第32話 殴り込みなんてものじゃない

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 第32話 殴り込みなんてものじゃない

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 ミユの家から五分ほど歩いた場所に、アルリッツはあった。


「ミユ。命令を無視したヤツは殺して構わん。ただし、ボスは殺すな」

「はい」


 バンッと扉をけ破って中に入ると、用心棒のようなヤツらが出てきた。


「なんじゃ、ワレら!?」

「命が欲しければ、武器を捨ててその場に伏せ、手を頭の後ろに組め!」


 男は誰も伏せず、攻撃をしかけてきた。

 ミユがウィンドスラッシュを放つと、男たちが切り刻まれて倒れる。

 ここでは容赦しない。金を回収する目途がついたから、生かしておく必要はない。


「「「キャァァァァァァァァッ」」」


 娼婦たちの悲鳴が響き渡る中、ミユは歩みを進める。


 二十五人の男を切り刻む。娼婦たちはその場で伏せたから無傷だ。

 そして、ボスの部屋。


「な、なんだ、お前たちは……」

「お前の部下が借金を返さないから徴収にきた」

「は?」


 バコッ。

 ボスを殴り飛ばす。


「俺が聞きたいのは、『はい』か『分かりました』だ。それ以外の言葉は不要だ」

「てめぇ」


 ドゴッ。

 あばら骨が二、三本折れた感触があった。


「返事は『はい』か『分かりました』かだ。分ったか?」

「は、はい」


 脇腹を押えたボスは呻くように答えた。


「借金は二千万Zだが、ここまでに五十六人が抵抗した。よって、七千六百万Zになっている。今すぐ払えば、これ以上痛い目は見ないで済む。さあ、出せ」

「そんな金はない」

「はぁ……。答えは『はい』か『分かりました』だと言っただろ!」


 顔面を蹴り上げる。


「わ、分かりました……」

「分かればいいんだ、早く用意しろ」


 緩慢な動きでボスは金庫を開けた。

 そこから金が入った革袋をデスクの上に置いていき、さらに紙の束も置いていく。


「現金は五千万Zしかありません。あとの二千六百万Z分は借用書で勘弁してください」


 借用書は額面で九千万Zくらいあった。


「借用書を叩き売っても、三割くらいにはなるでしょう……」

「面倒臭いな。宝石とかは持ってないのか?」


 宝石も売り捌くのは面倒だが、借用書よりはいい。


「お待ちください」


 ボスはジュエリーボックスを持ってきて開ける。

 あまり高額なものはなさそうだが、これくらいで勘弁してやるか。

 現金五千万Z、額面九千万Zの借用書、アクセサリー類を全部回収する。


「それじゃあ、今後はたかる相手を選んで商売をするんだぞ。もっとも次があるかは分からないけどな」

「どういう意味ですか?」

「お前のところは、あまり大きなクレフォじゃないと聞いた。五十人以上が死傷して復帰までに時間がかかるのに、他のクレフォがお前たちを放置してくれるかな?」

「くっ……」

「せいぜい生き残れるように、足掻くことだ」


 用が終われば、こんなところにいる必要はない。

 俺とミユはアルリッツを出て、宿へと向かった。




「今回の分け前だ」


 丸テーブルの上に積まれた四千Z。金貨四百枚。結構の重さがある。


「借用書と宝石類は処分が面倒だ。これは俺がもらっておく。その金は好きにしていいぞ」


 ミユはズズズと金袋を俺のほうに押しやる。


「これは師匠がもらってください」

「……分かった。俺がもらう」


 現金はいくらあっても困らない。


「さて、また遺跡に潜る」

「はい」

「その前に、ミユは冒険者登録しろ」

「はい」

「荷物は俺のストレージに全部入れるが、ダミーとして背嚢は持っていけ」

「はい」

「それから、特殊昇級試験を受けろ。俺が推薦してやる」

「はい」


 通常、冒険者は十級から始まって、ギルドの貢献度が溜まると昇級資格を得る。

 特殊昇級試験は登録時にのみ行われるもので、これを受けることで八級スタートができるようになる。ただし、五級以上の冒険者の推薦が必要になる。

 俺は若かったこともあり、オヤジの方針で十級からスタートしたが、そういえばミユの年齢を聞いてなかったな。


「ミユは何歳になるんだ?」

「十五歳です」

「え?」

「何か?」

「……あ、いや、なんでもない」


 まさかの年上だったか。

 普通に年下かと思っていただけに、ちょっと申しわけないと思った。


「特殊昇級試験の実技は問題ない。筆記のほうの確認をする」

「はい」

「ミユは文字が書けるか?」

「……いいえ」


 どの国も識字率は低い。スラムで生きていたミユでは、さすがに無理があるか。むしろ、三十まで数が数えられるのだから、いいほうだ。


「まあいい。文字が書けなくても口頭で答えればいいからな」

「はい」

「筆記の出題範囲は薬草とモンスター、帝都だと遺跡のことが出るはずだ」

「はい」


 俺はそれらの基礎知識をミユに確認した。

 ミユはそれらのことに十分な知識を持っており、特殊昇級試験に合格するには十分のものだと判断した。




 翌日、俺とミユは冒険者ギルドへ入った。


「この子の登録を頼む」

「登録はお一人ですか」

「ああ、この子だけだ。特殊昇級試験を頼む」

「え?」


 俺はギルド証を見せる。


「え?」


 この受付嬢は綺麗だが、顔芸もできるのか。なかなか面白い変顔だ。

 だが、俺は受付嬢にそんなことを求めていない。俺が求めるのは、巨乳だ!


「手続きを頼む」

「は、はい」


 特殊昇級試験の手順は簡単だ。

 最初は知識の確認。これは口頭でも問題ない。


 ミユが別室で知識の確認をしている間に、ギルドは実技の試験官を探す。

 基本的に七級が試験官になるのだが、いなければ六級などもあり得る。


 俺は酒場でエールを飲みながら、ギルドが試験官になり得る冒険者に声をかけているのを見ていた。


「おう、ハルトじゃねぇか」

「………」

「なんだよ、ハルト。返事くらいしたらどうなんだよ?」

「ゼイルハルトだ。バーサスにハルトと呼ぶことを許した覚えはない」

「ちっ」


 バーサスが同じテーブルに座り、エールを頼んだ。


「なんか騒がしいな。何があった?」

「特殊昇級試験だ」

「お、珍しいな! どんなヤツが特殊昇級試験を受けるんだ?」

「もうすぐ出てくるはずだ。見ていれば分かるさ」

「なんだよ、男か? 女か? どっちだよ?」

「女だな」

「ヒュー。女か」


 エールが運ばれてきた。バーサスは当然のように、俺の前にそれを差し出してくる。


「なんだ、奢ってくれるのか」

「バカ野郎! 冷たくしてくれってことだ!」


 分かっていたよ。


「かー、旨いな! モーラは氷系の魔法が使えないんだよ、ハルトがうちのメンバーになってくれたら、毎日旨いエールを飲めるんだがなー」

「無理」

「なんだよ、ケチケチすんな」


 まだ一杯目なのに、絡み酒かよ。


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