第40話 皇后のヒステリー

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 第40話 皇后のヒステリー

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 ドラグア伯爵にけんもほろろに追い出された神官は、宰相に苦情を入れた。


「聖剣は私ども神殿が持っているべきものです。それなのにドラグア伯爵は、我らに聖剣を渡してくださらないのです」

「して、聖剣を譲る対価はなにかな?」

「何を仰るか。聖剣は神殿が保管すべきものであり、対価を求めること自体が神を恐れぬ物言いですぞ」


(つまり、対価もなしに聖剣がほしいと駄々をこねているのか。はぁ……神殿は相変わらずだな)


 そもそも対価もなしに、聖剣がほしいというのだから話にならない。

 聖剣の対価としてドラグア伯爵の要求は妥当なものだ。

 今回、聖剣があることでドラグア伯爵は生き延びられたのだ。それを渡せというのなら、それなりのことをしなければいけないのは当然ではないか。

 宰相は神官を適当にあしらい、追い返した。


 そんな宰相だが、今本当に困っている。

 相手は皇后だ。日を追うごとにヒステリーさに輪がかかるのである。


 その皇后は皇帝に宰相の罷免を提案するほどである。ただ、皇帝としてはたかがハチミツのために国の重鎮を罷免するつもりはなかった。


「皇后にも困ったものだ。それほどニードルビーのハチミツは美味いのか?」

「某も口にしたことはなく、どれほどのものなのかさすがに判断いたしかねます」


 皇帝と宰相は大きく息を吐く。


「ドラグア伯爵が言っておりましたゼイルハルトなる冒険者にハチミツ採取の依頼をしようと思っておるのですが、行方がつかめません」


 帝都には他にも高位の冒険者がいる。

 三級パーティーが二組、二級パーティーが二組だ。

 宰相はこれらの冒険者にも指名依頼を出したが、全部断られている。

 ニードルビーと戦うのは高位の冒険者でも命懸けだ。他の依頼をしているだけで十分な収入があるのに、わざわざ自殺行為をするつもりはないのだ。




 その頃、皇后に近づく貴族がいた。


「皇后様。某がニードルビーのハチミツを手に入れてみせましょう」

「おお、バルガーズ侯爵! それは真ですか!?」

「はい。必ずや手に入れてみせます。ですが、手に入れた暁には」

「分かっております。皇太子の妃に、あなたの娘を推しましょう」


 二人は怪しく笑い合うのだった。


 皇后との面談を終えたバルガーズ侯爵は、高位の冒険者に指名依頼を出した。

 が、高位の冒険者四組は護衛依頼などを受けて帝都を離れていた。

 宰相から出されたニードルビーのハチミツ採取の指名依頼を断ったことで、ほとぼりを冷まそうという意図からだ。


「なんだと!? 高位の冒険者が一人もいないだと!?」

「はい。四組とも護衛依頼などを受けて帝都を離れているとのことです」

「おのれ、こうなったら、帝都に入る高位の冒険者を捕縛するのだ! そいつにハチミツを採らせる!」

「はっ!」


 帝都の各門に高位の冒険者が現れたら隔離してバルガーズ侯爵家に知らせろと、通達が行われたのであった。





 俺は魔導都市エルディスの地下都市部に入った。

 管理システムは腕輪型のデバイスというものでいつでも通話が可能だ。


 管理システムの案内で入った地下都市部には、メイン制御塔というものがあり、魔法に関する色々な資料が閲覧できるらしい。

 当然ながら、いかない理由はないわけで、俺はミユを連れてメイン制御塔へ向かった。


「うっはー。これはすごいっ!」


 そこは俺にとって宝物庫だった。

 失われた古代魔法など多くの魔導書が安置されていたのだ。


「しかし、数千年は経過しているはずなのに、かなり状態がいいな」

『地下都市のありとあらゆるものには、状態保存魔法が施されています』

「状態保存魔法!?」


 俺も風化防止の魔法は使えるが、この地下都市に施されている状態保存魔法はレベルが違った。

 数千、数万年の月日が経過しても、原形をとどめていられる魔法など存在していないと思っていた。嬉しい驚きだ。


「そ、その、状態保存魔法の魔導書もあるのか?」

『もちろん保管されております』


 俺のテンションは最高潮だ!


 ミユには引き続き魔力制御の訓練を続けてもらい、俺は魔導書を読みふけった。


「マジか!? 転移魔法の魔導書まであるじゃないか」


 状態保存魔法以上の伝説級の魔法だ。

 時空属性を使える俺が、どれだけ訓練しても転移魔法を発動させることができなかった。

 この魔導書を読み解けば、俺も転移魔法が使えるかもしれないのだ!


 俺は魔導書を読みふけった。時間も忘れて読んだ。

 こんな機会に巡り合えたのだ、読まない選択肢はない!


「なるほど、転移魔法は転移先の座標が重要なのか」


 転移先が明確になっていること、転移先に障害物がないこと、転移先に魔法に干渉するものがないこと。この三つの条件を満たしてないと、転移は発動しない。


 その条件を知っても、転移魔法は簡単に発動しない。

 こういう試行錯誤する時間は楽しい。子供に戻ったようで、夢中になってしまう。


 俺が転移魔法に夢中になっていると、ミユもそこそこ魔力制御ができるようになった。

 そして俺も転移をものにし、あっちこっちに転移して遊んでいたら思い出した。


「伯爵の依頼を忘れていたよ……」


 多分、まだ期限はきていないはず。このまま状態保存魔法を覚えたいが、約束は守る主義だ。


「俺は帝都に帰るが、ミユはどうする?」

「お供します」

「おう、それじゃあ、帝都に向かうとするか」

「はい」

「管理システム。俺は一旦地上に戻るが、ここの魔力は大丈夫か?」

『ゼイルハルトに魔力を補充していただきましたので、現状のままであれば三年は稼働可能です』

「結構稼働できるんだな」

『戦闘モードになりますと、多くの魔力が必要になります。その際は通信デバイスで連絡させていただきます』

「ああ、それでいい。それじゃあ、留守を頼むぞ」


 現在の魔導都市エルディスは、俺が支配者のようなものらしい。

 つまり、ここにあるもの全てが俺のものという認識でいい。魔導書も何もかもだ。フフフ。


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