第34話 ニードルビーのハチミツ巡るあれこれ

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 第34話 ニードルビーのハチミツ巡るあれこれ

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「まだハチミツを入手できないのですか!?」


 皇后の厳しい声が、宰相らに浴びせられる。


「ニードルビーのハチミツの入手は極めて困難でして……」

「そのために冒険者がいるのでしょ!? 冒険者が駄目なら騎士団を動かしなさい!」


 ここのところ、毎日のように皇后から呼び出しがあり、厳しい言葉が放たれる。

 皇后は有力貴族の夫人をお茶会に誘い、ハチミツを使って色々な交渉事を行っていたのだ。

 皇室のために動いている皇后の望みは叶えたい宰相らだったが、被害を出さずにニードルビーのハチミツを手に入れるのは極めて難しいと誰もが知っていた。


「申しわけございません」


 宰相は平謝りするが、皇后もニードルビーのハチミツの威力を知ってしまったことから簡単には引けない。

 ニードルビーのハチミツは、貴婦人たちに好評で交渉がスムーズに進むのだ。




 この日はオークションの開催日である。

 会場には国内の者だけでなく、国外からも人がやってきている。

 今回のオークションはそれだけ目玉商品が出品されているということだ。


「これよりオークションを開催させていただきます」


 主催者が開催の挨拶を行うと、早速商品が登場した。


 粛々と進行されるオークション会場に、宰相は入った。宰相は皇帝の代理として、オークション会場にやってきたのだ。


 それからしばらくして、本日の目玉商品の番になった。


「この商品は大きすぎて会場に入りません。商品はあの魔王種! オークデスピアです!」


 司会の声に力がこもる。


「このオークデスピアを討伐するのに、二級と三級冒険者パーティーが複数犠牲になっております。さすがは魔王種といったところですが、それだけの犠牲を払わなければ倒せなかったのです!」


 溜めを作った視界が、口を開く。


「開始値は一億Zから!」

「一億!」

「二億!」

「五億!」

「十億だ!」


 金額がドンドン上がっていく。


「百五十億」

「二百億!」

「二百十億」

「二百三十億」

「二百五十億」

「三百だ!」

「三百億が出ました! 三百十億のお客様はおりませんか? 三百十億」


 ここで宰相は動いた。


「三百二十億」

「おーっと、三百二十億が出ましたーっ! 三百二十億です! 三百三十億はありませんか!? 三百三十億は!?」

「三百三十億」

「三百五十億」


 参加者が上乗せすると、宰相は間髪入れず三百五十億をコールした。

 宰相と一騎討を繰り広げるのは、隣国の王家の代理人であった。どちらも国の威信をかけてオークデスピアを落札にきている。


 四百億を超えたところで、隣国の代理人の顔が歪む。彼は代理人であり、予め予算が決められているのは明らかだ。

 それに対してこちらは宰相で予算はあるが、最悪は独断で予算以上の金額を出せる。それに皇帝からも何が何でも落札しろと命令を受けているのだ。


「四百五十億」


 宰相が静かにコールすると、隣国の代理人は俯いてしまった。

 オークデスピアは宰相が落札することになった。


 宰相としても四百五十億Zというのは、予想を上回る金額だった。ただ、何があるか分からないため、もう少し多くの予算をとっていたのが良かった。

 何せ数十年ぶりの魔王種である。肉は貴人たちに供されることになることだろう。

 晩餐会に出た者は皇帝の権威を思い知り、これほどのものを惜しげもなく振る舞う皇帝に心から感謝することだろう。そういった効果は金に換えられないものなのだ。


 オークデスピアは冒険者ギルドで解体され、肉は食用に、皮は王族専用の鎧に、骨は武器などに使われることになる。

 魔王種の武器や防具は非常に性能がよく、剣だと場合によって魔剣になることもある。鎧も同じだが、そうなる可能性は高いだろう。


 宰相は皇族が抱える料理人、防具職人、武器職人などにオークデスピアの落札を知らせ、近々腕を振るってもらうことになると使者を出した。


「さて、残りはバンパイアの核だな。過去の実績を考えると、少し色をつけて五十億といったところか」


 オークデスピアの落札額がどれほどになるか不明だったため、バンパイアの核の価格提示は待ってもらっていた。


「ドラグア伯に使者を出してくれ」

「はっ」


 この時の宰相は、ドラグア伯爵がすでにゼイルハルトに連絡をとって了承を得ているものと考えていた。まだドラグア伯爵がゼイルハルトに連絡できてないとは、まったく思っていなかったのだ。


 宰相もオークデスピアの褒美を与えるために、ゼイルハルトを探していたのだが、こちらも発見できていない。

 これもドラグア伯爵に聞けばいいと思っていたのである。




「何、まだゼイルハルトなる冒険者と連絡が取れないのか?」

「はい。元々某が領地に帰る数日前に顔を出すことになっていましたので、もしかしたら帝都から離れているのかもしれません」

「それならギルドで聞けばいいのではないか」

「ゼイルハルト殿は依頼を受けておりません。それは確認しております」

「困ったのう……」

「どうかされたのですか?」

「実は皇后様より、ニードルビーのハチミツを手に入れろと、やいのやいのと催促されるのだ。少し前にニードルビーのハチミツがギルドに持ち込まれ、皇室に献上されたためだ。ギルドにニードルビーのハチミツを持ち込んだ者は、どうもクレフォの襲撃を受けて命を落としているらしい。そこで魔王種を倒したほどのゼイルハルトなら、ニードルビーのハチミツを入手できるのではと考えていたのだ」

「そうでしたか。ゼイルハルト殿が当家へきた際は、褒美の件、バンパイアの核の件、ニードルビーのハチミツの件を合わせて確認してみましょう」

「そうしてもらえるか」


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