第43話 皇帝と皇后と

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 第43話 皇帝と皇后と

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 ドラグア伯爵家に入ったゼイルハルトは、バンパイアの核を国が買い上げの話を聞いた。


「別に構いませんよ。伯爵のいいようにしてください」

「そうか! 助かる。できるだけ高額になるように交渉するよ。ああ、そうだ。魔王種のオークデスピアは国難クラスのモンスターだから、討伐したゼイルハルト殿に褒美をと皇帝陛下が仰っているのだ」

「別に要りません。俺は伯爵以外の貴族とあまり関わりたくないので、断ってください」

「そうか……そう返事をしておくよ。ただ、なかなかしつこいかもしれないから」

「あまりしつこいなら、冒険者ギルドを通してお金を振り込んでくれるだけでいいです。それ以上は断ってください」

「上手くいけば、二級や一級に昇級できるかもしれないが」

「三級で十分です」

「……分かった」


 ゼイルハルトの貴族嫌いの根は深そうだと思うドラグア伯爵だった。


「それと一つ報告があるのです」

「ほう、なにかね?」

「帝都に入るところで門番に身柄を拘束され、その後バルガーズ侯爵家の騎士に連れていかれました」

「なんだと? 何かされたのかね?」

「ええ、ニードルビーのハチミツを採ってこいと言うので、断ったら攻撃されました」

「は?」


 ドラグア伯爵は目が点になった。


「えーっと……攻撃されたのかね? どうやってここまで?」

「ニードルビーの群れが現れて騎士をほとんど殺してくれました。俺はその隙に、バルガーズ侯爵から賠償金をぶんどってきました」

「それは……本当にかい?」

「ええ、本当ですよ」

「そ、そうか。すぐに人をやってバルガーズ侯爵家の確認をさせよう」


 伯爵はバルガーズ侯爵家で起こった惨状を知ることになった。

 ゼイルハルトが言うように、騎士と兵士のほとんどが死んで、警備もままならない状態らしい。おかげでバルガーズ侯爵は親戚から兵を借りている始末だった。


 そこですぐに皇帝に謁見を申し入れたドラグア伯爵だった。




「火急の用とか。いったいどうしたのだ、ドラグア伯よ」

「はい。由々しき事態にございます」


 ドラグア伯爵は皇帝と宰相に、バルガーズ侯爵とゼイルハルトの間に起こったことを報告した。そして、バルガーズ侯爵家がどうなったかも。


「なんということだ」


 皇帝が言葉を失う。


「陛下。バルガーズ侯爵がこのまま済ますとは思えません」


 宰相が懸念を口にした。


「その冒険者を捕縛するべきか?」

「それはお止めになられるべきかと」


 ドラグア伯爵は、皇帝の案を否定する。


「貴族家の騎士を殺した者を放置するわけにはいかぬであろう」

「陛下はお忘れでしょうか。ゼイルハルト殿は魔王種を倒すような冒険者です。そのことを知らなかったバルガーズ侯爵は愚かにもゼイルハルト殿を怒らせ、騎士団が壊滅しました。もっともゼイルハルト殿の言葉を信じるなら、バルガーズ侯爵家の騎士団員を殺したのはニードルビーです。もし、ゼイルハルト殿に敵対したら、万を超えるニードルビーの群れに襲われることになるかもしれません」

「ニードルビーとは厄介な……」

「ええ、宰相閣下の仰る通りです。ニードルビーは単体では弱いモンスターですが、群れを侮ってはいけません。帝国騎士団でも対応できぬかと」

「伯は帝国騎士団が壊滅すると言うのか!?」

「陛下。帝国騎士団が魔王種を倒せる実力があれば、壊滅しないかもしれませぬ」


 そこで皇帝と宰相は帝国騎士団の状態を思い浮かべた。

 帝国騎士団と言っても、精鋭はほんの一部だけなのだ。多くは貴族の子弟が所属し、正直いって精鋭とは程遠い実力なのだ。


「ラインバーグよ、どうすればいいのだ?」

「しばらく様子を見るべきかと」

「うむ……」


 皇帝が唸る。


「しかし、バルガーズ侯爵は何故ニードルビーのハチミツを採らせようとしたのでしょうか。冒険者も命がかかっているのですから、命令したところで首を縦に振るなどありえません。そんなことも知らぬでしょうか」


 ドラグア伯爵の言葉に、皇帝と宰相の目が泳いだ。それを見たドラグア伯爵が大きな息を吐いた。


「宰相閣下、何を隠しておいでか?」

「う、うむ……」


 宰相が皇帝を見る。

 皇帝が頷いたので、宰相は話すことにした。


「実は皇后様がニードルビーのハチミツを御所望なのだ。某も冒険者ギルドに依頼を出したのだが、誰も受けてくれぬ」

「つまり、バルガーズ侯爵は皇后様に取り入ろうとして、愚かな真似をしたのですか……」

「その可能性は高いと思われる」

「これはマズいですぞ。皇室がゼイルハルト殿に喧嘩を売ったと捉えられている可能性があります」

「それは拡大解釈が過ぎるのではないか、ドラグア伯よ」

「もし、バルガーズ侯爵が皇后様の命令と口走っていたら、ゼイルハルト殿が攻撃する口実になります」


 皇帝と宰相はギョッと目を剥いた。


「まずは皇后様にニードルビーのハチミツを諦めていただきましょう。その上でバルガーズ侯爵には、家内管理不行き届きということで罰を与え、伯爵に降爵させます」


 状況が変わったため宰相は皇室に被害がないように損切りをする方向に舵を切った。


「本当にいち冒険者と揉めただけで、それだけのことをしなければならぬのか」

「過去に魔王種が現れ、国が滅んだこともあります。仮に国の総力を挙げて、ゼイルハルトなる冒険者を倒したとして、甚大な被害を受ける可能性は非常に高いでしょう。そうなれば、帝国は国を維持できなくなると考えなければいけません」

「むぅ……」


 宰相はゼイルハルトの力を過小評価することなく、国として最も良いであろう判断を下そうとしている。


「最悪の場合、皇后様にはご退場願います」

「殺せと言うのか!?」

「最悪の場合にございます。優先すべきことは、陛下のお命と国の維持にございます。そうならないためにも、陛下が皇后様を説き伏せてください」


 宰相の鼻息に、皇帝も腹を括ったようだ。





 時は少し遡り、バルガーズ侯爵は帝城に赴き、皇后に謁見した。


「なんじゃと、その冒険者がわらわを侮辱したというのかえ」

「はい。ニードルビーのハチミツは皇后様の依頼ということでなんとか入手を頼んだのですが、口に出すも憚れる罵詈雑言の末に、当家の騎士の多くを殺したのです」

「なんという暴挙。わらわの依頼を断るでけでなく、侯爵家の騎士を殺すなどあってはならぬこと。その冒険者を直ちに捕縛し、わらわの前に引き立ててくるのです!」

「恥ずかしながら、当家の騎士は大打撃を受けまして、とても冒険者を捕縛できる状態ではありません」


 侯爵は悔しさを滲ませた。


「分かりました。帝国騎士団を動かしましょう」


 皇后はすぐに帝国騎士団にゼイルハルトの捕縛を命じるのであった。


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