハルト殿は帝国騎士団に連行されたのだったな……まさか、ゼイルハルト殿が操っているのか? そんなことはあるわけない……と思うが……?」
もしあのニードルビーをゼイルハルトが操っているとしたら、皇后は物理的に死んだな。とドラグア伯爵は思うのだった。
「当家が討ち入ることなく、帝国騎士団は壊滅か。ハハハ」
渇いた笑いが出る。
ドラグア伯爵は夜になってやっと呼ばれた。 皇帝も宰相も疲れ切った顔をしている。きっと帝国騎士団が壊滅したのだろう。
「ドラグア伯。今は忙しい。話は手短に頼む」
「その原因はおそらく皇后様にございます」
「なんだと?」
「本日、某がお二人と面会していた時の話です。当家に帝国騎士団が押し入り、ゼイルハルト殿を連行したそうです。その際に、我が娘にも危害を加えました」
「「なっ!?」」
皇帝も宰相も寝耳に水の話で、絶句した。
「ゼイルハルト殿に手を出したバルガーズ侯爵家の騎士団は四百名の被害を出しました。それが帝国騎士団に行われたのでしょう」
「なんということだ……」
宰相がぽつりぽつりと帝国騎士団の被害状況を話した。それによれば、三千名の帝国騎士団員が命を落としたらしい。
帝国騎士団員の総数からすれば一割程度の損害だが、問題はなす術もない一方的な被害だったことだ。
しかも、死んだのは帝城勤務の貴族の子弟ばかりで、平民はほとんどいなかった。これは後々尾を引く大問題だった。
「ゼイルハルト殿は皇后様の命令だと知っております。もはや一刻の猶予もなりません。ゼイルハルト殿に謝罪をし、関係者を罰してください」
「なんということだ……」
皇帝はたった一人の冒険者相手のことだからと、そこまで大げさに考えていなかった。
宰相が言うから、それに従っていただけなのだ。
だが、三千もの帝国騎士団員が殺されたことに、ドラグア伯爵が言っていたことはこのことなのだと、さすがの皇帝もことの重大さが理解できたのだった。
「陛下。皇后様を軟禁し、バルガーズ侯爵を捕縛します。さらにドラグア伯爵家に押し入った者らを特定し、その一族にドラグア伯爵家とゼイルハルトへの賠償をさせます。よろしいですね」
宰相は命令を待つのではなく、そうするから承認しろと言っているのだ。
これは幼い時から皇帝とつき合いのある宰相だからできることだ。他のものなら、不敬罪で死罪になっているところである。
「ラインバーグに、宰相に一任する」
「はっ。では直ちに執行いたします」
宰相は皇帝に対し慇懃に礼をすると、ドラグア伯爵を見た。
「ドラグア伯には、ゼイルハルトを止めてもらいたい。こちらはできる限りの対応をすると約束する」
「できる限りのことをしてみます」
「頼む」
二人が出ていった扉を、皇帝は力なく見つめていた。
「なぜこんなことになったのだ……」
その呟きは、部屋の壁に吸い込まれていくようであった。
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