第30話 ニードルビーのハチミツ

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 第30話 ニードルビーのハチミツ

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 三者会談はまだ続く。


「さて、ゼイルハルトの件は、それでいい。次はバンパイアのことだ」


 皇帝が話を変える。


「ドラグア伯のところのバーミリオン卿がバンパイアを討伐した話を聞こう」

「承知しました。あれは帝都へ向かう旅の途中のことでした。野営をしていると、悲鳴が聞こえたのでございます―――」


 ドラグア伯爵はゼイルハルトたちと打ち合わせた通り、皇帝と宰相に詳細を語った。


「バーミリオン卿が聖剣を所持しているというのか?」

「当家が所持していた宝剣を、バーミリオンに下賜したものにございます」


 貴族家が魔剣や聖剣を所持することは、ないわけではない。魔剣は他国に出さなければ問題ないし、聖剣も同じ扱いになる。

 ただし、聖剣の場合は教会や神殿といった宗教勢力がなんだかんだと理由をつけて寄付させる(奪っていく)ことが多い。


「バンパイアの核はどうするのだ?」

「ゼイルハルト殿にも討伐を手伝ってもらったため、彼にも権利があります。よって来月のオークションに出して分配することになっております」

「国が買い取ることは可能か?」

「ゼイルハルト殿がいいと言えば、可能です」


 ゼイルハルトにも権利があるため、ドラグア伯爵だけで決められるものではないと主張して、勝手はできないことを示唆した。


「過去のオークションの落札実績を踏まえて支払うと約束しよう」

「ゼイルハルト殿に打診してみます」

「そうしてくれ」




 三者会談は終わり、ドラグア伯爵はすぐにゼイルハルトに連絡を取ろうとした。


「どこにもいない? どういうことだ?」

「帝都の宿をくまなく探し、帝都に到着した日に泊まった宿は発見できたのですが、今は宿を引き払っておりました。他の宿も探しましたが、残念ながらゼイルハルト殿は発見できておりません」

「ふむ……もしかして遺跡探索をしているのかもしれぬな」

「そう思いまして、遺跡を含めてゼイルハルト殿の捜索を続けております」

「うむ。捜索をそのまま続けてくれ」

「はっ」




 一方、宰相もバンパイアの核の過去の落札価格を調べていた。

 さらにもうじき行われるオークションに出品されるオークデスピアの落札も目指していた。

 そういった予算を捻り出すのも宰相の仕事なのである。


 オークデスピアの落札予想価格は、この数十年魔王種の討伐がないことを考えると、最高値をつけてもおかしくはない。

 皇帝は帝国の威信にかけても落札するように命じており、宰相は過去最高額を越える予算を確保していた。

 そこにバンパイアの核の買い取りである。国庫を開く必要はないが、宰相が確保していた予備費はこれで使い切る見込みだ。

 そこに部下が執務室に入ってきた。


「宰相閣下。ご報告がございます」

「何だ?」

「冒険者ギルドにニードルビーのハチミツが持ち込まれたそうにございます。御用商人が買い取り、皇室に献上いたしましてございます」

「ほう、ニードルビーのハチミツか。また珍しいものが持ち込まれたな。して、量はどれほどあるのだ?」

「はい。十リットルにございます」

「十リットル? かなり少ないが、その商人は他にハチミツを流すつもりか?」

「聞いた話では、ギルドに持ち込まれたのが十リットルだったそうです。ですから、献上されたものが全てになります」

「ふむ……ニードルビーのハチミツがそんなに少ないわけがない。おそらく、その冒険者がギルド以外に流しているか、まだ持っていると考えられる。皇族の方々が十リットルだけで満足されるとは思えない。その冒険者を探し出し、残りも買い取るように交渉するのだ」

「承知いたしましてございます」


 宰相の部下はすぐに冒険者ギルドに人をやり、ハチミツを持ち込んだ冒険者について確認した。


「持ち込んだのは冒険者ではなく、ポーターです」

「何、ポーターですと? ポーターにニードルビーのハチミツを手に入れることができるものですかな?」

「一般的には難しいと思われます。ですが、何か採取可能にする方法があるのかもしれません」

「とにかく、そのポーターに会せていただきたい」

「それが……ハチミツを持ち込んだ日を最後に、ギルドに顔を出していないと聞きました」

「む……大金を手に入れたことで、ポーターを辞めたということですかな?」

「その可能性は否定できませんが、詳細は分かりかねます」


 宰相にこのまま報告するわけにはいかず、部下はそのポーターについて調査をすることにした。ギルドに調査依頼を出したのだ。


 二日後、そのポーターがスラムでクレフォに襲撃されたと、部下は報告を受けた。


「それ以来、そのポーターの姿は見られなくなりました。恐らく生きていないのではないかと」

「なんということだ……」


 本当は生きているのだが、調査依頼を受けた冒険者もクレフォにあまり深入りしたくなかったことから、そういった報告になった。

 事実、ミユはそれ以来姿を消しており、殺されて死体をどこか人目につかない場所に埋めたか遺棄したのだろうと結論づけたのだ。


 部下は仕方なく、その報告を宰相に上げた。対象者が死んでいるのだから、こればかりはどうにもならない。


「何、死んだというのか?」

「はい。スラムのクレフォの襲撃を受け、酷い暴行を受けていたのを見た者がいました」

「ちっ、クレフォめ……。しかし困った。皇后様がニードルビーのハチミツをことほかお気に召されたとのこと。もっとハチミツを手に入れるようにと命じられたのだ」

「それは……」

「仕方がない。ギルドに依頼を出してくれ。量は最低でも百リットルだ。それ以上でも買い取るとな」

「承知いたしました」


 部下は再び冒険者ギルドを訪れ、依頼を出すのが……。


「ニードルビーのハチミツですか? うーん、依頼を出しても受ける冒険者はいないと思いますよ」

「十リットルを千五百万Zで、いくらでも買い取ると言っているのだ。この金額に不満があるのか?」

「金額の問題ではないのです」

「ではなんだというのだ?」

「命です」

「命……だと?」

「ニードルビーの巣には、最低でも一万匹のニードルビーがいます。それらのニードルビーを倒すのは物理的に不可能に近いのです」

「だが、過去にはそれをした冒険者もいたのであろう?」

「いましたが、いまもいるとは限りません」

「ならば、いるかもしれないではないか」

「そうなのですが……」

「とにかく、依頼を受理してもらいたい。命知らずの冒険者が受けるかもしれないからな」

「ニードルビーのハチミツ採取は、四級以上の依頼になります。それでよろしければ、受理します」

「分かった。それで構わない」


 帝都で活動する冒険者でニードルビーの恐ろしさを知らない者はいない。四級以上の冒険者なら、なおさらである。

 この依頼はボードに掲示されるが、誰も受けることなく塩漬け(放置)になっていくのだった。



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