第36話 美味しい食事

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 第36話 美味しい食事

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「うっめ!」


 朝からバーサスがうるさい。朝食くらい静かに食べろよ。


「今日はもう少し奥へいって、ゴブリンを狩ろうか」

「はい」


 狩るのは俺だけど。

 ミユは昨日に引き続き、ストレージの訓練だ。

 イメージを明確に持てば、属性適性が低くてもなんとかなる。それが想像魔法だ。

 もっとも、発動させるまでに、相当な時間を要する場合もあるが。


 ストーンハウスは壊しておく。

 術者のミユなら、術式を解除するだけで崩壊させることができる。


「あんなに硬かった家が……」


 バーサスは何かにつけて驚く。


 ストーンハウスはアースウォールの応用魔法だ。

 アースウォールさえ発動させることができれば、あとは形を変えるだけでできる。


 モーラさんは多分詠唱魔法を使っているのだろう。詠唱魔法は型に嵌めたことしかできないから、融通が利かないんだよな。


 ゴブリンを狩り、バリュク草を刈って進んでいると、あるものが目についた。

 それは木の虚の中に生えているキノコで、普通なら見過ごすこと間違いないものだ。


「おい、それってまさか……」

「ああ、トリフンだ」

「マジかー。一グラムで金貨一枚になる超高額キノコじゃねぇか」


 ずっしり重いから、五百グラムはありそうだ。

 これ一個で五千万Zになるが、これはあくまでもギルドに卸す価格だ。

 市場に出たらこの数倍から数十倍の額になることだろう。


「それどうするんだよ?」

「食う」

「はぁ? 数千万だぞ?」

「人に食わせる義理はない」

「お、俺にも食わせてくれよ。金なら払う」

「バーサスは今回のメンバーだ。三分の一を食う権利がある」

「いや、俺は何もしてないし……」

「もちろん、口止め料が含まれている。気にするな」

「そ、そうか……誰にも言わん。本当に食っていいのか?」

「ああ、構わないぞ」


 さっそく昼に食べるとするか。

 トリフンの特徴は、圧倒的な香りだろう。

 東方の国では、米を炊く際に少しの調味料とトリフンを入れるらしい。

 そうすると、周囲を支配するほど高貴な香りを纏った米が炊けるそうだ。


 俺はトリフンを何度か採取したことがある。だが、自分で食べるのは初めてだ。

 ここは東方の食べ方を再現してみるか。


「その粒はなんだ?」

「これは東方の国の主食の米だ。ここら辺では見ない穀物だな」

「ほう、珍しいものを持っているんだな」

「色々旅をしたからな」


 旅をしていると、食事くらいしか楽しみがなかったから、各地の食材はストレージに入っている。

 飯盒はんごうと言われる米を焚く器具もちゃんと持っている。


 飯盒で米を焚いていると、すごくいい香りがしてきた。

 火を通すと、トリフンはより香り立つのだ。


「なんだこの香りは!?」


 バーサスが涎を垂らしている。


「いい香りなのです」


 ミユの目がトロンとしている。食べるのが、待ち遠しいようだ。


 しかし、いい匂いだ。腹の虫が早く食わせろと騒いでいるぜ。


「うーまーいーぞーーーっ!」


 バーサスが吠えた。


「ああ、幸せです~」


 ミユがとろけた。


 俺も目尻が下がりっぱなしだ。


「もっとないのか?」

「夜の分だ。別の料理に使うが、バーサスはそれを食いたくないのか?」

「むむむ……。食いたい」

「だったら我慢しろ」


 食事が終わると、再び探索をして夕食の時間になる。


「てか、バーサスは二泊もしていいのか?」

「今更だな。まあ、大丈夫だ……」

「おい、目を逸らすな。それ、絶対大丈夫じゃないだろ」

「ハハハ。一緒に怒られてくれ」

「モーラさんになら、いくらでも怒られていいぞ」


 モーラさんからならお叱りを受けるのもやぶさかではない。


「お前、モーラが好みなのか?」

「ふっ。モーラさんの胸には夢が詰まっているんだよ」

「はぁ? ませたガキめ」


 なんとでも言え。

 ん? ミユは胸を叩いて何をしているんだ?


【刺激を与えたら私だって……】


 ミユが何か呟いたようだが、聞き取れなかった。


 夕食はオークリーダーのステーキに、みじん切りにしたトリフンをかけて食べる。


「うーーーまーーーいーーーぞーーーーーーーーーっ!」

「うるさいよ!」


 バーサスは涙を流している。


「幸せです」


 ミユが昇天しそうだ。


 たしかにこれは美味い。美味すぎて、中毒になりそうだ。




 翌日、俺たちは午後には帝都に入った。

 ギルドでミユの依頼の納品を行う。ゴブリンは左耳を納品すればいい。

 ゴブリンの死体は首を斬り落としておけば、アンデッドにならず他のモンスターが処分してくれているだろう。


 酒場にはモーラさんたち、バーサスの仲間がいた。


「ちょっとバーサス! あんた、今までどこに行ってたのよ!?」


 イニスさんがバーサスにとびついて、胸倉を掴んでガクガクと乱暴に振る。


「ちょ、ちょっと待て」

「何を待つというのよ!」


 ガクガク。


「俺はハルトと一緒に行動していたんだよ」

「本当なの、ハルト」

「え、そうでしたっけ?」

「な、お前!」

「バーサス、覚悟!?」

「ギャーッ」


 右のストレートが顔面に炸裂。見事な鉄拳制裁だ。

 イニスさんは倒れたバーサスに馬乗りになり、ボコボコにした。


「お前、酷くねぇか」


 顔面を腫らしたバーサスが睨んでくる。


「俺はちゃんとモーラさんたちに連絡しろと言ったはずだが?」

「う……ちょっと忘れただけじゃないか」

「その忘れが、命に係わることもある。そういうのは、大事だぞ」

「………」


 黙り込むなよ、まったくバーサスは。


「あんたね、一回り以上も年下のハルトに説教されて恥ずかしくないの!?」

「そうよ、バーサス。連絡はちゃんとしなければいけないわ」


 モーラさん、今日も揺れてますね!


「ガハハハ。ま、バーサスが無事で何よりだ。おい、坊主! これを頼む!」


 ラングスターはエールを冷やせと出してきた。この人はまったくブレないな。


「師匠。依頼の報告が終わりました。新しい依頼も受けてきました」

「おう。それじゃあ、俺たちは行くな。バーサス、一応礼を言っておくよ。ありがとう」

「ありがとうございました」


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